新旧さまざまなハードウェア・シンセに精通し、その知識を生かしたレビューを本誌でも数多く寄稿している音楽家/ライターのH2。氏は、近年進化を続けるソフト・シンセをどう見ているのであろうか? ここでは1990年代から現在までのソフト・シンセの流れを、H2の目線から振り返ってみよう。
TB-303/TR-808/TR-909をシミュレートした
ソフト・シンセRebirth
筆者が初めて“仕事で使えるソフト・シンセ”として覚えているのは、1990年代末に発売されたPROPELLERHEAD Rebirth RB-338(以下Rebirth)ではないでしょうか。ROLANDのシンセTB-303と、リズム・マシンTR-808/TR-909をシミュレートし、それぞれを同期させることもできるという、非常にユニークな仕様でした。このころのコンピューターは、現在の安いモデルと比較しても話にならないくらい低スペックなものでしたが、Rebirthはそんなコンピューターでもスイスイ動き、安定度も抜群に良かったのです。そして何より感心したのは、音を含めて、振る舞いそのものが実機と酷似していたことでした。
というわけで筆者はこの開発元であるPROPELLERHEAD(現在のREASON STUDIOS)のファンになり、同社が2000年にリリースし、現在もいまだにアップデートを続けているDAWソフト=Reasonも躊躇(ちゅうちょ)なくゲットしたのでした。2000年でもコンピューターは相変わらず非力でしたが、それでもReasonは堂々と複数のソフト・シンセやサンプラーを同時に鳴らし、エフェクトまでかけることができたのには驚かされます。が、それよりも個人的に大事だったのは、ソフト・シンセの振る舞いがとても“ハードに似ていた”という点です。
当時も今も、ソフト・シンセというと出音の太さがキー・ポイントとなることが多いのですが、筆者的には、まずは各パラメーターがちゃんと機能し、それらの相互バランスが良いかどうかが大事。なぜなら仮に出音が細めだとしても、それは作り手でカバーできるのではないか?と考えたからです。本物のMOOG Minimoogがあれば、誰でも野太い音が出せるのか?という話と同じですね。
2000年代からの数年は、実はソフト・シンセが急速に市場に頭角を現したころ。筆者も諸事情で手放した(皆さんもあるあるでしょ?)、あるいはそもそも買うことすらできなかった怨念(おんねん)もあったりで、MOOGやSEQUENTIALなど往年のシンセをシミュレートしたソフト音源を次々と買いあさった覚えがあります。どれも思った以上に良い出来栄えであるばかりか、実機で求めていた機能が搭載されているものもあったりして、トータルでの満足度は高かったです。
2000年半ばには
物理モデリング採用のソフト・シンセが登場
2000年半ばから2010年代初頭辺りになってくると、ビンテージ・シンセの復刻版ばかりでなく、サンプラーやギター/ベースに特化したソフト音源が次々と登場してきます。ここで筆者が注目したのは、“物理モデリング”。シンセのように単純に波形を合成するのではなく、実在する楽器の物理的な構造に着目して音声を生成する方式です。
考え方的には、ギターだったらボディがあって、弦があって、弦は金属で……といった情報をコンピューターでそれぞれシミュレーションして音を出すというもの。CPU負荷は高くなりがちですが、精度が高ければ高いほど実際の楽器に近いサウンドを作り出せます。
物理モデリングを採用したハードウェア・シンセとしては、1993年にYAMAHAがVL-1を、1995年にKORGがProphecyを発売していますが、ソフト化にはコンピューターの性能向上を少し待つ必要があったのでしょう。
また物理モデリングにお手本はありません。どんなパラメーターを用意し、それらをどのように組み合わせて音をシミュレーションするかは、すべて設計時の仕様にかかっているとさえ言えます。例えば、木材は百種類あって、それらを何年寝かせて、含水率は幾つで……なんてところから計算するのはあまり現実的ではありませんよね? 要はその辺りのパラメーターをどの程度用意するかは自由なのです。
実際、物理モデリングを採用したソフト・シンセNATIVE INSTRUMENTS Reaktor Prismをはじめ、ブラス専用のARTURIA Brassやストリングスに特化したAPPLIED ACOUSTICS SYSTEMS(以下AAS) String Studio VS-1などのソフト音源は、既に2000年半ばには存在していましたが、今でもあまり話題には上がらないのは操作性が直感的ではなかったからでしょうか。筆者としては、打楽器/弦楽器に特化したAAS Chromaphone 2に注目しています。画面に表示されるドラム・ヘッド/木片/弦/チューブなどのイメージを見ながら素材を組み合わせ、たたく場所をパラメーターで設定することが可能です。組み合わせによっては、個性的な音を作り出すことができます。筆者の希望としては、もう少しマニアックなパラメーターも欲しいところですが。
本家ウェーブテーブル・シンセ
PPG WaveGenerator
ここ10年くらいはソフト・シンセに新たな流れが生まれているように思います。そう思ったきっかけの一つがウェーブテーブル・シンセ。筆者はもともとウェーブテーブル・シンセシスという考え方が好きで、サンレコでも何度か寄稿したことがあるのですが、さすがに“時代遅れになりつつあるかな?”と思っていました。が、その矢先に新たな動きが出現したのです。
そもそもウェーブテーブル・シンセシスの元をたどれば、1980年代にドイツのシンセ・ブランドPPGが提唱した新しいオシレーター波形の考え方に行き着きますが、そのPPGの創設者/開発者であるウォルフガング・パーム氏が、2010年代にiOSアプリのシンセ音源を幾つか制作したのです。中でも特に素晴らしいのがPPG WaveGenerator。早速インストールしてみるとまあびっくり。オリジナルに近い……とかそういう話ではなく、ウェーブテーブル・シンセシスを核にしつつも、まだこんなに可能性があったんだ!と思わせるのに十分なソフト・シンセなのでした。
WaveGeneratorの基本はウェーブテーブル・シンセシスなのですが、GUIは素晴らしく、一目りょう然のグラフやスペクトラムはタッチ・パネルで調整が可能。また新たなエンベロープ・スキャニングが導入されたりするなど、これはもう新しいシンセの登場というくらい筆者は色めきました。このパーム氏の狂気とも思える凝り方を見ると、やはり“オリジナルを開発した本人のやることは違うなあ”とあらためて痛感。今後の展開もますます楽しみにしていたのですが、2020年3月にパーム氏は突然引退を表明したようです。パーム氏、夢をありがとう!
