視覚によって制約された音の想像力を仮釈放する〜『ON PAROLE』【第21回】realize〜細井美裕の思考と創発の記録

空間を演奏する「Sound Mine」やソニーの立体音響体験から構想が開始

 2019年に構想開始、以降制作を続けてきた新プロジェクト「ON PAROLE」がついに3月18~21日、御茶ノ水RITTOR BASEにて一般公開されます。ヘッドフォンとスピーカー両方を使ったサウンド・インスタレーションです。

 「ON PAROLE」
 現実世界では視覚によって音による想像が“閉じ込められている”として、その制約が取り払われたインスタレーション体験中のみ、音だけによる想像力が“ON PAROLE(仮釈放)”状態になることを目指す、細井美裕が中心となって制作を進めているプロジェクト/同名のインスタレーション作品。

 体験中の仮釈放状態から、日常生活に戻っても想像力を自由にさせていられるかどうかは鑑賞者次第、ということで、“仮”釈放としています。

f:id:rittor_snrec:20220316181017j:plain

ヘッドフォンの中で作られる近距離に強い世界と、スピーカーによるサラウンド環境で外側に作られたより広い世界を溶けさせて、実際の世界(一番外に書いた世界=現実の世界のこと)とつなげていく、という初期のイメージのスケッチ

 このプロジェクトのきっかけとなったのは、2019年に山口情報芸術センター[YCAM]で発表した細井美裕+石若駿+YCAM「Sound Mine」です。当時、YCAM周辺で収録したIRを用いて空間を演奏するような表現ができないかと模索しましたが、音作りはできたとしても、それを没入感がある状態で鑑賞者に届けることのハードルの高さを感じていました。結果、残響成分を届けるためにヘッドフォンを活用(会場の残響対策)、ヘッドフォンではインパクトを与えにくい低音などはスピーカーから出しました(詳細はサウンド&レコーディング・マガジン2020年2月号)。

 ちなみに「Sound Mine」で採用したヘッドフォンは密閉型でしたが、今回の一般公開では外音を物理的に取り込みクロスフェードさせたく、開放型ヘッドフォンの中から最適なもの(ソニー MDR-MA900)を選びました。

f:id:rittor_snrec:20220316181559j:plain

外音を物理的に取り込んでクロスフェードさせるために開放型ヘッドフォンを厳選。御茶ノ水RITTOR BASEでの一般公開には、MDR-MA900(写真左から3番目)を採用した

 YCAMで長らく取り組んでいたせいか、“空間を演奏する”“抽象的な音が最も具体的な景色を想起させる”というコンセプトは公演後も頭から離れず、もう一度あの公演を、別の方法でも表現できないか(もしかしたらインスタレーションみたいに決め打ちにしてもいいかもなど)と考えていたところ、ソニーの立体音響を体験しました。特に印象的だったのは、SXSW ソニー・ブースで発表があった「CAVE without a LIGHT」というプロジェクト。音のコンテンツは「Sound Mine」と共鳴する部分もあり、さらに私たちがYCAMで実現し切れなかった音以外の環境因子についても検討されていたものでした。これまでは鑑賞者の耳の中に入った後のことしか考えられていなかったなと。発せられてから届くまでの過程に目を向けたいと思い、構想が始まりました。

システムのインストール方法を再検討しキャンバスを身体にたたき込む

 3年目のプロジェクト、紆余曲折をすべて書き記したい気持ちを今月号、来月号の2回に圧縮します……。令和2年度文化庁メディア芸術クリエイター育成支援事業に採択されてから一般には詳細非公開で開発を進めていて、昨年はコロナ対策の側面もあり都内某ギャラリーにて関係者のみで検証をしました。今回は初めての一般公開/検証となります。初回検証からの変更点は下記です。

初回:だだっ広く、インスタレーション空間を外から見たときの印象を重視(=空間の印象が音に直結するのではという予想から)。複数人数での体験を意識。外音取り込みあり。位置測位あり。

今回:閉鎖的、中からの視点に注力(狭いので展示空間を外から見るイメージではない)。一人体験でまずはシステムをパッケージに。コンテンツ制作重視で外音取り込みは無し。位置測位あり。

