『サウンド&レコーディング・マガジン』のバックナンバーから厳選したインタビューをお届け! サンレコ常連とも言えるコーネリアス=小山田圭吾の初表紙は1997年の3rdアルバム『ファンタズマ』リリースに伴うインタビューでした。オープニングを飾る「MIC CHECK」は、今のASMRブームを20年以上先取りするようなバイノーラル・サウンドがモチーフ。コーネリアスの先見性をあらためて伺える作品です。
コーネリアスこと小山田圭吾が、3作目となるアルバム『ファンタズマ』を発表した。全く違う2曲を同時再生すると別の1曲になるというアイディア賞ものの先行シングル「STAR FRUITS SURF RIDER」でもその片鱗を覗かせていたが、ひたすらドリーミーでファンタジックに徹した本作は、暴走するエレクトリカル・パレードとでも言えそうな、狂気性を孕んだゴージャズなポップ・アルバムに仕上がっている。アルバム制作の拠点となったプリプロ・ルームにて、本人とプログラマーの美島豊明にインタビューする。
CDになるまでに
省けるものは省きました
−前作より制作期間が大分短かいようですね。
小山田 青葉台スタジオと僕の家とここ(事務所3D)が半径100m以内にあるんで、3カ月間ほとんどその中で暮らしてました。作業も新しい卓が入ってかなり効率が上がったしね。
美島 02Rはリコールできるからいいんだよね。違うことやっててもすぐ設定が呼び出せるから。
小山田 あと前はセッションをハード・ディスクでバラしてたけど、今回そんな面倒なこともしてないし。あとはドラムを自分で録れたのがデカい。
−どこで録ったんですか?
小山田 ここに引っ越す前の事務所のトイレ改造して、子供用ドラム入れて(笑)。プリプロのときにも生ドラムの音が欲しかったんで。
−サンプリングして使っているんですか?
小山田 フレーズで録ってループさせてる。大抵ループの状態でストックしておいて、用途に応じてハード・ディスク内でバラすって感じ。あとリズムだったらROLAND CR-78を結構使ったね。
−プリセットのパターンを?
小山田 そう、あとはバラしたり。あの内蔵のループはみんな面白いよね、同期させると妙な形で絡んでくるし。
−ハード・ディスク上でかなり細かい編集をしたという感じがしますね。
美島 Pro Toolsなしではできなかったね。
小山田 できない、全く(笑)。
−02Rとハード・ディスク・レコーダーはどういう形でセッティングしているんですか?
美島 普通にアナログでつないでます。Pro Toolsに録るときはNEVEのEQとTUBE-TECHのコンプを通して、DIGIDESIGN 882 I/Oのインに入れてるだけ。大体全部ハード・ディスクに直接入れて、それをスタジオの卓に流し込んでま
す。
−シンセのプログラミングはしました?
美島 少しはしたけど、使ってるのはほとんどMinimoogだけだしなあ。あとKORG MS-20とNordLeadくらい。NordLeadはMS-20のフィルターにぶち込んだりして使ってたね。
−今回のアルバムの音のイメージは?
小山田 前のアルバムはラジカセで聴くような音だけど、今回はCDっぽい音にしようと思って。
−ヘッドフォンで聴いてほしいそうですが。
小山田 1曲目の「MIC CHECK」がバイノーラル録音なので、ヘッドフォンでないと分からないと思ったんで。そのためにこの初回限定盤にはヘッドフォンを付けてます。
−ダミー・ヘッド・マイクを使ったんですか?
小山田 いや、藤原和通さんという人の自作マイクです。僕も小さいハンディ・タイプを1つ持ってて。藤原さんは音と振動にこだわるアーティストで、それで録ったいろんな音を聴かせてもらったんです。これがすごく面白くて、一緒にレコーディングできないかって言ったら、大きいのを貸してくれたんです。「MIC CHECK」はマイクの効果を試したいがために作った曲ですね。
美島 でもコピーしたりして位相がちょっとずれるだけで、大分感じが変わっちゃうんだよね。今回自分たちでマスタリングしたんですけど、コピーを1回減らすためにスタジオにPro Toolsを持ち込んで直接SONY PCM-1630に流し込みましたよ。
小山田 CDになるまでに省けるものは省こうということで。
美島 何回コピーしたら音がどう変わるかって一応実験したんだよね。3回目くらいで“ダメだな、こりゃ"って。
ボーカルはあまり加工せずに
多重コーラスで表情を付けたんです
−生音の録りはどちらで?
小山田 大体青葉台スタジオで、歌、コーラス、ギターとベース、ドラム、ストリングスとかを。
−ストリングスはどのくらいの編成ですか?
