毛蟹が使うStudio One 第1回〜「参全世界」の作曲/編曲に見る便利機能&純正音源の活用テク

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 はじめまして、毛蟹と申します。人間です。今回から、僕が普段の作曲や編曲に使っているPRESONUS Studio One(以下S1)について連載します。初月のテーマは「参全世界」の制作について。この曲は、RPG『Fate/Grand Order』の期間限定イベント“オール信長総進撃 ぐだぐだファイナル本能寺2019”のテレビCMテーマ・ソングで、メタルの要素を取り入れた女性ボーカル曲です。

 

5種類のクオンタイズ設定を
打ち込み後に切り替えて使えるように

 僕はS1のソング・テンプレートを活用しています。使用するドラム音源ごとに作編曲用のテンプレートを用意しているのは、楽曲の雰囲気を作るのにドラム・セットの選別から入るためです。XLN AUDIO Addictive Drums(ポップス〜ロック)、STEVEN SLATE DRUMS SSD(ラウド系〜メタル)、NATIVE INSTRUMENTS Battery(打ち込み完結のエレクトロニック系ジャンル)というふうに分けており、「参全世界」ではSTEVEN SLATE DRUMS SSDのテンプレートを使用。

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筆者のソング・テンプレートの一覧。作編曲用が3種類とミックス用が1種類あり、前者はアサインされているドラム音源(すべてサード・パーティ製)によって名称が異なる

 立ち上げると既にドラム、アコースティック・ピアノ、ストリングス、シンセ、ベース、エレキギター、ボーカルなどのトラックがあり、バスやエフェクトのチャンネルもスタンバイ。パートによってトラックのカラーを分け、フォルダー・トラックに分類しているため、バランスなども容易に取れるようになっています。またSSD内部もお気に入りのドラム・セットのプリセットがロードされている状態で、テンポを決めた後、すぐに打ち込み始められます。

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ソング・テンプレート“Default_AD2”の内容。パートによってトラックの色が分かれており、シンセやエレキギター、ボーカルはフォルダー・トラックで複数のトラックがまとめられているため、視認性も高い

 そのドラムの打ち込みについては、キーボードやパッドではなくエレドラをたたいてMIDI信号をS1に記録し、音源を鳴らすという方法です。生ドラムへの差し替えが前提の場合は、音色のイメージと雰囲気がプレイヤーの方に伝われば大丈夫なのであまり細かく調整しませんが、打ち込み完結の場合はかなり細くグルーブを作ります。特に、エレドラをたたいて打ち込んだ後のプロセスが肝。S1のクオンタイズ・プログラムA〜Eにそれぞれ異なるクオンタイズの度合いを割り当てておき(A=80%、B=70%……E=40%)、command+option+1〜5(Mac)のショートカットで切り替えて調整します。

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クオンタイズ・プログラムA〜E(赤枠)には、それぞれ異なるクオンタイズの度合いを割り当て、command+option+1〜5(Mac)/Ctrl+Alt+1〜5(Windows)で切り替えて使用できる

 ベタ打ちからのヒューマイズよりもかなり“人間っぽさ”が残るので(実際に人間がたたいているので当たり前なのですが)、このやり方に落ち着きました。ちなみに、ドラム音源やキットによってMIDI信号が入力されてから発音するまでの速さが微妙に異なるため、都度クオンタイズの度合いを調整したり、必要であれば一音一音タイミングを修正するなどしています。

 

 ただ「参全世界」の場合は少し特殊。トゥールやメシュガー以降、特に現代メタルのドラムの気持ち良さは“人間がどれだけ機械に近付けるか”という側面が強いので、ヒューマンなグルーブを目指すより、ツーバスなどには機械的な感じを残しています。つまり、かなりカッチリとグリッドに合わせているのです。“機械を目指した人間のまねをした機械を、人間が使っている状態”ですね。難解。

 

BPMの連続可変に対応した
テンポ・トラックで曲の緩急を演出

  ドラムに合わせてベースやエレキギター、アコースティック・ギターなども入れていきます。ベースとアコギは自ら演奏し、エレキギターはギタリストRyu氏からライン録りしたドライ音を送ってもらい、こちらで音作りを敢行。通常はギター・アンプでリアンプするのですが、この曲ではサード・パーティ製のアンプ・シミュレーターPOSITIVE GRID Bias FXを使いました。


