「Red Room」では静かにたたいたドラムへ過剰にコンプをかけて
“呼吸しているような”テクスチャーとレゾナンスを発生させた
ネイ・パーム(vo、g/写真右)、ポール・ベンダー(b/同左)、サイモン・マーヴィン(k/同左から2人目)、ペリン・モス(ds/同右から2人目)から成るメルボルン発のバンド、ハイエイタス・カイヨーテ。彼らの最新アルバム『Mood Valiant』がフライング・ロータスが主宰するレーベル=Brainfeederからリリースされた。これまでにアフリカ音楽などトライバルな要素をジャズ/ヒップホップ/ソウルに取り込み、電子音も織り交ぜたエレクトロな楽曲を数々生み出してきた。その幅広いサウンドにより、昨今のミクスチャー・ソウルのブームの草分けとして国際的な人気を集めている。今回はベンダー、マーヴィン、モスの3名に取材を敢行し、レーベル移籍の経緯からレコーディング、サウンド・メイキングに至るまでたっぷりと話を聞いた。
Text:Mizuki Sikano Interpretation:Mariko Kawahara Photo:Tré Koch
インタビュー前編はこちら:
スタジオの裏の古い貯水槽にマイクをセット
センド&リターンでその響きを利用した
ーツアー中に制作をスケッチするために録音機材を持ち歩いたりしましたか?
ベンダー 『Mood Valiant』は『Choose Your Weapon』のツアー中に制作を始めたけれど、僕はツアー中にコンピューター以外の機材を持ち歩かなかった。ツアーに出るとライブ脳になっているし、せっかく都会に居るんだから出かけよう、何か見に行こうって思うんだ。
ーコンピューターには、DAWが入っているのですか?
ベンダー 僕とサイモン(マーヴィン)はAPPLE Logic Proを使っている。僕はABLETON Liveも持っていて、楽しい実験用だ。Logic Proはハイエイタス・カイヨーテの曲全体の録音に使っていて、かなりハマっているよ。全員が全く同じソフトを使った方が便利だけどね! 皆使い慣れているものは違うからな。
モス そうだね。僕はSTEINBERG Cubaseを使っている。
ーどの曲も変拍子が含まれていたり、レイドバックさせたリズムの上でネイの歌が軽々と泳ぐのが癖になります。歌詞に合わせて拍子を変えるのか、変わる拍子に歌を合わせて作曲するのか、どちらが多いですか?
ベンダー 両方だね。僕たちが何か録音すると彼女はそれに合わせて歌うし、彼女が何かの音楽を持って来たら僕たちはそれに合わせる。互いがやることを聴いて、互いが何を達成しようとしているかを見極めて発展させるから。
ー自然発生的なものを大事に実験するのですね。
マーヴィン 長年にわたり、僕たちはアコースティックからエレクトロニックなものまでかなりの数の楽器を収集してきた。だから、スタジオに居るときのオプションの数は無限なんだ。僕は、シンセサイザーをアンプに通してマイクで音をとらえるのが好き。そうすると、シンセの音や形を思いもよらない感じに本当に変えることができる! あと、本物のルーム・サウンドをとらえるのもスペシャルなんだ。『Mood Valiant』の録音をしていたとき、バイロン・ベイのスタジオ、ローリング・ストックの裏に古い貯水槽があった。だから、そこにマイクとスピーカーを通して、何曲かで必要に応じてセンド&リターンで響きを使ったよ。
ー印象的なサウンド・テクスチャーもアルバムごとに推移している印象ですが、制作時に特定の機材からのインスピレーションを受けて作っていますか?
ベンダー 『Tawk Tomahawk』のころは手持ちの機材が少なかったから、全員にとって一番影響力のあった機材はROLAND RE-301 Space Echoだったよね。シングル・ディレイをかけて原音に置き換えたりした。そうすると、不完全なバージョンになるんだ。ループのどこかが一時的に中断したり、テープにちょっとした異常が発生するんだけど、僕たちはそれが大好きだ。
モス 僕が『Mood Valiant』で一番よく使ったのは、FOSTEXのリバーブかな。『Tawk Tomahawk』のころから使っているんだ。これと、アナログ・シンセのYAMAHA CS-10は最初から使っている。
ー「Chivalry Is Not Dead」はアルペジオのようなフレーズ、厚みのあるシンセ・コード、異なる質感のコラージュが美しいですね。
マーヴィン この曲はライブでも演奏してきたから、僕のパートのサウンドはライブで使ってきた機材なんだ。KORG MS2000、ROLAND JX-3P、KORG Kronosだよ。この3つのシンセで生み出せるトーンやテクスチャーはどれもかなり異なるんだ。MS2000はよりクリーンなトーンを出すアナログ・モデリング・シンセ、JX-3Pは超温かみのあるトーンを出すDCOのアナログ・シンセ、そしてKronosはピアノ/エレピ/シンセ/サンプルをこなす優秀な存在だ。
ー具体的にはどのように使い分けましたか?