2010年代に台頭したEDMで高まった
“全部入り”ソフト・シンセの需要
近年ウェーブテーブル・シンセシスは独自の進化を遂げ、特に2010年代に台頭したEDMでは、無くてはならない音源方式としてもてはやされています。ここ10年辺りのソフト・シンセは、とにかく“全部入り”な仕様が特徴的。使いやすくて音は良く、めちゃくちゃ膨大な数のプリセットを収録し、それでいて安くしないと売れないという極めて高いハードルが開発側に課せられています。
しかしそれらのハードルをクリアし、多くのユーザーに支持されているソフト・シンセが多数存在。NATIVE INSTRUMENTS Massive XやUVI Falcon 2、VENGEANCE SOUND Avengerなどがそうで、本当に多くのメーカーによるソフト・シンセがひしめき合っている状況に驚くばかりです。
ここでは筆者一押しのXFER RECORDS Serumをご紹介しましょう。Serumの登場は2014年なので、はやり廃りの多い業界では老舗と言えるかもしれません。Serumは先述の“高いハードル”を満たしたソフト・シンセの先駆けとも言える存在。いまだにトップ・クラスの人気をキープしている理由は、“自由な拡張性”なのではと思っています。正直、この10年のソフト・シンセは甲乙付けがたいのですが、それでも“Serumが良い”と感じるのは、自分でコントロールできる部分が多いからでしょう。
ここはユーザーにより好みが分かれるところだとは思いますが、筆者の場合“1,000種類のウェーブテーブルが使えます”というキャッチ・コピーより、“あなたの好きなオーディオ・ファイルをウェーブテーブルとして使えます”に軍配を上げてしまいます。もちろんSerum以外にも同じような機能を搭載するソフト・シンセはあるのですが、シンセサイズにおける自由度を“ユーザーにも与えてくれる”という点では、筆者の考え方にも合っているので評価したいところです。
Serumのオシレーター画面にドラッグ&ドロップでオーディオ・ファイルをインポートすると、ウェーブテーブルに自動的にマッピングされます。各波形間がうまくつながらないと“ブツブツ”とノイズが出るので、必要に応じてクロスフェードをかけたり、ノーマライズして音量をそろえたりすることも可能。それでも気に入らないなら、自分で波形を分割して、複数のオーディオ・ファイルを読み込ませるということもできます。もちろん肝心なのはここから。エンベロープやLFOをはじめ、あの手この手で音を作ってなんぼです。
ソフト・シンセは2000年くらいから登場しましたが、当時に比べると、本当に安くなりました。そして、今はとにかくプリセットが多くないと売れないようなので、メーカーはたくさん用意してくれています。ということは、シンセで音作りするユーザーが減っているということかもしれません。とはいえ、プリセットによっては“自分が想像する以上の可能性をそのシンセが持っている”ということを教えてくれることもあるので、肯定的にとらえたいです。その上で、良い音/面白い音に出会ったら、その音の成り立ちをじっくり分解してみるとよいと思います。
分解して理解できたら、今度は白紙からその音を作ってみることをお勧めします。ちゃんとできるなら素晴らしいですし、“違う音になったけど、これはこれでいい音だ”となることもあるでしょう。それもまたシンセの醍醐味です。汝の直感、“これは好きだな”を信じましょう。
シンセの音色を選ぶ際は、自分の嗜好やスタイルに合っているかが重要。ただ耳なじみのよい音をそのまま曲に使用するような使い方は避けた方が良いです。それは結果的に、楽曲がありきたりのものにしかならないことが多いと思います。大体のソフト・シンセはデモ版が用意されているので、もし購入を迷ったときはデモ版で試してみるとよいでしょう。そして、一度購入したらとにかく寝食を忘れて触りまくることです。
H2
【Profile】 音楽家/テクニカル・ライター。劇伴、CM、サントラ、ゲーム音楽などの制作に携わる。宅録、シンセ、コンピューターに草創期から接してきており、溜まった知識を武器に執筆活動も行っている。
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