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【特別企画】奥行きと広がりで立体感を操る 空間デザイン(中村公輔 編)

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楽曲のクオリティを決定付ける重要な要素の一部、奥行きと広がり。この2つは周波数特性や倍音、空間系エフェクトの使い方といったさまざまな要素が絡んでくるため、コントロールには高い経験値と感性が求められます。そこでエンジニアの中村公輔氏を講師に迎え、奥行きと広がりを作る手法、すなわち空間デザインについて解説していただきました。空間をつかさどるヒントを得ていただければ幸いです。

 

エンジニア

中村公輔

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Profile】レコーディング/ミキシング・エンジニア。ツチヤニボンドや宇宙ネコ子、入江陽、TAMTAM、ルルルルズ、折坂悠太らの作品を手掛ける。エレクトロニカ・アーティストでもあり、ドイツの名門レーベルMile Plateauxなどから作品を発表

 

Technique 01
ステレオ感を操るプラグインでマイクの距離感を擬似的に変える

教材となった楽曲

「抱擁 / 櫂」折坂悠太 (ORISAKAYUTA/Less+ Project.)

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Schoeps Mono Upmixで奥に配置

 折坂悠太「櫂」は、ドラムの空気感をかなり気持ち良く収めることができた一枚です。その気持ち良さを前面に押し出すバランスでドラムの音を作ってしまうと、フルートやアコギといった楽器が近く聴こえ過ぎて空間がいびつになってしまいました。単純にフルートやアコギにリバーブを足して奥行きを付ければ解決するような問題ではなく、そればかりか過剰なリバーブは作為的なサウンドを生み出し、リアルさが失われるという結果を招きます。録音時にかなり遠い位置にアンビエンス・マイクを立てておけば良さそうなものですが、同時録音でセパレーションを取るためにドラムは非常に響きのある広い部屋、そのほかの楽器は小さいブースでレコーディングしていたので、遠くにマイクを立てるのにも限界があって同じような響き方にはなりませんでした。空間のマッチングを取りたいときに手っ取り早い方法が、同じリバーブにあらゆる素材を突っ込んで残響を塗りつぶしてしまう手法。ですがこうするとモヤモヤして音の輪郭が無くなったり、リバーブのカラーが付きすぎて周波数帯域のバランスがくずれたりしてしまいます。

 

 この問題を解決するのが、筆者がなじませ系のステレオ・イメージャーとしてよく使っているPLUGIN ALLIANCE Schoeps Mono Upmix。モノラルで録音した素材にステレオ感と奥行きを付加できるプラグインです。フルートやアコギにドライとリバーブの中間くらいの空気感を持たせ、オケの中心に配置していきました。使い方としてはドラムの距離感を聴きながら各楽器を配置するイメージを頭の中に描き、Depthで距離を調整、Upmix Gainで残響感を合わせていく感じです。Schoeps Mono Upmixは、定位がハッキリし過ぎて浮いてしまうモノラル素材に有効です

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モノラルの素材にステレオ感と奥行きを付加することのできるプラグン、PLUGIN ALLIANCE Schoeps Mono Upmix。マイクを少しだけ後ろに移動させたかのような表現ができるプラグインです。これを導入してから、近過ぎる素材をミックスするときの悩みがかなり解消されました

音数が多ければStageoneがお薦め

 このプラグインでなくても、近めの距離の演出が得意なリバーブなら同じような処理が行えると思います。例えばEVENTIDE Tverbはかなりの近接マイクの距離感をシミュレートできるので、控えめにかければ似た効果が得られるでしょう。

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EVENTIDE Tverbはかなり近いマイク位置のシミュレートできるプラグインなので、控えめにかければSchoeps Mono Upmixのような使い方もできそうです

 この曲は楽器の数が少ないので、ほんの少しピントがぼけたり柔らかい音になるのが味付けとして効果的でしたが、楽器が多い楽曲に同じことをするとオケに埋もれてしまいがちです。そのようなときに筆者がよく使うのがLEAPWING AUDIO Stageone。こちらはよりパリっとした音像のままモノラル素材をステレオ風にできるプラグインなので、楽器が複数重なっている中での微調整に向いています。

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LEAPWING AUDIO Stageoneは、モノラルの素材を擬似的にステレオのように聴かせるプラグイン。音色変化の少なさが特徴です

 ステレオ・イメージャーというと、分かりやすく派手に広がるものが多い、という印象を持っている方はいませんか? 近年はナチュラルに広がりをコントロールできる製品も増えてきているので、最近新しいプラグインを導入していない方が居ましたら試してみることをお勧めします

