ボイコットを呼びかける動きが相当な広がりを見せ始めた
前号の本コラムで、ドイツのレーベルとアーティストがSpotify CEOの軍事産業への投資に抗議し、同プラットフォームから楽曲を引き上げたことを紹介した。するとどうだろう、そのちょうど1カ月後に、今度はニール・ヤングが全楽曲を引き上げる事態となった。ジョニ・ミッチェルなど複数の著名アーティストがそれに加わり、#DeleteSpotify #CancelSpotifyといったSNSキャンペーンが相当な広がりを見せ始めている。同社の株価は急落し、19%のSpotifyユーザーが既に解約したか、する予定だと答えているという報道もある。ベルリンのニュースではないが、この興味深い展開を追ってみたい。
きっかけはジョー・ローガンによる一千万人以上のリスナーを誇るポッドキャストだ。昨年12月31日のエピソードで、彼が陰謀論めいたワクチンの誤情報を発信したことを問題視した270人の医師や科学者が、Spotify宛てに公開書簡を送って抗議した。これにヤングらも賛同し“誤情報を制限しないのであれば楽曲を引き上げる。どちらか選べ”と迫ったところ、Spotifyはヤングの楽曲削除に同意したのである。これは驚くべき決定だ。音楽配信サービスが誰もが知っている大御所音楽家の音楽よりも、かねてから差別的発言や情報の信憑性が問題視されているトーク番組を選んだのだから。
本件のさまざまな報道で知ったのだが、Spotifyは着々とポッドキャストの独占コンテンツ獲得に投資してきていた。既に人気を博していたローガンと独占契約を結んだのが2020年。その契約金は1億ドル(約115億円)と報じられた。同年にはハリー王子とメーガン夫人とも独占ポッドキャスト契約をしており、その額は3,000万ドル(約35億円)と報じられている。つまり、同社は使用料や手数料が差し引かれ利益率の少ない楽曲のストリーミングから、使用料が発生しない独自コンテンツの開発/制作にビジネス戦略をシフトさせていたのだ。従って、ヤングよりもこれだけ投資したオリジナル・コンテンツを優先するのは当然なのである。しかしその分プラットフォームとしてだけではなく、コンテンツ制作会社としての責任も厳しく問われる。楽曲の価値を下に見て切り捨てた事実は音楽関係者やファンを大きく失望させた。
最新の報道では、同社CEOがローガンの人種差別的な発言を容認してきたとの批判を受け“歴史的に周縁化されてきた集団”のクリエイターのコンテンツに総額1億ドル(ローガンの契約金と同じ)を投資すると発表したが、果たして音楽ファンの信頼を回復できるだろうか。
浅沼優子/Yuko Asanuma
【Profile】2009年よりベルリンを拠点に活動中の音楽ライター/翻訳家。近年はアーティストのブッキングやマネージメント、イベント企画なども行っている