今月から4回にわたりPRESONUS Studio One(以下S1)について連載させていただくYuichiro Kotaniです。ここ数年は、アーティストとしてAll Day I DreamやSag & Treなどヨーロッパのレーベルからディープ・ハウスを中心に作品をリリースしつつ、国内では広告音楽の制作やメジャー・レーベルへの楽曲提供をしています。本誌10月号でS1でのトラック・メイク術を解説したご縁から、連載を持つことになりました。
“オートメーションを描くまでの速さ”
これがS1導入の大きな決め手
僕が初めてS1に接したのは、バークリー音楽大学時代からの盟友Atsushi Asadaと一緒に某プロデューサーの自宅スタジオへ遊びに行ったときでした。そのプロデューサーが導入した新しいスピーカーを聴きに行ったはずが、スピーカーそっちのけで彼が使っていたS1の利便性と音の良さに驚いて、2人共即導入したのを覚えています。
S1は、もともとSTEINBERGで働いていた2人の技術者が開発したDAWで、そのうちの一人ヴォルフガング・クンドゥルス氏はCubaseやNuendoの初期バージョンに深くかかわっていたそうです。それまでCubaseをメインに使っていた僕には取っ付きやすく、後発DAWならではの先進的な機能の数々にあっと言う間にとりこになりました。
導入したのが2015年の初頭で、その少し後にバージョン3がリリースされたように記憶しています。というわけで、かれこれ6年近く使っているわけですが、初めて見たときに驚いたのは“オートメーションへのアクセスの速さ”。これが導入の大きな決め手となりました。
S1では現在触っているパラメーター、もしくは直近で触れたパラメーターがソング画面の左上に表示され、それをタイムラインにドラッグ&ドロップするだけでオートメーションを描き始められます。
ほかのDAWの場合は、オートメーション・トラックを作成→パラメーターを選択→オートメーションを描く、といった手順になることが多いと思うのですが、僕の場合は対象のパラメーターを探すのに時間がかかったりしてインスピレーションが逃げてしまうことも多々ありました。
S1のソング画面左上には、ミキサーのフェーダーもソフト音源のノブも、プラグイン・エフェクトのパラメーターも分け隔てなく表示されます。瞬時にオートメーションを描けるのは“ 感覚をストップさせないで済む要因”の一つと言えます。
フォルダートラックから
瞬時にバス・アサインが可能
これに限らず、S1では何かのオブジェクトをタイムラインにドラッグ&ドロップすることで、そのオブジェクトを含む新規トラックが自動的に立ち上がります。ソング画面左上のパラメーターではオートメーション・トラックが立ち上がりましたが、ブラウザーからオーディオ・ファイルを放り込めばオーディオ・トラック、ソフト音源だとインストゥルメント・トラックとなるわけです。これが実は非常に便利。ほかのDAWだと、トラック関連のメニューを開く→新規トラック作成を選択(ここで何の種類のトラックか思考する必要あり)→できたトラックにオブジェクトをドラッグ&ドロップというふうに3ステップほど必要だとすれば、1ステップで済むわけです。
こういう便利な機能があると調子に乗ってトラックを増やしてしまいがちですが、そこでありがたいのがフォルダートラック。複数のトラックをまとめることで表示をスマートにし、ミュートやソロを一括して行える機能です。操作については、トラックを選択して右クリック→メニューから“フォルダーにパック”を選択という2ステップ。
もちろん、インストゥルメント・トラックとオーディオ・トラックの両方に対応しています。そして、作成したフォルダートラックのアウトプット欄から“バスチャンネルを追加”を選択するだけで、一括したトラックを受けるバスチャンネルが生成されます。
論理的思考に妨げられることなく
アイディアを具現化できる設計
このように、S1はユーザーのワークフローを熟考した上で、省けるところは可能な限り省略しようという意思を強く持って設計されていると感じます。できること自体はほかのDAWと大きな差は無く、サード・パーティ製のプラグインでも代用可能だと思うのですが、あることをしようとしたときに3ステップ必要なのと1ステップで済むというのは、音楽にどれだけ没頭できるか?という面で大きなアドバンテージを生み出します。
僕は、アーティストとしてリリースする作品の場合、作曲段階において“ 一筆書きの線”を重ねていくようなやり方をしています。この段階では感性を走らせているので、“これはこうでなきゃいけない”というような論理にはとらわれず、思い付くままにやっていき、書き散らかしてみるのです。そのときは、完成時にどんな音楽になるか全く分かりません。何かを作ろうとして作っているのではなく、ただ出てくるもの、降りてくるものを書き留めている段階です。これをしばらく続けていると、あぁ、この曲はこういう形を取りたいんだと天啓のようなタイミングが訪れます。そのころには大体、必要な要素がそろっていますので、以降は展開を作ったり整理整頓〜ミックスといった論理/思考を必要とする作業に移ります。
先ほどトラック立ち上げに際して“トラックの種類を思考する必要あり”と注釈を入れましたが、感性で作業を進めている制作初期の段階に、一瞬でもこういう論理的思考が入るのはすごく邪魔というか、もったいないことに感じています。しかしS1からは“あなたは存分に感性を働かせて音楽に没頭していてね。それ以外のことは、最低限の指示さえくれたら僕がやるよ。そのためのツールなのだから”という徹底的なサポート姿勢を感じるのです。現在の自分の制作方法、ひいては音楽への取り組み方自体がS1にアシストされて出来上がっていると思います。自分のやり方にS1が合っていたというよりは、S1のユーザビリティに支えられて、一筆書きでインスピレーションを大事にする作り方をできるようになったのだと言えます。
現在、All Day I Dream のレーベルメイトでもあるアーティストRoweeが立ち上げたレーベルからリミックスを頼まれ制作しているのですが、次回はその工程なども紹介しつつS1での音楽の作り方を踏み込んで解説できればと思います。
Yuichiro Kotani
米ボストンのバークリー音楽大学で学んだ後、近年はアーティストとして、All Day I DreamやSag & Treといったヨーロッパの気鋭レーベルからディープ・ハウスをメインに作品をリリース。広告音楽の制作やメジャー・レーベルへの楽曲提供も行い、8月にはFriday Night Plans『Kiss of Life』(シャーデーのカバー)のアレンジを手掛けた。
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