Technique 02
狭い空間で鳴っているように感じたらサミング・アンプで空気感を与える

教材となった楽曲
『僕らの生まれた町』「わたしからあなたへ」ルルルルズ

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■1970年代のバンド・サウンドを再現

 ルルルルズ『僕らの生まれた町』は自主制作のアルバムですが、鍵盤や管弦なども含めたすべての楽器を生で録音しています。この作品では1970年代のようなレコーディング方法を用いて、可能な限り空気感を生かした素直な音色でキャプチャーしました。

 

 しかし、実際に昔行われていたのと同じようにレコーディングしてみたところ、一つ一つの音色は良いサウンドなのですが、当時の質感とは似ても似つかぬ雰囲気になってしまいました。もちろんテープに録音していないためドラムなどのトランジェント成分になまりがなく、その点に関しては当時のものより音抜けが良い感じ。過去を踏まえながらもモダンな音にしたいと思っていたのでそこは問題無かったのですが、音抜けは良いはずなのにトータルで聴いたときに不思議と狭く感じたのです。昔の楽曲よりも上下左右、奥行きが一回り小さい箱に入ったように感じられて、違和感がありました。

 

 例えばこのような場合、テープ・シミュレーターのヒス・ノイズやホワイト・ノイズを混ぜてさも高域が伸びたように聴かせる、高域と低域をEQでブーストして膨らませる、ステレオ・イメージャーを使って左右を広くする……など、箱を広く聴かせる手法はあります。普段であればそのような処理を施しますが、「わたしからあなたへ」ではあくまでナチュラルな音色にしたかったので、脚色感がまとわり付くプロセッシングは極力避けたかったのです。ヒス・ノイズを足すと単純にSN比は悪くなりますし、高域と低域を伸ばせば中域を削ったのと同じような結果になるので、モダンではありますが1970年代的なふっくらとした中域は得られません。求めている音色を自然に得るためには、当時のようにミキサーを通してミックスするしかないものの、リコールの問題もありますし、なかなか手を出すのはハードルが高いです。

 

 そこで行ったのが、サミング・アンプを通すという処理。サミング・アンプはDAWとセットで使うことを想定して作られたアナログ・ミキサーです。楽器の属性でまとめたグループをオーディオI/Oから816ch程度で出力して、サミング・ミキサーで混ぜてL/RDAWに戻す。それだけでDAWのみでミックスしたときとは圧倒的な空気感の違いが生まれます

 

■実機が無ければプラグインで代用する

 もちろんサミング・ミキサーでなくとも、普通のミキサーでも同様に使うことができます。DAW完結でミックスしていると、パンで指定した位置にペッタリと張り付いたような音色になってしまいがちですが、それが自然にぼやけて音楽的な混ざり方をするのです。なお、ハッキリした定位や張り付き感が欲しいときには逆効果になるので、用途に応じて使い分ける必要はあります

 

 筆者は本作でAPI 8200Aという少し古めの機種を使いましたが、現行品ではDANGEROUS MUSIC 2-Bus+やSSL Sixなどがあります。

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空気感を与えるために使用した8chのサミング・アンプAPI 8200A

 もし実機でそういった種の機材をお持ちでない場合、Waves NLSといったプラグインを使ってみるのはいかがでしょうか? 最近UNIVERSAL AUDIOがリリースしたLuna Recording System内で使えるNeve Summingもありますね。

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実機が使える環境でなければ、WAVES NLSのようなサミング・ミキサーを再現したプラグインを使うのも手です

 

【Column】
リバーブへのセンド量小さくしていませんか?

リバーブをセンド&リターンで使うときに、原音からリバーブへ送るレベルを小さくしていませんか? 以前のDAWでは送るレベルが小さいと解像度が下がり、音質の劣化がありました。そのためプロは送りの音量は大きめにし、リターン・チャンネル側のフェーダーを下げていることが多かったです。現在はそこまで大差はありませんが質感が変わることは確か。一度、自分のDAWで聴き比べてみることをお勧めします。 またビンテージ系のプラグインは現代と同じ使い方をすると、当時のニュアンスは得られません。例えばAKG BX 20のようなスプリング・リバーブは突発的なピークに弱いので、パーカッシブな素材を送るときにはコンプでピークを削った方が滑らかにかかりますし、LEXICON 224のようなデジタル草創期のモデルでは、高域をフィルターでカットした方がエイリアス・ノイズの少ないクリアな音になります。“プラグインは実機と同じ音が出ない”と思う前に、当時の使い方を研究すると解決することもありますよ!

