エンジニア福田聡がD.A.N.をダビーにミックス! 独自の質感作りを語る

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堂本剛のプロジェクトENDRECHERIをはじめ、KやShunské G & The Peasらを手掛けてきた福田聡氏。ブラック・ミュージックに根差した音作りで知られるエンジニアだが、今回の「Overthinker」は独特のダビーな音像に仕上がった。いかなる視座でミックスしたのか教えてもらおう。

Photo:Hiroki Obara

【福田聡 Profile】フリーランスのレコーディング・エンジニア。ファンクやR&Bといったグルーブ重視のサウンドを得意とし、ENDRECHERIやK、Shunské G & The Peas、SANABAGUN.、マーサ・ハイ、COMA-CHIなどの作品を手掛けてきた。

在りし日のドイツをイメージしたほの暗い音像

 曲のマルチを初めて聴いたとき、ベルリンの壁があったころのドイツや東欧の物寂しいウェアハウスなどをイメージしたんです。だから、どちらかと言えばダークな雰囲気のサウンドにできればと思い、ミックスに取り掛かりました。

 

 主軸として考えたのはドラムです。ベースは低音のフレーズだけでなく、ハイポジションで演奏したアルペジオやリードのようなプレイも含むため、そういうものはシンセと同じ上モノに分類し、ドラム+低音ベースに浮遊感を伴って乗るという音像を想定しました。ボーカルに関しても、言葉をはっきり発音するというよりはアブストラクトな印象だったので、モヤのかかったようなサウンドが合うだろうと。なので歌をメインにするのではなく、リズムありきの中でいかに上モノや声で世界を作っていくかという方向性でした。

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福田聡氏のプライベート・スタジオ。アウトボードが特徴で、GATES Sta-LevelやSHEP 32264A、UREI 1178といったビンテージ機からBRICASTI DESIGN M7、OVERSTAYER M-A-S Model 8101といった近年のものまで用意。モニターはATC SCM25A Proにサブウーファーを追加している

ドラムだけ鳴らしても格好良く聴こえるように

 実作業においては、特定のセクションから作り込むというのはしておらず、曲の頭から最後までを繰り返し再生しながら詰めていきました。全体を俯瞰(ふかん)しながら音作りすることで、セクション間のダイナミクスや流れなどにバラつきが出にくくなると思います。場面ごとに音数が大きく異なる曲などは、ドラムの手数が多いところから作ったりしますが、基本的にはいつも“流れ”でやっていますね。

 

 パートごとの音作りは、普段からドラムが最初です。今回は全体をざっくりと作ってからドラムだけを鳴らして確認し、次にベース→ボーカルという順に足して、それらだけで曲が成立するようにしました。極論“ドラムだけで聴いても格好良い”くらいにしておこうと思っていたので、ビートにスピード感やパンチを与えるところから始めましたね。

1. トリガーやひずみの重ね技でドラムの礎を構築

 初めに着手したのはキックです。元のマルチに入っていた生のキックとトリガーのサブキックを一塊としてとらえ、そこに新しい2つのサンプルをSTEVEN SLATE DRUMS Trigger 2で重ねました。一つはLINNのリズム・マシンLM-2からサンプリングしたキック、もう一つはSpliceで入手した“909”系の音です。目的は主にアタック感とロー感の強化で、素材をEQやコンプで加工するより狙いの音にしやすいと思ったんです。元のキックは音量を変えずにバスでまとめ、それより1〜2dB大きく909系のサンプルをレイヤー。LM-2のキックは909から8dBほど小さくしています。

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キック・サンプルのトリガーに使用したSTEVEN SLATE DRUMS Trigger 2。生音のトラックに対して、アタック検知でサンプルを重ねられるドラム・リプレーサーだ

