山下達郎をリスペクトしていることでも知られるKan Sano。バークリー音楽大学でセオリーを学び、2011年のデビュー以降、一線で活躍し続けているアーティスト/キーボーディストだ。ここではSanoが、山下達郎の楽曲を独自の視点で分析。アレンジをメインにメロディ・メイクや曲展開など、多角的に解説していただく。読み終える頃には“達郎節”の一端がロジカルに理解できているだろう。
※本文内の楽曲タイトルに併記しているのは、その楽曲を収録したオリジナル・アルバムの発売年です
“歌”が曲の場面切り替えを主導
一口に山下達郎さんの音楽と言っても、制作時期によって作風はさまざまですが、そのアレンジやサウンドに共感するところがたくさんあるので、お話ししたいと思います。
まずは「PAPER DOLL」(1978年)について。ソウル・ミュージックなどでよく使われる16ビートのリズム・パターンを基調とした楽曲ですが、コード系のパートが中域を埋めすぎておらず、それによりドラムとベースのグルーブが前に出て聴こえるようになっています。粘りのあるハイハットのノリなども伝わりやすく、僭越ながら自分のプロダクションと共通するものを感じていました。また近年のJポップとは違い、“Bメロ”が無いのも特徴的。バース(平歌)から直接サビへ移行するという構成は洋楽に多く、その展開の速さが個人的に好きです。
「PAPER DOLL」を収録『GO AHEAD!』
バースからサビへ至るまでの持っていき方にも、達郎さんの曲作りの特徴が現れていると思います。「メリー・ゴー・ラウンド」(1983年)のバースと「RECIPE(レシピ)」(『SOFTLY』収録)のサビをDJミックスしたとすれば、歌メロが奇麗につながって聴こえる……とサンレコ編集部の方から言われ分析してみたところ、両曲の共通点が見えてきたのです。
「メリー・ゴー・ラウンド」を収録『MELODIES』
「RECIPE(レシピ)」を収録『SOFTLY』
まずは、サビ直前の歌メロに8分音符のシンコペーションが効果的に使われており、メロディの音高が階段状に上がっていくという点。そして、歌メロのシンコペーションをオケが受け継ぐようにして、8分音符分だけ“くって”(8分ウラから)サビに入る点です。そのサビの冒頭がサブドミナント・コードであるのも共通しています。これらを総合して考えると、楽器ではなく歌がサビに持っていく流れを作っている気がします。言い換えるなら、リズミカルな歌メロが曲の場面切り替えを主導しているという感じでしょうか。
ボーカルがきっかけになって場面が切り替わる、というのはジェームス・ブラウンの曲などにも見られ、それと近いものを感じます。ちなみに、僕はドラムのフィルが大好きなので、場面の切り替えをドラム・フィルに担わせることが多いんです。曲の各場面をどうやってつなげるのか?という部分には作家性が出やすいと思うので、達郎さんの場合は“歌”をきっかけ作りの一つとしてお考えなのかもしれません。
歌の話を続けましょう。個人的に、特に興味を持っているのが「DANCER」(1977年)のボーカルです。この曲は、当時のアメリカのソウル・ミュージックやジャズ・ファンクと見紛うようなクオリティだと思うのですが、そこに日本語詞のボーカルを乗せているのが、今あらためてユニークに聴こえます。そして、試行錯誤のようなものが感じられるのも興味深い点。日本語は母音をベースにした言語なので、歌詞にすると英語のようなスピード感が出しづらかったり、言葉の数を英語ほど多く詰め込めなかったりして、いわゆる洋楽的なオケとマッチしにくいわけです。だからこそ、ソウルやジャズ・ファンクをやるにあたって、いかに日本語詞を乗せるかというのを達郎さんは1970年代から研究/実践されていたのだと推測します。「DANCER」は、バースにもサビにも16分音符のシンコペーションが目白押しなので、その洋楽的なリズムに対する言葉選びというのは至難の業だったのではないでしょうか。
「DANCER」を収録『SPACY』
試行錯誤を物語るかのように、1970年代は“歌い方”についてもさまざまなスタイルを試されていると思います。例えば先の「PAPER DOLL」は、あまり声を張らずに淡々とクールなトーンを持続。言葉の始まりを“ぬっ”とタメて歌い出すような達郎さん独特の歌唱法は、1980年代以降に完成されたような気がしています。
コード構成音の一部をリズミカルに動かす
達郎さんの楽曲のコード・ワークには、特徴的なものがあると思います。まずは、コード構成音の一部をリズミカルに動かして変化を付ける、という手法です。例えば「愛を描いて -LET’S KISS THE SUN-」(1979年)や「ミライのテーマ」(『SOFTLY』収録)のイントロ。初めの2小節を聴いてみると、前者のコード進行はC△7とC6、後者はA△7とA6を行き来するものです。シンプルに説明するなら、C△7とC6の行き来はC(ド・ミ・ソ)の上でシとラが交互に鳴る形。これはC△7のトップ・ノートを全音で動かしているとも言えます。動かし方がリズミカルでキャッチャーに聴こえますね。A△7とA6の行き来も同様に、A(ラ・ド♯・ミ)の上でソ♯とファ♯が交互に鳴るので、A△7のトップ・ノートを全音で動かしているとも取れます。
「愛を描いて -LET’S KISS THE SUN-」を収録『MOONGLOW』
「ミライのテーマ」を収録『SOFTLY』
2曲共、実際のボイシングはもう少し複雑なのかもしれませんが、分かりやすく耳に入ってくる音の動きは説明した通りだと思います。そしてメジャー7thや6thといったコードで聴かせるのが、達郎さんの楽曲らしい、爽やかでおしゃれな雰囲気を生み出していると思います。
