ピーク・コントロールの技巧〜Atsushi Asadaのサウンド・デザイン

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ボーカルや楽器の音、2ミックスなどにおいて、特定の周波数帯域の音量がほかよりも大きくなることで発生する“ピーク”。帯域や音量によっては耳に痛く、耳障りになってしまうものですが、昨今はそれを巧みにカットし、スムーズな音像を実現する楽曲が増えています。この企画では、最前線のエンジニア3名が独自のピーク・コントロール術をレクチャー。第2回はAtsushi Asada氏に語っていただきます。

 

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[解説] Atsushi Asada
<Profile>プロデューサー/ミックス・エンジニア。AmPmやFriday Night Plans、ナオト・インティライミなどを手掛け、“海外のシーンで共感される音作り”をモットーとしている

 

EQ前にサチュらせて発生そのものを防止

高域ブーストのEQの前段に
わずかなひずみを加える

 この手法は、高域を明るくしたいときに単にEQでブーストするのではなく、前段でひずみ系のエフェクトを使うというものです。 EQで高域をブーストするだけでは、音が硬くなりピークを感じやすくなりがちですが、この手法を採ることでピークの発生そのものを防止できるでしょう。


 対象となるパートは、ピアノやエレピ、シンセサイザーなどのキーボード系、そしてパーカッション類が多いです。また、ドラムに対しても、音の質感やディテールを大切にしたい場合に用いる傾向があります。ここでは、ピアノへの処理を具体例に挙げて解説します。まずは、ひずみ系のエフェクトについて。昨今、さまざまなプラグイン・サチュレーターが発売されていますが、私はSOUNDTOYS Decapitatorを愛用しています。理由は、ひずみ方が奇麗で、LOW CUT/TONE/HIGH CUTといったパラメーターにより周波数バランスのコントロールが行いやすいからです。これをピアノ・トラックに挿し、DRIVEノブを“わずかにひずみ出したかどうか”というところまで上げます。すると、輪郭がくっきりするのと同時に、中域に密度が出て音に芯を持たせることができます。

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Asada氏が、高域をブーストするEQの前段に挿すというサチュレーター、SOUNDTOYS Decapitator。軽くひずませることにより音量のバラつきが抑えられるので、おのずとピークも緩和される。その結果、後段のEQで高域を持ち上げてもピーキーになりにくいのだ

なじみが良くなり楽器全体を前に出せる
似た効果をEQだけでも再現可能

 次にLOW CUT/TONE/HIGH CUTを調整し、ひずみのかかる帯域をコントロールします。このピアノではLOW CUTとHIGH CUTは触らずに、TONE(ひずみ成分の明暗を調整するノブ)を少し上げることで、音が細くなり過ぎない程度に輪郭を足すことができました。ドライ音とウェット音のバランスをつかさどるMIXは100%(=ウェット音だけの状態)にしていますが、より深くひずませた場合は50%くらいにして、ひずみが目立ち過ぎないようにしています。

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ピアノにかけたDecapitator。中央メーター下にあるTONEノブを“BRIGHT”側に+0.4dB上げることで、輪郭を立たせている

 この後にEQで高域を強調していくわけですが、前段でサチュレーションを施しておくとピーク対策に効果てきめんです。またオケへのなじみも良くなりますし、先述の通り音の密度感が増すため、特定の帯域だけでなくその楽器全体の印象を前に出せると感じています。


 ちなみに、EQだけで同じような効果を得たいなら、M/S処理がポイントになると思います。M/Sモードを備えたプラグインEQ、FABFILTER Pro-Q2を使用すると、Midの900Hz辺りを1.5dB、Sideの3kHzくらいを2dB持ち上げる結果となりました。EQでのブーストをMidとSideに振り分けることで、ピークの発生を防止しています。

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高域を持ち上げてもピーキーにならないようにする……これをEQ単体で行う場合はM/S処理が有効だという。画面はAsada氏の設定したFABFILTER Pro-Q2で、Mid(中央成分)の896Hzが1.5dB、Side(左右成分)の2.99kHzが2dBブーストされている

