エンジニア土岐彩香がD.A.N.をミックス! 曲を“横軸”でとらえる音作りとは?

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Lucky KilimanjaroやNulbarichの作品など、モダンなエレクトロニック・ポップで手腕を振るうエンジニア=土岐彩香氏。ミニマル・テクノのDJとしても活動する彼女は、「Overthinker」をどのように解釈したのだろう? “流れ”を重視したというミックスについて解説していただく。

Photo:Hiroki Obara

【土岐彩香 Profile】青葉台スタジオを経てフリーのエンジニアに。Lucky Kilimanjaro、女王蜂、SANABAGUN.、Nulbarichといったアーティストの作品を手掛けてきた。ミニマル・テクノのDJとしても活動し、バイナルでのプレイにこだわりを持つ

“テクノのライブっぽさ”がテーマ

 「Overthinker」は“ここが平歌でここはサビ”という、いわゆるポップスの形式を採っていない曲だと思います。歌メロが切り替わっても前のセクションのシンセ・リフが鳴り続けている場面があったりするので、テクノ的なマナーを感じるんです。だから、シンセのパラメーターをリアルタイムに動かして揺らぎを作るような“テクノのライブっぽさ”みたいなのをミックスで表現できたらいいなと思っていました。また、ドラムやシンセがループっぽいので、いかに変化を付けるかというのも念頭に置きましたね。

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土岐彩香氏が普段からプロダクションを行っている東京・目白のスタジオ、EELOW。AVID Pro Tools|HDXシステムを核とし、モニター・スピーカーはATCの3ウェイ機SCM150A SL Proに同社サブウーファーのSCM0.1/15SL Proを加えた構成。ミックスにも、ここが使用された

シンセやドラムを基準にミックス

 ミックスの基準にしたパートは、セクションによって異なるものの、大抵はシンセやドラムです。イントロにほとんどドラムしか鳴っていない個所があるので、そこを聴きながらドラムの音作りをある程度済ませ、MinitaurやMoog OneといったMOOGのシンセが出てくるセクションに着手し、全体の流れを組み立てていった感じです。もちろん行ったり来たりはありますし、各パートを鳴らしたりミュートしたりというのを繰り返しながら進めました。

 

 “ここがサビです”といったセクションがある曲なら、そこにフォーカスして音作りを始めることもあるんですが、「Overthinker」は全体の流れで成立している印象だったので、特定の区間よりは数十小節単位で聴いてミックスしています。各パートにはさまざまな処理を施しているものの、ここではすべてを紹介し切れないので、ミックスの肝になった部分に焦点を当てて解説します。主役/基準として考えていたシンセやドラムの話が中心ですが、時間軸上での流れを重視した音作りになっていると思います。

1. ドラム3点の“面積”をひずみで拡張

 まずはドラムの各トラックがどういう音なのかを確認し、基本的にはキックから音作りしました。マイキング違いの生音2種類とトリガーのサブキックの計3trがあるのですが、最初に考えたのは“アーティストがどんな意図でサブキックを足したのか”ということ。トラック名こそSub Kickであるものの、音色からしてローエンドを積極的に増強する方向ではなく、むしろドラム・キット全体での推進力を重視しているように思いました。なのでサブキックはアタックやピッチ感を聴かせる方向にし、ボトムは主に生音のKick2(低域成分が多いトラック)で賄っています。

 

 各トラックのバランスをピーク・レベルで見てみると、Kick1(生音のアタック成分)が−4dBくらいでKick2が−8dBほど、サブキックが−16dBよりも少し大きいくらい。それぞれをあまり個別に考えず、3つを一緒に鳴らしてトータルでどういう音色にするかという考え方で進めました。

 

 ドラムの各トラックはDrumというバスにまとめています。また、キックとスネアは太く聴かせたかったので、打点の面積を広げるイメージで少しひずませることに。DistDrum(ディストーション・ドラム)なるAUXトラックを作り、そこに送ってAVIDのプリアンプ・プラグインSansAmp PSA-1でひずませました。が、そのサウンドをDrumバスと合わせてみたら混ざり具合がいまいちだったため、両者をつなぐ要素としてハイハットやアンビエンス・マイクもひずませてみてはどうかと。比較した結果、ハイハットのみを追加でDistDrumへ送ることにしました。

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ドラム・トラックの構成。キックとスネアは、それぞれ3つのレイヤーをバスにまとめてから処理。すべてのトラックをDrumバスにまとめつつ、キックとスネア、ハイハットの3点はDistDrumなるひずみ用のAUXトラックにセンドし、最後にDrumバスとDistDrumをドラム・マスター・バスの“D”で合流させている

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3点をひずませるのに使用したAVID SansAmp PSA-1

 そのほか、3trのスネアをまとめたバスにWAVES H-Reverbなどをかけています。これがミックス全体の流れを形作る鍵となるので、後で詳しく解説します。

2. 主役としてのシンセを強化

 ドラムの音作りをざっくりと行った後は、MOOGのシンセMinitaurが出現する00:52〜01:44辺りにフォーカスして処理しました。この区間ではMinitaurを主役としてとらえ、それに対してドラムなどの他パートをどう聴かせるか考えていったので、まずはMinitaurの音作りを解説します。

 