 さて、話をMIDI関係に戻すと、S1のバージョン4以降、テンポ・トラックでのBPM変更を容易に設定できるようになりました。特に、オートメーションを描くのと同じ要領で無段階変更できるようになったのは大きく、アッチェランド(だんだん速く)やリタルダンド(だんだん遅く)などの効果がとても楽に作れます。

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テンポ・トラックでは、ボリューム・オートメーションなどと同じ要領でテンポを変えられるようになり、連続的な変化も生み出せるように(赤枠)。筆者は曲のセクションに合わせてテンポを調整し、緩急を付けている

 「参全世界」でも実は細かくテンポ・チェンジを行っており、Aメロ/Bメロよりサビを1BPMだけ速くして勢いを演出したり、逆に落ちサビは一気に落として勢いを殺してみるなどしています。スクエアな打ち込み完結ではなかなか出ない細かなグルーブ、そして勢いの部分をテンポのコントロールにより調整しています。

 

Presence XTのピアノ音色を
ガイド・メロディに使う理由 

 続いては、歌唱パートについて解説します。まずガイド・メロディの打ち込みは、S1の標準搭載音源Presence XTのプリセット“Grand Piano”を使用。メイン、ハモリ、コーラスなどの分を個別に立ち上げておき、歌録りの際に必要なガイドのデータをオーディオ書き出しできるようにしています。オケにピアノが含まれているのに、ガイドもピアノで大丈夫なのか?というのは難しい問題ですが、個人的にこのプリセットの音は非常に硬くアタッキーで、オケ中でも十分に抜けて聴こえるため、生々しく柔らかいXLN AUDIO Addictive Keys(この曲で使用したピアノ音源)との両立が可能です。

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S1の標準搭載音源Presence XT。筆者は、プリセットのピアノ音色をシンガー向けガイド・メロディの打ち込みに使っている。硬くてアタッキーなサウンドなので、オケの中でよく抜けるのが魅力。またピアノの音は、メロディ自体のクオリティを判断しやすいのも特徴だと考えている

 そもそもピアノではなく、オルガンやシンセでガイドすればよいのでは?という話もあるのですが、あくまでメロディのガイドはピアノで鳴らすべき、という持論があります。いろいろ試した結果、“自他共にメロディ自体の良し悪しのジャッジが一番容易であること”と“シンガーの方のメロディの覚え/解釈が一番速い”というのが最大の理由です。


 作詞まで担当させていただいた場合は、シンガーの方が男性でも女性でも、必ず僕自身が仮歌を入れて共有することにしています。女性シンガーの場合は自分の声と曲のキーが合わないので、オケの2ミックスをS1のピッチ・トランスポーズで4〜5半音下げ、まずは自分のキーで歌って録音。

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オーディオ・トラックのインスペクターには“トランスポーズ”という欄があり、半音単位でピッチを上げ下げ可能。女性シンガー向けの仮歌制作にも有用で、筆者はオケを4〜5半音下げてから歌入れし、その歌を同じ分だけ上げることにより女声キーの仮歌を作っている

 その後、ピッチの揺れやタイミングを修正し、今度は歌のデータを4〜5半音上げて女性キーにする、という技を使っています。僕の経験上、S1のピッチ・トランスポーズは±5半音が音質面での許容範囲だと思うので、それだけ上下させても歌えない場合は仮歌をプロの方にお願いしています。こういった準備をして、本番の歌録りに臨みます。


 今回はS1の機能や音源を分かりやすく生かした事例を紹介しました。まだまだピックアップすべき点があるので、来月以降もお付き合いいただけたらと思います。

 

毛蟹
クリエイターやアーティストのマネージメントなどを行うLIVE LAB.所属の作曲/編曲/作詞家。ギターやベース、ピアノ、キーボード、ドラムといった楽器を弾きこなすマルチインストゥルメンタリストでもある。TYPE-MOONのスマホ用RPGゲーム『Fate/Grand Order』のテレビCMテーマ・ソングやアニメ『ソードアート・オンライン』の10周年テーマ・ソングなどを作曲/編曲。アニメ・シーンを中心に活躍している。

Fate song material (通常盤)

Fate song material (通常盤)

 

 

Studio Oneに関する問合せ:エムアイセブンジャパン