小山田 結構デカい、6:4:2:2とか。「THE MICRO DISNEYCAL WORLD TOUR」の弦はNHKのスタジオで録ったんです。楽器庫からほしい楽器を持ってきてくれるんですよ、あそこ。ティンパニー持ってこいとか言って、4つ並べてダンドンたたいて、気分はダン池田(笑)。
−「THE MICRO DISNEYCALVVORLDTOUR」ではThereminをフィーチャーしていますね。
小山田 たまたま事務所の社長の知り合いにTheremin奏者がいるって聞いて、頼んだんです。
美島 ちゃんとテルミン博士が作ったオリジナルThereminを持ってきてくれたんですよ。
−自分で演奏しようとは思いませんでした?
小山田 そうだ、オーケストラをバックにThereminのソロやろうと思ってたのに、忘れてた(笑)。
−SEがたくさん入ってますが、それ用のCDを使ったりしたのですか?
小山田 使ってるのもある。最後の曲の前に入ってるいろいろな効果音は、SampleCell付属のおもろい音だけをただ鍵盤に並べただけ。スクラッチやネタとかは、山本ムーグさんに“エネルギー入れてくれ"って言ってやってもらった(笑)。
−コーラスも非常に多彩ですね。
小山田 前作はボーカルをオケに合わせて加工してたけど、今回は加工よりもコーラスで表情を付ける感じにしました。全部ダブルで録って。
美島 録りながらちゃんと和声も考えたよね。
−この辺りビーチ・ボーイズっぽいですね。
小山田 ビーチ・ボーイズやミレニウムとかと今回自分のやりたかったことって大分共通してて。
−ブライアン・ウィルソン・マニアで知られるハイ・ラマズのショーン・オヘイガンがバンジョーで参加してますね。
小山田 「THE MICRO DISNEYCAL WORLD TOUR」のリミックスを彼に頼んだらレコーディング中に音が上がってきたから、それをサンプリングしてコードを組み替えてメロディも付けて、別の曲にしちゃいました。
−「CHAPTER 8」にはアップルズ・イン・ステレオのロパート・シュナイダーも参加してますね。この曲はアナログで録ってからデジタルに流したのですか。
小山田 うん、ロバートがアナログでやりたいって言ったから。でもタイコは常にアナログだよね。
美島 リズムは必ずアナログで録るね。何も言わなくても高山(徹)君が勝手にアナログで録ってる。
小山田 この曲は全部生で録った。ほんと、曲によって作り方は全然違うよね。
−ほかに変わった作り方をした曲は?
小山田 「2010」とかはすごい強引だったね。
美島 小山田君がバッハやろうって言い出して。
小山田 チェンバロとか入ったバロック風の曲やりたいって言ってたら、美島さんがインターネッ卜のバッハのWWWページから小フーガのMIDIデータをダウンロードしてきてくれたんです。マイナーをメジャーにしようって全部キーを
変えて、テンポ速くしてリズム・トラックに入れたんだよね。
美島 すごく大変だったよ(笑)。結局1からやり直しだったからね。元々オルガンの曲なのにチェンバロに変えてるし。でも譜面見たら、やっぱりすごくよくできた曲なんだよね、ちゃんと対位法になってるもん。
小山田 うん、やっぱすごいんだなって。
ハード・ディスクでも
作れない音はたくさんあります
−シングル「STAR FRUITS SURF RIDER」の2曲を同時に再生すると1曲になるというアイディアは、作る前からあったんですか?
小山田 最初のころに、2曲ないと完成しない曲っていうのがひらめいたんです。ロボットが合体してめちゃめちゃ強くなるような(笑)。で、ある日家でギター弾いてて“これならできるかも"って曲が浮かんだんで一気にオケを作った。最初から2つに分けた感じを考えながら作ってたけど、
最後まで読めなかったですね。
−エンディングのミックスは?
美島 後で2チャンに分けて録り直したんです。アナログのテレコに戻して。最後にどんどん早くなっていくところは、途中までバリピッチ上げて、その後テープの早送リボタン回してた。ハード・ディスクで同じことやってみたんだけど、やっぱり質感が違うんだよね。
小山田 あと力ワザと言えば山中湖のスタジオにあったボロボロのアナログ・プレーヤー。トルクが弱くて音が立ち上がるまでが“ウァ〜ン"って遅くていいカンジだったんで、サンプリングして「GOD ONLY KNOWS」の頭に使った。あと「FREEFALL」のエンディングとかで、テレコを高山さんが手で触って止めてたりね。
美島 すごい熱がってた(笑)。
小山田 ジェット・コースターがだんだん止まっていくような感じは、ハード・ディスク・レコーダーの計算された打ち込みでは出せない。やっぱり指で止める感じが一番近い。
−でも最初は取りあえず打ち込んでみるんですね。
美島 うん、大体力ワザになるんだけど。
−ライブで再現するのは大変でしょうね。
美島 どうしよう、だれか教えてください(笑)。
小山田 まあ同期ものでいくしかないでしょう。そのかわリダンサーとかたくさん入れて、にぎやかにやりたいですね。
Engineer Interview:高山徹
−抜き差しはミックスで行なったのですか?