6thコードは、少なくともJポップでは、ハーモニーの流れの中で経過音的に使われることが多いと思いますが、登場頻度は高くありません。でもビートルズやビーチ・ボーイズといったバンドには、6thコードで終わる曲が結構、見受けられるんです。ビートルズの「シー・ラヴズ・ユー」は、その一例。だから6thコードと言えば、個人的にちょっとオールディーズっぽいイメージがあります。達郎さんは、そういう使い方ではなく経過音的な扱いというか、ハーモニーの中で6thコードを使用しているので、洗練された都会的な感じがしますね(図❶)。
あと、6thコードはやや不安定に感じられる響きで、メジャー7thは比較的、安定した響きだと思います。なので両者を交互に繰り返すことで、“緊張と緩和”のようなコントラストを生み出せます。コード構成音の一部をリズミカルに動かすという手法は、「太陽のえくぼ」(2005年)や「MY MORNING PRAYER」(2011年)などにも見られるので、関心のある方はぜひ聴き返してみてください。
「太陽のえくぼ」を収録『SONORITE』
「MY MORNING PRAYER」を収録『RAY OF HOPE』
サスフォー・コードのアーバンな響かせ方
サスフォー(sus4)コードがユニークな使い方をされていて、アーバン感をかもし出しているのも印象的です。「メリー・ゴー・ラウンド」のイントロ~バースのコード進行を聴いてみましょう。大半がF♯m7(9) - G♯m7/C♯の繰り返しです図❷。このG♯m7/C♯はC♯7sus4(9)と表すこともでき、 サスフォー・コード特有の浮遊感のある響きとなっています。また、この曲のキーはC♯マイナーなので、考え方としてはC♯7sus4(9)がトニックC♯m7のバリエーションのように機能します。なので“トニックみたいだけど、どこかトニックっぽくない”という、ふわふわした聴こえ方のはずです。
C♯7sus4(9)に乗る歌メロには、マイナー・コードを決定づける3度の音(この曲の場合はミ)がたまに登場するのですが、C♯7sus4(9)の構成音にはミが入っていません。だから余計に、コード+歌のトータルの響きに浮遊感が出てくるというか、はっきりとはマイナー・コードにならないのです。このあいまいな感じが都会的、つまりアーバンな雰囲気の要因なのかもしれません。
共に使われているF♯m7(9)も同様に少しファジー。なぜなら、ナインスというテンション・ノートをマイナー・コードに加えると、“暗いんだけど暗いだけじゃない”といったようにマイナー・コード感が少し薄れるからです。ナインスに限らずテンション・ノートを積めば積むほど、暗い/明るいなどのキャラクターの明確さがボヤけて複雑な響きになります。
「メリー・ゴー・ラウンド」と似たコード進行として「氷のマニキュア」(1998年)にも触れたいと思います。冒頭のアコギのコード進行はFm7(11) – Gm7 – Gm7/Cで、「メリー・ゴー・ラウンド」のF♯m7(9) – G♯m7/C♯(C♯7sus4(9))とよく似ていますが、最初のコードのテンション・ノートがイレブンスのシ♭です。マイナー・コードながら、そこまで暗く聴こえないのは、このテンション・ノートの効果もあると思います。続く Gm7はトップ・ノートが3度(シ♭)のオクターブ上となっており、Fm7(11)からのつながりが滑らかです。最後に1拍だけ入るGm7/Cは、「メリー・ゴー・ラウンド」のG♯m7/C♯(つまりC♯7sus4(9))に相当するコードです。
「氷のマニキュア」を収録『COZY』
“7sus4(9)”はジャズやフュージョンでよく使われるコードで、達郎さんほどポップスで大胆に使用する人はあまりいないと思います。だからこそ、この7sus4(9)の使い方が“達郎さん節”に聴こえるのかもしれません。
リズムへの強いこだわりを感じる
最後は「RIDE ON TIME」(1980年)です。ドラム・サウンドのアーシーな質感は1970年代っぽいけれど、ピアノのきらびやかな音色などは1980年代的な雰囲気が漂う、まさに時代の変わり目に生まれたと言うべき一曲ですね。
「RIDE ON TIME」を収録『RIDE ON TIME』
僕が独創的だと思うのは、サビのハイハットのリズム・パターンです。16分音符と8分音符を混在させているのが珍しく、印象深いグルーブを作り出しています。これはベースのフレーズが先にあって、それを元にドラマーの青山純さんが考えたアプローチだそう。バースのドラムはほとんどキックだけなので、サビで一気に推進力が増します。その肝になるのが、このハイハットだと思うんです。
こうしたリズムのアプローチのきめ細やかさに達郎さんのこだわりが感じられますし、もともとドラマーでいらっしゃることもあってか、リズムへの探究心は人一倍強いのではないでしょうか。ポップ・ソングのリスナーは歌をメインに聴くと思うのですが、達郎さんがすごいのは、一つ一つの楽器のディテールまで作り込まれるところだと感じます。
「KISSから始まるミステリー <feat. RYO(from ケツメイシ)>」(2005年)などを聴いていても思うのですが、ミックスやマスタリングまで見越したようなアレンジの仕方にも、達郎さんの“音の職人”ぶりが現れていると思います。本稿でお話ししたような視点で達郎さんの楽曲を聴き返してみると、また新たな発見がありそうですね。
Kan Sano
【Profile】キーボーディスト/トラック・メイカー/プロデューサー。ジャズ、ソウル、ビート・ミュージックなどを自作に昇華し、最新アルバム『Tokyo State Of Mind』でも深みのあるポップ・ソングを披露する。日本人アーティストとして初めて英国の名門Decca Recordsとサイン。CharaやUA、平井堅などとのコラボレーションでも知られる