 

 

Technique 03
プリアンプのひずみを利用して各素材のキャラを合わせつつ距離感を調整

教材となった楽曲

『ランプ/巡り』「ランプ」大石晴子

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■レコーディングの工程をプラグインで行う

 最近よくあるケースなのですが、『ランプ/巡り』ではボーカルとギター、パーカッションは生でレコーディングし、ドラムと鍵盤、シンセ類は打ち込みでした。距離感がゼロのものから、生で録ったものよりも残響が付いているものまで、さまざまな素材が混在している状況です。このような場合、リバーブで距離を合わせようとするとすべてが遠くなり過ぎます。素材によってはドライな雰囲気を保ったまま処理したかったので、プリアンプのひずみを使って各素材を下処理していきました。

 

 大型のレコーディング・スタジオで収録する際には同じコンソールのヘッド・アンプを使って録音するので、テイストに統一性がもたらされます。NEVEやAPI、SSLといったコンソールはチャンネル・ストリップとして各社からプラグイン化されているので、そのプリアンプ部分を使って距離を統一するわけです。今回はNEVE 1073/1084/2254/1272を模したPLUGIN ALLIANCE Lindell 80 Channelを使用しました。このプラグインはUNITYボタンを押すと、プリ部のゲインを上げていっても音色が変化するだけでレベルは一定に保たれるので非常に便利です。これ以外のプラグインでもゲインを上げて音量が上がった分、プラグイン内の出力レベルを下げれば同様に使えます。

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NEVE 1073/1084/2254/1272を再現したプラグイン、PLUGIN ALLIANCE Lindell 80 Channel。さまざまな距離感を持った素材のテイストを統一し、かつゲインを上げることで近接感を演出するのに使いました。赤ノブの下にあるU NITYボタンによってユニティ・ゲインで操作可能なため、ゲインが上がった際の音色変化をモニタリングしやすいです。EQ、コンプ、ゲートも搭載されています

 プリアンプのゲインを上げて注意深く聴くと、ひずみに変化する前に音の頭が削られて、滑らかに聴こえるポイントがあります。アタックが削れると近接感が弱まり、ほんの少しだけ奥に聴かせることができるのです。リバーブだけで距離を作ろうとするとトータルではモヤモヤし過ぎてしまいますが、このテクニックを使うと音色のテイストを合わせながら、距離感をコントロールできるます。

 

 この手法、実はエンジニアが録音の際に行っていることで、そのプロセスをプラグインで再現しているんです。先のサミング・アンプの使い方と似ていますが、あちらは自然な雰囲気にするための方法で、こちらは録りの段階でよりアグレッシブに色付けをするニュアンスで使い分けています。 近い距離で聴こえるようにするには、EQで高域成分を調整する手法がポピュラーです。現実の空間では距離が離れれば離れるほど高域が削れていきます。

 

■EQで距離感を操るなら高域が鍵

 近くに置きたいものの高域をブースト、遠くに置きたいものは高域をカットすると、ドライなままで前後の距離感を演出可能です。ボーカルは10kHzをブーストした方が良いといったノウハウが紹介されていることがありますが、それはボーカルを前に置くために録り音よりも近接感を出す目的で行われています。ただし、テイストをそろえるためにEQを乱用すると、トータルで高域が削がれてナローな音像になってしまいます。それでローファイになってしまっているアマチュアのミックスが散見されるので、今回紹介したプリアンプのひずみなどのテクニックと併用してみることをお勧めします。

 

【優れた空間デザインのポイント】
後処理は微調整で済むように理想の空気感で録るのがベスト

ミックスでドライに空間を作るテクニックを幾つか紹介しましたが、実はこれらのほとんどは録音の時点で行った方が効果的です。色を重ねて塗りつぶすような工程なので、できるだけ後処理は微調整にとどめた方が音抜けも良くフレッシュなサウンドになるでしょう。とは言え現実問題として、すべての楽器を生で録るのはなかなか難しくなってきています。もし打ち込みを使うならなるべく同じ方向性のテイストかつ加工され過ぎていない音色で、密度の高いものを選択することが重要です。もし空間デザインの壁に突き当たっているとするなら、ミックスでやらなければならないことを素材選びの時点からやり直した方が、大幅なクオリティ・アップにつながるかもしれません(無理をして作った音も面白さはありますが)。技術的な解決策を知ることで、録り音に対しての意識も変わると良いですね。

 

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