特集「語れ!ハードウェア・シンセの“ロマン”」2人目は、自身のソロ作品だけでなく、楽曲提供やコラボレーションも数多く行うMaika Loubté (マイカ・ルブテ)。昨年10月にリリースしたアルバム『Lucid Dreaming』は、彼女の歌とシンセが絡み合う美しく魅力的な作品だ。本誌をきっかけに結成されたシンセ・カルテット、Hello Wendy!のメンバーとしても活動するなど、彼女の音楽制作からはアナログ・シンセとの深い結びつきが感じ取れる。
Photo:Hiroki Obara
ROLAND JX-3P
1983年に発売、6ボイス同時発音可能なアナログ・ポリフォニック・シンセ。DCOの採用により安定したチューニングを実現した。同時期に登場したJupiter-6とともに、同社初のMIDI対応シンセとして話題に。プリセットは32種類あり、それらとは別途、32種類のユーザー・プリセットを備える。内蔵シーケンサーは128ステップまで入力可能だ。別売りの専用コントローラー、PG-200を使用することで、細かな音色の調整も可能となる。
弾き語りに向いている音
マイカのスタジオは、シンセサイザーやリズム・マシン、サンプラーなどの機材に囲まれた空間。中でも目を引く位置にあったのがJX-3Pだ。その出会いから聞いた。
「10年ほど前にリサイクル・ショップで買いました。ケースとコントローラーのPG-200も付いて、26,000円という破格の値段で。“昔の古いシンセ”くらいのノリで売られていて、当時のメインストリームの音楽性と違ったのかなと。特に知識があったわけでは無く“これは何だろう?”と思い、当時現行で出ていたシンセより重いことや本体の質感などから興味を持ちました。実際に使ってみると、聴いたことがないような太い音でしたね。今ではもっと高値が付けられているようですし、価値が見直されたんだと思います」
この10年、手放そうと思ったことはないと話すマイカ。YouTubeでは、『Lucid Dreaming』収録曲「System」を、JX-3Pを使って弾き語りをしている動画も見ることができる。
「弾き語りで使っている音色は、「You and I」(2016年作『Le Zip』収録)や「Nobara」(2019年作『Closer』収録)など、ほかの曲でもレコーディングで使っています。低域の響き方とかが独特で、弾き語りに向いている音なのかなと。あとは押さえたときにサステインが伸び、離せば減衰するように音色を作っているのでピアノ的な弾き方をしやすいです。ピアノをやっていたのでその癖というか、和音を押さえつつもう片方で別のことを弾くというような弾き方をするときにすごく弾きやすい音色になっています」
そのほか、5度上の倍音が鳴る音色なども気に入っているとのこと。具体的なサウンドの魅力はどこにあるのだろうか。
「レンジがかなり広いんでしょうね。低音の来てほしい部分、人間の耳に気持ちの良い周波数のところがすごく出ていて。普通、超低域とかは理屈的に不要な帯域としてバッサリと切っちゃったりすると思うんですけど、JX-3Pで録ると下の方がかなり鳴っていて聴くとすごく耳心地が良いんです」
昨今のソフト・シンセとはまた違う低音が出るというJX-3P。音色を調節するPG-200の存在も大きいようだ。
「JX-3P本体でもコーラスのオン/オフや、トーンの明るさを調節するBrillianceというつまみはあるのですが、PG-200が無いと概ねプリセットを呼び出すだけになってしまいます。当時の音の傾向が分かるような、いかにもみたいな音色しか入っていないんです。つまみで調節するフィルターの効きがすごく良いですし、音の変化の振り幅もすごい。PG-200の存在がかなり肝になっています」
つまみを動かすことも演奏の一部
制作においては一つの機材にこだわって作るわけではないとのこと。次にJX-3Pよりさらに古い1982年発売のアナログ・シンセ、ROLAND Juno-60の印象を聞いた。
「JX-3Pとの違いで言うと、Juno-60の方が若干ローファイな曲に合うように思います。あとはランダム設定のアルペジエイターを使えるところが良いですね。ただ、MIDIが搭載されていないのでBPMの同期ができず、手動で合わせながら弾いて後からDAW上でグリッドを合わせています。現役で使っていますし、むしろJX-3Pより調子が良いくらい。日によってはボタンが動作しないこともありますが(笑)」
ほかにマイカがよく使うシンセとして挙げてくれたのがYAMAHA Reface CSだ。
「Reface CSもすごく低音が出るんです。私やっぱり低音が好きなんですね(笑)。地鳴りしているような超低域まで出すことができます。『Lucid Dreaming』の中でもベースとして多く使用しました。ほかのシンセもベースとして使うことはありますが、超低域の部分は物足りなさを感じるのでReface CSをレイヤーしています。AAAMYYYさんと共作した「It’s So Natural」での凶暴なベースも、Reface CSを使った音ですね」
持ち運びをしやすいサイズ感と重さから、ライブではメインとして使うシンセとのことで、スタジオにあるものも2台目となるそうだ。
「JX-3Pと似た音色を作ることができるので、録音したものを再現するという意味で優秀です。ライブのサポートなどをしてくれている佐藤公俊さんがCYCLING '74 Maxでプリセットを保存するサード・パーティ的なアプリを作ってくれて、重要な音は呼び出して使っています(編注:「Maxで作る自分専用パッチ - Patch44」に掲載)。直感的な操作ができる部分も魅力ですね。レコーディングでも弾きながらつまみをいじったりフィルターを開いたりして、そういった部分も演奏の一部だと思っています」
普段からソフト・シンセも使っているそうだが、作中の豊かなシンセの音色から、実機の音を知っていることが音作りにも影響されているように感じた。そのことを伝えると「それは関係あるかもしれないです」と答えてくれた。
「求める低音の成分とかに実機の影響をすごく受けていると思います。好きな音とか、こうしたいみたいな部分がはっきりしているのかもしれないです」
シンセというくくりでは無く、それぞれを独立した楽器としてとらえていると語るマイカ。ビンテージなど特定の機材に縛られず、好みの音を見つけることこそが大切なのだろう。
「コレクター的に見られるかもしれないのですが、実は所有することにはあまりこだわりは無くて。あくまでも音楽が先です。大事なのは“この音が良いな”と思うこと。どういう音楽を作りたいか、どういう音を出したいかを空想しつつ、ちょっと違う方向に行くのも楽しいですね」
Maika Loubté
【Profile】シンガー・ソングライター/プロデューサー/DJ。2016年にソロ名義で活動開始。2020年10月リリースの「Show Me How」がMAZDA MX-30のテレビCMのコラボ曲として大々的にフィーチャーされ、自身もCMに出演。2021年、最新アルバム『Lucid Dreaming』をリリースした
Recent Work
『Lucid Dreaming』
マイカ・ルブテ
(Water Records)