 キックに続いてはスネアです。トップとボトムの計2本のマイク・トラック+トリガーのサンプルがあり、マイクの方から手を付けました。処理のポイントは3つのサチュレーターです。まずは、各マイクにかけたSOUNDTOYS Decapitator。個人的にスネアへのファースト・チョイスで、EQ代わりに明るめのドライブを足してエッジが出るようにしています。2つ目は、2本のマイクをまとめたバスのDJ SWIVEL BDE。これもブライト系で、エッジ感を立たせる目的です。そして最後はMASSEY PLUGINS TapeHead。スネアの“実”の部分を補強すべく、ドライブ・ノブを最大値付近まで上げました。以上のサチュレーターに加え、AVID BF76を用いたパラレル・コンプが活躍しましたね。

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DJ SWIVEL BDE。これで生音のスネアにブライトなひずみを与えた後、SPL Transient Designerでアタックを立て、エッジをさらに強調した

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スネアの輪郭ではなく太さの部分を強化するために使用したMASSEY PLUGINS TapeHead

 トリガー・スネアもしっかり味付けしていて、肝はAVIDのプリアンプ・シミュレーターSansAmp PSA-1とUNIVERSAL AUDIO UAD Lexicon 480Lのプレート・リバーブ。前者でダーティな音にし、後者でインダストリアルな薄暗い雰囲気を出しています。Lexicon 480Lは、AUXトラックに立ち上げてセンド&リターンでかけましたが、前段に200Hzのローカットを入れているのが大事。リバーブへ入る前に余分な低域成分をカットできるので、濁りの無いすっきりとした響きが得られます。お勧めの処理ですね。

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トリガー・スネアへダーティな質感を加えるために使用したAVID SansAmp PSA-1

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キャラの濃いスネア・リバーブはUNIVERSAL AUDIO UADのLexicon 480Lで作成

2. ドラムに演出要素をプラス

 ドラムにはスペシャル・エフェクト的な効果も加えています。例えば01:43辺りから始まるセクション。歌がフェイクっぽくなるので、それに合わせて変化を付けようとしたのですが、フィルターだと面白みに欠けるような気がしたのでWAVES FACTORY Cassetteをチョイス。ドラム・マスターのバスに挿し、テープ・デッキの回転数が揺らぐような感じとかオート・パン的な効果、ノイズなどを足しています。ベースによるアルペジオが登場する03:05辺りからの場面でも、ドラム・マスターにCassetteを使っていますね。

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WAVES FACTORY Cassette。カセット・テープ・シミュレーターで、音に柔らかな揺らぎを与えられるのが魅力。今回はドラム・マスターのバスやハイポジションのベースなどに活用した

 01:58以降のセクションではドラム・マスターにOUTPUTのディストーションThermalをかけ、ひずませた音を多めにブレンドしています。キックが鳴り止み、スネアだけが演奏されるような場面なので、プレイとともに音色を変えることでハッとさせたかったんです

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ディストーション・プラグインのOUTPUT Thermal。ドラム・マスターに2段がけでスタンバイし、特定のセクションで強烈なひずみを繰り出す

3. パラレル・コンプでベースに“裾野感”を

 ベースの音作りに移ります。低音だけでなくさまざまな音域のフレーズが含まれているため、曲を幾つかのセクションに分けて考え、各場面でドラムを基準に処理を行いました。基本の低音フレーズに対しては、AVIDのDC Distortionが活躍。同じひずみ系エフェクトでも、スネアにかけたDecapitatorなどは中高域方面に効果的な印象ですが、DC Distortionは低い帯域に作用するためベースに向いていると思います。これを少しかけて存在感を強めつつ、キックがトリガーのサイド・チェイン・コンプをWAVES Renaissance Compressorでかけました。キックの低域面積が大きい印象だったので、ぶつからないよう今回はベースの方を引っ込ませた感じです。

 

 もう一つのコンプレッションとして、EMPIRICAL LABS Distressor EL-8によるパラレル・コンプを使用しています。“裾野感”が得られるというか、ボトムを少しワイドにできるんです。個人的には、パラレル・コンプは実機での方が良い結果を得られると思っています。L/Rの各チャンネルにわずかな差があるからか、音に自然な広がりを与えられるんですよ。

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パラレル・コンプに使用したEMPIRICAL LABS Distressor EL-8。2台をステレオ・ペアとして使っているが、わずかな差異から生まれるナチュラルな広がりが魅力だ