出音を“面”にするイメージでの音作り

周波数レンジとステレオ・フィールドを
生かし切ることでピーク抑制につながる

 ピークを抑える手法というよりは、流儀と言った方がしっくりと来る気がしますが、 音を“点”ではなく“面”で鳴らすイメージで、個々の音像を大きく扱うというのがあります。私がこれを実践しているのは、目の前の壁が振動しているような生き生きとしたサウンドを得られるからです。結果的にピークの抑制にもつながるので、しばしお付き合いください。


 面で鳴らすためには、縦方向(周波数レンジ)と横方向(ステレオ・フィールド)を十分に生かせているか、そして個々の音について各帯域のアタックのタイミングをそろえられているか、という点がキモになります。まず周波数レンジについては、個々の音像の大きさにつながる話。各楽器が担当帯域をたっぷりと鳴らせるように音作りすれば、個々の存在感が強まり、音数が少なくても満足できます。結果、かぶる帯域が少なくなり、ピークの発生を自然に回避できるのです。また、ステレオ・フィールドを最大限に使うことで、空間が広く飽和しにくいミックスに。特定の帯域を余計にブーストする必要が減り、ピークが出にくくなります。

ピークを未然に防ぐためには
一つ一つの積み重ねが大事

 “面で鳴らす”を実践するには、そもそも使用するサンプルや楽器の音そのものに説得力があるかどうかを見極めることが大事です。そして、ミックス時の手法は実にさまざまなので、ヒントになるようなものを挙げてみたいと思います。直接ピークをたたくものではありませんが、次のような処理を重ねることでピークの発生そのものを減らせるでしょう。


【縦方向=周波数レンジを生かす処理】
 例えば、少し奥まって聴こえるシンセ・ベースにDecapitatorで倍音を加え、中域の芯と輪郭を出して音像を大きくしてみましょう。DRIVEを少し上げて900Hz辺りの輪郭をピリッとひずませる感じですが、MIXを調整し、ひずみが目立ち過ぎないように。その後コンプでアタックを強め、EQで高域をわずかに立てることで音像をもう一歩前に出します。

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奥まって聴こえるシンベに挿したコンプ、FABFILTER Pro-C2。ひずみで音像を大きくした後に使われ、アタックを強めることで音を一歩前に出している。各パートの音像を大きく作ることで音数を少なくでき、重複する帯域も減少することからピーク発生のリスクも減る

【横方向=ステレオ・フィールドを生かす処理】
 ハイハットへの処理を例示します。まずVENN AUDIO Quick Hassでステレオ・イメージをグッと広げ、ミックス内での存在感が強まるようにします。その上でコンプをかけてアタックとリリースを調整。輪郭と気配が感じられるように音作りしています。

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“音響心理学的パンニング・プラグイン”を銘打ったフリーウェア、VENN AUDIO Quick Hass。画面はハイハットのステレオ・イメージを広げるために使用されたもの。ステレオ・フィールドをたっぷりと使うことでも各パートのかぶりを減らし、ピークの防止につながる

【各帯域のアタックを合わせる処理】
 今度の例はキック。まずはUNIVERSAL AUDIO UAD-2のベース・レゾナンス・ツールLittle Labs VOGで30Hz付近を足し、ローエンドまで伸ばすとしましょう。すると“むおん、むおん”といったように低いところが遅れて聴こえたりするので、コンプを使用し、低域成分のアタックと高域成分のアタックをそろえます。設定例としては、 UAD-2の1176 Classic Limiterでアタック・タイム遅め、リリース・タイムは最速。レシオは12:1で、最大4dBほどリダクションさせました。やや大げさめに伸ばしたローエンドをタイトめに処理し、高域成分のアタックと合わせた形です。

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キックに使用されたUNIVERSAL AUDIO UAD-2の1176 Classic Limiter。高域と低域のスピード感をそろえるために使われている

 ピークそのものにアプローチするというよりは、ピークの発生を防ぐ話がメインとなりました。一つ一つ積み重ねることで、耳に痛いところの少ない滑らかなサウンドが得られると思うので、気になるものがあれば試してみてください。