こんにちは、湯原聡史です。僕の連載は今月で最終回となります。締めのテーマとして、PRESONUS Studio One(以下S1)のソング・ファイルを基に“ゼロから完パケまでのワークフロー”を紹介します。
テイクを貯めておける“レイヤー”を
MIDIでのメロディ作りに活用
まずは“メロディのコード進行→ワンコーラス→フルコーラス”と、ストレス無く進めていくための工程について解説します。ここで題材にするのは、シンガー・ソングライター/音楽作家の“みきちゅ”さんとコライトしたオリジナル・ソング「サブスクリプションシティ」。9月27日(日)のCDリリース記念配信ライブでお披露目予定の一曲です。
僕の中での最もオーソドックスな曲の書き方は、ピアノでオケの大まかなイメージを弾く→メロディを打ち込んで全体像を作る、というものです。後で調整を加えることはありますが、完成形を見据えて作っていくとブレなくてよいと思います。この曲では、みきちゅさんと交互にピアノでコードを弾き、各自主旋律を打ち込んで“メロ選手権”みたいなことをし、勝ち残ったものを本チャンに採用しています。
なぜこの方法を採るのかと言うと、歌録り時のようにコンピングができるからです。既にお気付きかもしれませんが、S1の便利機能“レイヤー”を活用します。レイヤーはオーディオ/インストゥルメント・トラックに複数のテイクを残しておける機能で、後から好きなテイクを選べるのはもちろん、各テイクの良い部分をドラッグするだけで1本のOKテイクを作ることも可能。例えば“ここまではA案が良いけど、以降はB案が良い”という場合、頭では分かっていてもコピペや切り張りするのは意外と手間で、続けているうちに疲れてしまうこともあります。ですがレイヤーを活用すれば、ドラッグ操作で素早くメロディを詰めていけます。連載初回にも書きましたが、時短こそ正義です。
ワンコーラス作った後は、方向性を固めるためにラフ・アレンジに着手。現代のポップスの三大要素は“メロ/和音/リズム”なので、何か特別なアイディアが無い限りはドラムからアレンジしていくことが多いです。
S1ではパソコンのキーボードのDを押し、コピーしたMIDIデータをループのようにしてペーストしていけます。張り付けたいところにカーソルを持っていく必要は無く、Dを押すだけで“2拍”や“1小節”といったキリの良い単位でペーストしていけるのです。繰り返しが多いドラムの打ち込みにはもちろんメロディにも有用で、例えばアウフタクト(手前の小節から始まる弱起)のパターンを4小節などの単位でペーストしていっても、タイミングにズレが生じることはありません。
エディットや構成の自由度を高める
スクラッチパッド+アレンジトラック
ラフ・アレンジの後にフルの構成を組み、ギターなどを仮録音しつつプリプロに進みます。フル尺にした後も“2番のAメロは半分の方が良さそう”とか“間奏明けにDメロを入れるよりもサビから入った方がよい”などと、構成を変えたくなる場合が多々あります。反面、エディット後に“やっぱり戻したい”と思うこともしばしばで、作業前のデータが必要になるわけですが、バックアップからコピーしてくるのは結構骨が折れますよね。そこで便利なのがS1の“スクラッチパッド”です。
スクラッチパッドは、タイムラインの右側に表示できる“もう1つのタイムライン”で、時間軸は本線の方とリンクしませんが、仕様や扱い方は同じです。使い方としては、本線の一部をコピペして“こうした方が良いかな?”というエディットを試し、結果が良ければ本線に反映するなど。もちろん、キープしておきたい楽節や仮トラックなどの置き場としても使えるので、本線の空白部分に一時的に置いておくようなことをせずに済みますし、必要とあれば好きなときに本線へ戻すこともできます。また、スクラッチパッドは複数作成できるので、選択肢を広げる手段としてもバッチリです。
組み合わせると便利なのが“アレンジトラック”。曲の各セクション(平歌やサビ)をオブジェクトで範囲指定することにより、セクション単位での移動や削除が行える機能です。つまり、全トラックを選択して動かしたり消したりする必要が無いわけです。移動については、オブジェクトのドラッグ&ドロップで実行可能。本線&スクラッチパッド間でのデータ受け渡しも、基本的にはドラッグ&ドロップでOKです。構成違いのアレンジを比べるような場合にも便利で、複雑になってしまいがちな作業がスムーズになるため活用していきたいところです。
実際に「サブスクリプションシティ」でもアレンジトラックを活用し、ワンコーラスをフルコーラスに広げていく形で作りました。オートメーションなどの設定も含め移動/複製/置換などが行えるので、セクションにとらわれず好きな範囲を指定して動かしたりコピペするのも良いでしょう。
“モノトラックを維持”を選択し
ステレオで書き出されるのを防止
アレンジが佳境に入ると、パラデータを書き出してエンジニアの方にお渡しすることになります。パラ書き出しは、全部まとめて済ませようとすると、どこかで間違ってしまう場合があります。S1には“ステムをエクスポート”というメニューが備わっていますが、これを信頼し過ぎて細部の確認を怠ると、何かのチャンネルがミュートになったまま書き出されていたりするため、うっかりしがちな方はご注意を。心配だったら、1トラックずつ最初から最後まで聴いて確かめ、その上で個々を“ミックスダウンをエクスポート”で書き出すのも一つの手です。
前々回触れましたが、各パートを大まかにフォルダー・トラックにまとめてバス・チャンネルへ送っておくと“ステムをエクスポート”で書き出す際に作業が楽になります。また、ボーカルやギターなどモノラルで録ったものがある場合は“モノトラックを維持”にチェックを入れておけばステレオで書き出されることはありません。ちなみに、日本で“ステム”と呼ばれているのは“パート単位で書き出した2ミックス”のことですが、英語でのステムはパラデータを意味します。
4回にわたり連載してきましたが、各回“音楽作家にとって有益な情報”を少しでもお届けできればと思い執筆しました。皆様にプラスがあれば幸いです。ありがとうございました!
湯原聡史
ANYTHING GOESに所属するプロデューサー/コンポーザー/アレンジャー。耳なじみの良いメロディと安定感のあるアレンジを持ち味とし、JUJUやJ☆Dee’Z、Girls2などに楽曲提供を行っている。テレビ朝日系『musicるTV コライトバトル』にて優勝。ギターやベースの演奏も得意としている。
【Recent work】
『I'm here / With You』
※収録曲「With You」作曲
三澤紗千香
(ユニバーサル)
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