パリ&ヴェネチアを訪問!美術館/劇場における音響機材レポート【第25回】realize〜細井美裕の思考と創発の記録

スケルトン・タイプの縦型LEDパネルを多用。階段の手すりにラインアレイを設置

 パリからこんにちは、完全にフランスかぶれ中の細井美裕です。パリにあるブランドの本店の一室で新作を発表させていただけることとなり、インストールしに来ています。会場はショパンが晩年を過ごしたおうちだったそうです。今回のエンジニアは、AMADEUSというオーディオ会社のスペーシャリゼーション・ソフトウェアHolophonixの開発チームです。Holophonixは今年6月1日にネイティブAppが公開されたばかりで、私はテスト・ユーザーとして先行して開発中の段階から使わせてもらっていました。クリエーションの模様は来月号でレポートします! 立体音響と言うと分かるようで分かりづらいので、“スペーシャリゼーション”という言葉がしっくりきている今日この頃です。

 実はパリ行きが決まった段階で、まずは“パリの街中スピーカー事情をレポートしよう!”と思って意気込んでいたのですが、着いてびっくり、街中で全然音が鳴っていない! 広告がたくさんあるエリアにも、若者が集まるエリアにも音がない! 立ち寄った無印良品にも、あの独特なBGMがない! 確かに日本はBGMが多いと言われていますが、サウンド・カルチャー・ショックです。6月末はちょうど外で過ごすのに快適な気候で、みんなカフェに行っても店内はガラガラでテラス席に満員電車の密度で座っていて不思議な光景でした。カフェにいる人たちのしゃべり声がパリのサウンドスケープの第一印象です。流行っている音楽も分からず。ということで早々にスピーカー探訪は終了。DUMB TYPEの新作を見にヴェネチア・ビエンナーレに寄ったり、展示には多く行けたので、機材の傾向をレポートしたいと思います。

 今回行った美術館/劇場は下記。

パリ:ポンピドゥー・センター(Centre Pompidou)、パレ・ド・トーキョー(Palais de Tokyo)、パリ美術学校(Palais des Beaux-Arts)、オルセー美術館(Musée d'Orsay)、ブルス・ドゥ・コメルス – ピノー・コレクション(Bourse de Commerce Collection Pinault)、シャイヨー国立舞踊劇場(Théâtre National de Chaillot)

ヴェネチア:パラッツォ・マンフリン(Palazzo Manfrin)、アカデミア美術館(Gallerie dell'Accademia)、ヴェネツィア・ビエンナーレ(Biennale di Venezia)のアーセナル会場とジャルディーニ会場

 初めて訪れた場所なのでこれまでのことは分からないのですが、特にヴェネチア・ビエンナーレは映像作品が多かった印象です。ほかの会場でこれまではプロジェクターを使っていたであろう作品が今回はLEDパネル、しかもスケルトン・タイプを使われているのが目に付きました。どこも天高のある会場だったので、スケルトンのLEDパネルであれば吊りが不要でシンプルに設置できることも利点だと思います。しかも縦長の画面が多かった。先日出演したDOMMUNEのブライアン・イーノの回で宇川直宏さんが共有してくださった、イーノが初期に発表した縦長の映像作品『Mistaken Memories Of Mediaeval Manhattan』(1981年)を思い出しました。

11月27日まで開催中の第59回︎ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展。筆者はアーセナル会場とジャルディーニ会場を訪問した

11月27日まで開催中の第59回︎ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展。筆者はアーセナル会場とジャルディーニ会場を訪問した

 スピーカーはGENELECの壁吊りマルチ使いもよく見ましたし、MEYER SOUNDもありました。日本の展示ではあまり見たことがないスピーカーたちもありましたが、手持ちのAPPLE iPhoneのズーム機能の限界でメーカーまで特定できず悔しい……。次はオペラ・グラスでも持っていかないとなあ。振り返ると、スピーカーは基本的に上の方に設置されていることが多かったです。日本だと床置きもよく見ますが。縦長のLEDパネルの映像作品は、上辺のへりにラインアレイのスピーカーを振り下ろす角度で設置されていました。スケルトンLEDにしても普通のLEDにしても背面にはトラスがあるので、そのトラスの中にサブウーファーが入っていたり。あとはスピーカーごと壁に埋め込まれているのもよく見ました。メッシュの部分だけ壁と同色に塗られたスピーカーが見えている感じです。あと面白かったのは、階段の手すりのところにYAMAHAのラインアレイを設置する方法で、歩くときにちょうど耳の辺りで聴こえるように首が振られていました。