 要領としては全3trのレイヤーをバスにまとめ、そこで音作り。“3つで1つの音”だと感じたので、ひとくくりにしました。バスではWAVES Renaissance Bassでサブ帯域を強めてボトムに説得力を与え、UNIVERSAL AUDIO UADのThermionic Culture Vultureでひずませることにより密度感を出しています。またフレーズの音色や音価(音の長さ)が徐々に変わっていくため、その動きがオケ中でもきちんと伝わるようにKLEVGRAND Korvpressorでコンプレッションし、音を前に出しています。Korvpressorの後段にはWAVESのM/SプロセッサーCenterを挿していますが、これは歌やベースにセンターを譲るためのもの。初めから使っていたわけではなく、ミックスがある程度進んだ段階で必要性を感じ、インサートしました。

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WAVESの低域エンハンサーRenaissance Bassでボトムに説得力を与える

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シンセにUNIVERSAL AUDIO UADのThermionic Culture Vultureを使うのは、お気に入りの手法。オン/オフの状態で音量感に差が出ないくらいの“薄がけ”だが、密度がグッと上がって聴こえる。シンセは、単体で鳴らしたときにしっかりとした音でも、ほかと混ぜてみたら物足りなく感じられることがあるので、そうならないように強化!

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KLEVGRAND Korvpressorでコンプレッションし、オケ中での存在感を確保

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WAVES Centerでセンター成分を下げ、歌やベースとのすみ分けを図る

3. スネアのリバーブで全体の流れを作る

 Minitaurの概形を作った後、スネアにかけていたH-Reverbを01:00辺りからオートメーションでミュートしました。Minitaurの音価が短くなるタイミングなので、そのノリに合わせてタイトにしたかったからです。

 

 スネアの空間系エフェクトには幾つかのオートメーションを描いていて、それがミックスのストーリーに寄与しています。例えばMinitaurのセクションの後、01:58辺りからキックが鳴り止んで一息つくような個所があるんですが、ここでスネアのキャラクターを変えると面白いと思ったので、H-Reverbに加えてSOFTUBE Tape Echoesなどをかけてみました。で、その次の02:13辺りからのセクションではH-ReverbもTape Echoesもミュートし、広がった響き→タイトな音というコントラストを付けています。

 

 02:21辺りからはH-Reverbが復活するのですが、03:20くらいでまたミュートしているのはシンセ・パッドを聴かせたかったから。空間を埋めるような音が出てきたときに、リズムがドライだと切なさのようなものが感じられると思い、ちょっと朴訥とした印象にしたかったというのもあります。また、03:35辺りから曲が盛り上がっていくので、その前に一度クール・ダウンさせておくとクライマックスがより気持ち良く聴こえるだろうと思っていました。もちろんそこでは、H-Reverbを復活させています。

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スネアのリバーブの増減やエコーによるキャラクターの変化でミックスのストーリーを作っている

 ほかにも、フィル・インでリバーブ送りを増やすなど細かいオートメーションを描いていますが、今回はまず“どこでリバーブをかけるのか/消すのか”というオン/オフから考え、細部は後で詰めました。ミックスの流れをけん引するものとしてスネアのリバーブを選んだのは、シンセ・ループの音価を伸ばしたり縮めたりすることで変化を付けるテクノの手法をイメージしたから。スネアのリバーブは帯域的にもよく聴こえるので、イメージを反映させやすかったんです。

4. ひずみでもストーリーを!

 リバーブの増減などで流れを作っていたものの、40秒以上もあるイントロを飽きずに聴けるようにするにはどうすればいいか……考えた結果、DrumバスとDistDrumが合流するドラム・マスターのバスにひずみをかけることにしました。使用したプラグインはOUTPUT Thermal。挿してみると格好良かったので、結局は全編にわたって使うことになり、スネアのリバーブとともにミックスの流れを作る要素としても機能しました

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ドラム・マスターのバスにかけたディストーション・プラグインOUTPUT Thermal。画面中央オレンジ色の部分をマウスなどで動かすことにより、マクロへ直感的にオートメーションを描ける

 というわけで、オートメーションを描いています。対象は、CRUSHとWIDTHという2つのパラメーターを同時に動かせるマクロ、ドライ音/エフェクト音のミックス・バランス、出力音量の3つです。まずは歌が初めて入ってくるところで全体の音数が減り、ひずみが目立ち過ぎたので、ミックス・バランスをドライに寄せつつ出力を少し上げています。続くMinitaurのところでは、スネアのリバーブが消えるのに合わせて、マクロを動かしひずみ感をさらに抑制。その後しばらく復活しますが、スネアにTape Echoesがかかる個所でグッとドライに寄せ、また徐々に復活させていきました。そして、03:30辺りから曲の盛り上がりに合わせてマクロを動かし、ひずみのトーンを明るくしています。

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Thermalへのオートメーションもミックスの流れに大きな影響を与えている

5. ボーカルを整理

 最後に歌の処理にも触れておきます。マルチをご覧になった皆さんは、ボーカル・トラックが複雑な構成になっているのをご存じかと思いますが、あらかじめボーカルをセクション分けし、声部(音域)ごとに個別のトラックへまとめておくと音作りがスムーズでしょう。私は、この曲のボーカルをメロディ・ラインなどの違いからA/B/C/Dの大きく4セクションに分けて考え、“A〜Dの高域声部”“A〜Dの中域声部”……というようにトラック分けしました。最終的にBの各声部を独立したトラックに分けたりと調整を加えましたが、このように整理しておくと“AにかけていたEQがBには合わない”となったときなどに仕切り直しもしやすと思います。

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再構成したボーカル・トラック

 

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 Mixのポイント 

1. 楽曲を横軸でとらえる
2. 細かい変化を積み重ねて流れを作る
3. 各セクションで“何を聴かせたいか”を明確に

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