インディペンデント・レーベルが起こしたアクション
ドイツのミュンヘンを拠点にする兄弟ユニット、ゼンカー・ブラザーズが運営するレーベルIlian Tape。いわゆる4つ打ちのストレートなテクノでは物足りなくなったDJやクラブ・ミュージックのリスナーたちに支持されてきたインディペンデント・レーベルだ。テクノやハウスを基調にしながらエレクトロニカやポストダブステップといったスタイルを取り入れ、2010年代以降のジャーマン・テクノを刷新してきた。2007年に設立され、今年15周年を迎える彼らによる、昨年12月30日のSNSへの投稿が話題になっている。そこには、“変化を起こすときでもあります。レーベルの音源は、来年以降Spotifyでは聴けなくなります”と書き添えられていた。
This year has been one of the busiest for the label. We want to deeply thank all the artists and all our supporters! Ilian Tape turns 15 next year, lots of fresh stuff coming up. It’s also time for a change, none of the music will be available on Spotify anymore. Happy new year! pic.twitter.com/zIXSauXetK
— ILIAN TAPE (@IlianTape) December 30, 2021
それ以上の説明は特に明記されていなかったが、年明け早々の1月2日に、同レーベルのアーティストの一人であるスキー・マスクが補足するように次のような投稿をした。
“完了です。Spotifyから僕の全音源を引き揚げました。音楽へのアクセスをより容易にする手段の一つであるストリーミングそのものは全く否定しません。僕が問題にしているのは音楽を作るアーティストたちへの対価、リスペクト、スペースに関することです。ほかの大手ストリーミング会社もSpotifyと同じような運営の仕方をしているのは分かっています。問題は、Spotifyがその売上の1億ユーロを、ほぼすべてのミュージシャンが実現しようとしている人々の融和、これの破壊に使用しようとしていることです。(中略)僕の音楽は、いつかこの会社が音楽制作者に対して率直に敬意を持つようになれば聴けるようになるでしょう。(中略)音楽ビジネスの進化よりも戦争行為に価値を置くような裕福な企業に、どうか一銭も落とさないで”
— SKEE MASK (@sk33mask) January 2, 2022
ここで触れられている1億ユーロというのは、昨年の11月にSpotifyのCEO、ダニエル・エクが軍事AI企業Helsingに投資した額のこと。さらに彼がこの企業の役員に就任したことも報道された。これを受けて、複数のミュージシャンや音楽関係者はSpotifyの解約、ボイコットを呼びかけている。かねてから、アーティストに対するロイヤリティの低さも指摘されているSpotify。音楽の作り手側に還元すべき売上を、軍事産業に投資するなど論外だろう。
Ilian Tapeの撤退はSpotifyの売上を大きく左右するようなものではないが、音楽を制作、発表する側もこのように抗議のアクションを取ってファンに知らせていけば、少しずつでも変化を起こせるのではないだろうか。
浅沼優子/Yuko Asanuma
【Profile】2009年よりベルリンを拠点に活動中の音楽ライター/翻訳家。近年はアーティストのブッキングやマネージメント、イベント企画なども行っている