 ポンピドゥー・センターは若い鑑賞者が最も多く、展示数も多い。ただ、展示物の数と比較すると展示空間が狭いので作品がひしめき合っている状態で(それがまた面白い)、映像作品や音の作品はあまりありませんでした。ただ、フルクサス周辺の作品、例えばジョン・ケージや塩見允枝子さんの作品のエリアは図形楽譜のようなものが多かったので、音の作品が無いわけではありません。音が必要な作品は、超指向性スピーカーを用いるなど工夫されていました。

アニッシュ・カプーアの個展で圧倒的な鑑賞体験。アルカがサウンドを手掛ける『Echo』

 ヴェネチアのパラッツォ・マンフリンとアカデミア美術館の2会場でアニッシュ・カプーアの個展が開催されていたのですが、パラッツォ・マンフリンの展示に圧倒され……作品はもちろん、動線含めて圧倒されるポイントが多々あり、自分はなんてちっぽけなことをしているんだろうと、なぜか見終わった後に少しバッド・モードになってしまうくらいでした(ちなみに日本では六本木SCAI PIRAMIDEで7月9日まで『Anish Kapoor: Selected works 2015-2022』を開催していました)。カプーアの作品を見て思うことはただ一つ、圧倒的な鑑賞体験です。音の作品ではないけれど、自分の体が何か受け止めよう、理解しようとしていることに気付きます。例えばよく知られた鏡面の作品や“Void”と呼ばれるシリーズは、見ていると作品によって“自分の目が何をしようとしているか”を外化されていると感じます。このような体験を自分の作品でもできないかと夢見てしまう。最も記憶に残った展示はぶっちぎりでパラッツォ・マンフリンのアニッシュ・カプーアです。

ヴェネチアの︎パラッツォ・マンフリンでは、インド出身の彫刻家アニッシュ・カプーアの個展を開催

ヴェネチアの︎パラッツォ・マンフリンでは、インド出身の彫刻家アニッシュ・カプーアの個展を開催

 パリ最終日、そういえばルーブル美術館に行っていないなあと思って美術館方面に歩いていたら、ブルス・ドゥ・コメルスが急に現れ、行けということだなと思い入場。しょっぱな現れたフィリップ・パレーノの『Echo2』という作品群、サウンドもめちゃくちゃ格好良い……としばらくぼーっとして、作品解説を見たらなんとサウンドはアルカでした。調べてみると、2020年にMoMAで発表された作品(『Echo』)だったようです。作品は常に環境と呼応していて、イギリスのBronze.aiというチームがサウンドのジェネレーティブ・プログラムを担当したとのこと。元の作品がオートマトンを用いたシステムなので、サウンドもそのように変動するものがいいとなったのでしょうか。

 ちなみに作品群の中の『The Speaker』(2022年)は、MEYER SOUNDのSB-2というパラボラ型のスピーカーを使用し、スピーカーの根本に設置したアームをDMXで制御して首振りさせていたようで、展示室はコンクリの円形だったため“これぞEcho!”と思わせる音響作品でした。『Directional Wall』という吸音材でできた大きな壁の作品もあり、音が吸われることで見えてくるサウンドスケープも感じられ、大満足でした。次号はHolophonixを用いたクリエーションとインストールについてです! ではまた~!

フランス語で“証券取引所”という意味のブルス・ドゥ・コメルスは、2021年に開館した現代美術館。安藤忠雄が改装を手掛けた

フランス語で“証券取引所”という意味のブルス・ドゥ・コメルスは、2021年に開館した現代美術館。安藤忠雄が改装を手掛けた

ルーブル美術館前に設置されていた筆者の参加プロジェクトの広告の下で撮影。パリ&ヴェネチアでの旅の記録動画は以下の動画で視聴可能

ルーブル美術館前に設置されていた筆者の参加プロジェクトの広告の下で撮影。パリ&ヴェネチアでの旅の記録動画は以下の動画で視聴可能

細井美裕

細井美裕

【Profile】1993年生まれ、慶應義塾大学卒業。マルチチャンネル音響を用いた空間そのものを意識させるサウンド・インスタレーションや、舞台公演、自身の声の多重録音を特徴とした作品制作を行う。これまでにNTT ICC無響室、YCAM、札幌SCARTS、東京芸術劇場コンサートホール、愛知県芸術劇場、国際音響学会AES、羽田空港などで作品を発表してきた。