4. 中央定位のリズム隊に対し上モノは広げる

 広りと言えば、上モノは“もっとステレオ感があるとよさそうだな”という印象だったので、左右への拡張をテーマに音作りしました。ドラムの各パーツをほとんどセンター定位にし、トップのマイクをミュートしていたので、左右の空きスペースを有効活用できたと思います。

 

 01:43辺りから登場するMOOG Moog Oneのシンセ・リフを例に挙げると、ポイントになったのはIZOTOPE Ozone 9のImagerとSOUNDTOYSのピッチ・シフターLittle MicroShift。いずれもステレオ幅を広げるためのプラグインですが、作用する帯域の違いから併用しています。まずImagerは、高域方面を奇麗に広げられる印象。ほかの帯域もコントロールできますが、プラグインのカラーとして高域が得意のようです。

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IZOTOPE Ozone 9のImagerはMOOG Moog Oneのシンセ・リフに使用。高域の広がりに特徴がある

 一方、Little MicroShiftでは中低域がヌメっと広がるイメージ。両刀使いすることで、下の方から上の方までうまく広げられるわけです。そして、仕上げにSOUNDTOYSのEchoBoy Jr.をインサート。パキッとした音のディレイなので、原音の輪郭をボカしたくないときに使うことが多いです。

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同じくMoog OneにかけたSOUNDTOYS Little MicroShift。中低域の広がり方が好みで使っている

5. 詞のイメージから歌の音作りを考える

 上モノと同じく、歌も左右に広げる方向で調整しました。分かりやすいのは、02:20辺りからのセクション。歌詞に“Deep end 思考の底”という一節があるので、内省的な感じを音でも出せたらと思い、Little MicroShiftを使ってトーンの低い広がりを与えています。また、このセクションはオケが一段シフト・アップし“第二章突入”みたいなイメージだったので、スピード感を加えるべくEchoBoy Jr.で付点8分音符のディレイをかけました。WAVES Vocal Benderによるフォルマント違いの声をブレンドしているのも特徴で、原音/エフェクト音のミックス・バランスにオートメーションを描き、徐々に混ぜています。

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ボーカル・サウンドは、歌詞のほの暗いイメージから喚起した部分が多い。WAVES Vocal Benderでは、フォルマントを変えてストレンジな声音を作り出し、メイン・ボーカルへ徐々にブレンドしている

6. トータルに実機の“にじみ”を付加

 マスタリング的なトータル処理も自ら行っているので、その方法にも触れておきます。AVID Pro Tools内でのミックスが片付いたら、まずはオーディオI/OのBURL B80 Mothershipから24chのグループをサミング・アンプのSHADOW HILLS The Equinoxに入力。The Equinoxは、上質にじんわりと音がにじんで聴こえる感じが、SSLコンソールで作業しているときの感覚に近いので愛用しています

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サミング・アンプ/モニター・コントローラーのSHADOW HILLS The Equinox。オーディオI/Oから出力した24chのグループをサミングするのに使用し、独特のにじみが得られる

 そのステレオ・ミックスを、今度はVCAコンプのSSL Logic FX G384→EQのPULTEC EQP-1A3という順に通して処理し、オーディオI/O経由でPro Toolsに録音。PLUGIN ALLIANCE Shadow Hills Mastering Compressor Class Aで質感を軽く調整した後、低域が少しゴツかったのでマルチバンド・コンプFABFILTER Pro-MBで出具合をコントロールしています。そして最後にOzone 9のVintage TapeやImagerで広がりを加え、Maximizerで音圧を稼いで完了です。

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The Equinoxの後段で使用したEQ、PULTEC EQP-1A3。TONEFLAKE佐藤俊雄氏によるチューニングが施されている。なお、本稿ではすべてを紹介し切れなかったが、「Overthinker」のミックスにはさまざまなアウトボードを取り入れている

 

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 Mixのポイント 

1. ひずみやパラレル・コンプが存在感の鍵
2. プラグインは製品のカラーを見極めて使い分け
3. アウトボードならではの味わいを導入

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