高山 基本的にはハード・ディスク内でやります。いじるところがなくなったらテープに落として生ものや歌をのっける。でもまたハード・ディスクに入れたりして、行ったり来たりするんですけど。
−曲間がつながっているところはハード・ディスクで調整を?
高山 最初はマルチテープ1本でつながってる状態で録ろうと思ったんですが、サウンドが複雑過ぎるんで、ハード・ディスク上でつなぎの位置を細かく決め込んでいきました。
−かなり派手にパンニングしてますね。
高山 マニュアルでやりました。パンニングするテイクだけピンポンして、ハード・ディスクに入れて全体に前に出したりして、結構細かくやってます。
−テープもマニュアルで操作しているそうですね。
高山 ほとんどレコーダーを演奏してる状態です(笑)。アナログ・マルチの縁を押さえながらバリピッチ落として。それをROLAND VS-880に何テイクか録って、普通に走ってるマルチと同期させながら目立たない場所ですり替えました。
−コーラス録りは?
高山 30トラックくらい録りました。もう小山田君が3人くらいいればと何度思ったことか(笑)。それをパートごとに分け、10トラックくらいにまとめて仮ミックスを作るんです。定位はその時点で決めちゃってます。
−「STAR FRUITS SURF RIDER」は完成形を2つの曲に分けていったそうですね。
高山 完成形を作った後と言うより、同時進行で3タ
イプ作りました。フルに埋まってるSONY PCM-3348とアナログの24trを同時に回して、サブ・グループを組んでミックスしていきました。
−チャンネルはどのくらい使いましたか?
高山 もう数え切れませんよ。ピンポンしてまとめながらやってたけど、ピンポン前を考えるとPCM-3348の2台分くらい。でも前作で試行錯誤したおかげで、今回さらに1歩進んだ作業ができました。
−音質に関して気を配った点は?
高山 ハード・ディスクの弱点として、高域になるとサンプリング・レートのマス目というかデジタル波形の感じが出やすいんです。それを避けるため、音作りはなるべくアナログ領域で済ませ、できるだけワード・クロックを合わせるようにしました。
−コーネリアスの音楽の魅力は?
高山 簡単にできそうでできないところですね。お互い無理難題を言っても、それは僕らの暗黙の了解なんです。“できない"って言ったら終わっちゃうから。でもここまで完成度の高いものを作っちゃったんで、次どうしようかっていう感じですね。
Mic Master Interview:藤原和通
−『ファンタズマ』のレコーディングで使われた藤原さんのマイクとは、どんなものですか?
藤原 簡単に言うとダミーヘッド・マイクにプロセッサーが付いたようなもので、そういうものを日本で作ってたのは僕が最初じゃないかな。
−どういった目的で作ったんですか?
藤原 普通のマイクは平面的にしか記録できないけど、空間を作れば音の錯覚とかの面白い効果を得やすくなるので、空間を記録できるディバイスとして作り始めたんです。自分の楽しみのために作ったものなので、性能とかには全く興味ないですね。このハンディ・タイプは、楽器を演奏するみたいに使えたら面白いだろうと作ったんです。そうしたらたまたま小山田君がそれを買って、僕のところを訪ねてきて。
−中の構造はどうなっているんですか?
藤原 コンデンサー・マイクとEQが入ってるだけで、すごくシンプル。いつも小山田君が「中に何入ってるんですか?」って聞くんだけど、「からっぽだよ」って言ってる(笑)。
−現場で一緒に作業をしたんですか?
藤原 1日だけ行って、そこでいろんな音を録りました。あと僕がDATで渡した音も5〜6種類ある。
−1曲目の「MIC CHECK」はこのマイクなしではできなかった曲だと思いますが、聴いた感想は?
藤原 うん、面白かった。普通ダミー・ヘッドで録った音ってみんな迫力を付けたがるのに、小山田君の音はすごくかわいいんですよ。それがものすごく気に入ってます。そういう1つの音によって音楽全体の表情をうまく引き出せたら面白いよね。
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