マーヴィン MS2000は平歌でボーカル・メロディのサポートに使っていて、特に2回目の平歌ではMAESTRO Woodwindというビンテージの管楽器用エフェクターに通すことでダーティなテクスチャーを生み出している。サビの1小節目と3小節目の3拍目のコードでも使っているよ。JX-3Pはオープニングのシーケンス、平歌のスローなリリース・コーラス・パッド、そしてサビのシンセ・コードの1拍目と4拍目やメロディ・パートで使っている。スタジオで加えたのはKORGのアナログ・ボコーダーVC-10で、オープニング・セクションのサポート・ボーカル・パート、そして2回目の平歌で使っているよ。
シア・ドス・テクニコスの残響は
美しくてエキサイティングなリバーブだった
ードラム・サウンドでは特に顕著だと思うのですが、音の奥行きとかアコースティックの響きを『Choose Your Weapon』よりも重要視されていると感じます。
ベンダー 『Tawk Tomahawk』のころはよく自分のプレイしたドラムを録音してサンプラーで鳴らしたりしてたよね。「Nakamarra」のレコーディングのときはエンジニアのフィル・ノイが“それ良い!”って2〜3小節分をループにしてトラックを作ったんだ。でも、今同じことが起きたら、そのサウンドで全編プレイしたものを録音しただろうね。今はパフォーマンスの方向に進んでいるから。
モス 僕が聴いているお気に入りのバンドはほとんど通しでプレイしている。整え過ぎないで、もろい部分も残しておいた方がリスナーにとってはいいんじゃないかな。ミキシングの段階でモダンにすることができるし。僕たちは2つを分けるように考えている。一つは、曲をパフォーマンスすることと、そのためのスキルを身に付けること。もう一つはミキシングのスキルを身に付けて、別の世界に仕立て上げること。この2つは別物だと思っているんだ。
ー「Red Room」の大胆なローパス・フィルター・サウンドとドラムの乾いた音色のコンビは、あまりに美しくてうっとりしてしまいます。どのように音作りをしましたか?
マーヴィン 「Red Room」はリオで録って、基本的にレコーディングされたままの状態にしているんだ。僕はグランド・ピアノとJX-3Pを弾いていた。このミックスはベンダーが手掛けていて、全体にコンプレッサーをかけたんだよ。確かGOODHERTZ Vulf Compressorだったかな。
ベンダー エンジニアはウィリアム・ルナという素晴らしく才能ある男で、その彼が本当に素晴らしいサウンドを引き出してくれた。最後のところで僕がちょっとした技をやったけどね。細かいことは謎のままにしておこう。
ー「Red Room」のドラムには独特のリバーブ成分や揺らぎを感じます。これはどのようにしたのですか?
ベンダー 君が聴いているのはドラムのレゾナンスかな。そんなふうに感じられるのは、コンプレッションがあの“呼吸しているような”効果を生み出しているからかもしれない。ペリンは多くのドラマーよりも静かにたたく傾向にあるんだ。それからこのトラックに僕が過剰にコンプレッションをかけているので、あのテクスチャーとレゾナンスが発生するということだよ。
マーヴィン シア・ドス・テクニコスの残響を生かしているんだよね。僕たちは自分の好きな音響の場所で、そこにある何かをとらえる。それがお気に入りのリバーブなんだ。
ベンダー リバーブは状況によるね。僕にとっても、大きなエコーがかかる物理的な空間が最も美しくてエキサイティングなリバーブだと思う。本物だし、だからこそより複雑なんだ。でもSpace Echoはクールだし、ペダルもクール。この先、EMT 140はぜひとも欲しいな。いつか手に入れるかもしれない。
インタビュー前編では、 フライング・ロータスが主宰するレーベル=Brainfeederへの移籍、ブラジルの作曲家/プロデューサーの巨匠=アルトゥール・ヴェロカイ参加の経緯を語ります。
Release
『Mood Valiant』
ハイエイタス・カイヨーテ
(ビート)
Musician:ネイ・パーム(vo、g)、ポール・ベンダー(b)、サイモン・マーヴィン(k)、ペリン・モス(ds)、他
Producer:ハイエイタス・カイヨーテ、アルトゥール・ヴェロカイ
Engineer:ハイエイタス・カイヨーテ、ウィリアム・ルナ、ニック・へレラ、ハイマ・マリオット
Studio:パーク・オーチャーズ・レコーディングス、ロッキング・ホース、ローリング・ストック、シア・ドス・テクニコス、他