 初回検証の際には、私の視覚的な理想と技術的な理想の着地点が少しずれていたことが分かりました。具体的には、だだっ広い空間で何も仕切りが無い場所で、一歩踏み込んだら違う空間に入るような表現がしたかったのですが、某ギャラリーは床面積が15m×24mで、高さ5.5m。かつ初回はオープン・イアのイアフォンを採用したため、外音とイアフォンの中の音は溶けたもののギャラリーが持つ素の残響もしっかり取り込まれ、空間が二重になった印象がありました。本当はスピーカーの外音を大きくして部屋鳴りが聴こえないようにしたかったのですが、外音取り込みのマイクとハウリングしてしまい良きあんばいを詰められず。これは広い会場でやって初めて分かりました。視覚と聴覚のコンフリクトが起こるポイントの発見が大きな収穫でした。それを踏まえて、制作順序は先に聴覚的なインパクトを作り、それを視覚的なインパクトへ拡張する方針に変更。いったん原点回帰で聴覚を重視します。と言っても耳で音が追えてしまうので、逆に視覚を意識せざるを得ないのが不思議です。立体音響の特徴として、音が見える、ということは確かに言えるなと思いました。

f:id:rittor_snrec:20220316181232j:plain

昨年行った初回の実験では、外音取り込みを採用(今回は出力に注力して開発を進めたいので使用しない)。ソニー製のワイアレス・マイクECM-W2BTを足元に装着して検証を行った

 初回から今回まで検証を続ける中で、システム/インストール方法の再検討をする方が、音のコンテンツをアップデートする以上に伸びしろがあるように感じました(あくまで私の場合)。特に、この機材とシステムを使うと、キャンバスはこの広さで、描きやすい筆はこんなもの、同時に乗せられる色は何色で、どれくらいぼかせるか……が分かることで、自分の目に合うメガネが見つかったときのように耳で世界を辿っていける感覚がありました。システムが持つキャンバスを身体にたたき込むための、検眼、いや検耳!

 もちろん音自体にも意識を向けています。音の変数が多く動く部分に気を取られがちなパフォーマンス作品に比べて、インスタレーションで空間を作ることは、音の余白を読ませて広がりに意識を向ける……照明のハレーションを利用するような作業なので、単純に音を鳴らすより一つコミュニケーションのレイヤーが多いのではないかと思います。物理的な会場と想像の中の空間を違和感無く音で結び付けて、無限に広げられるよう注力しています。

f:id:rittor_snrec:20220316181546j:plain

RITTOR BASEでの公開にむけてアップデートを行う様子

 次号ではRITTOR BASE入りしてから公開までを記録します。まだ今は音源絶賛制作中、そわそわ&わくわくです。ちなみに、設営中の様子も不定期でRITTOR BASEから垂れ流し配信しようと思いますので、気になる方はぜひチェックしてください。ずっと椅子に座っているだけな気がしていますが、耳はフル稼働させているはず。立体音響技術のサポートには、ソニーのオーディオチームが参加しています。

(過去の活動レポート:《ON PAROLE》 | メディア芸術クリエイター育成事業

 3月27日(日)までNHKプラスクロスSHIBUYAで行われる「テクノロジーでめぐる 異世界展」にて、『Lenna』が22.2chで展示されています。野良22.2chで制作した音源が、まさかNHKオフィシャルな場で展示とは。一連の取り組みをまとめられる機会となりました。スピーカーはすべてMUSIKELECTRONIC GEITHAIN! NHKの方々からもリスペクトを感じつつ設営しました。渋谷にお越しの際はぜひお立ち寄りください。

 

【ON PAROLE – work in progress】

◎日程:2022年3月18日(金)、19(土)、20(日)、21日(月・祝)
◎体験時間:30分
◎入場料:無料(事前予約制)
*各回1名限定で、30分ごとの入れ替え制になります。
*アンケートにご協力お願いします
*体験枠が限られておりますので、キャンセルの場合は必ずご連絡ください。

細井美裕

f:id:rittor_snrec:20211020111031j:plain

【Profile】1993年生まれ、慶應義塾大学卒業。マルチチャンネル音響を用いた空間そのものを意識させるサウンド・インスタレーションや、舞台公演、自身の声の多重録音を特徴とした作品制作を行う。これまでにNTT ICC無響室、YCAM、札幌SCARTS、東京芸術劇場コンサートホール、愛知県芸術劇場、国際音響学会AES、羽田空港などで作品を発表してきた。