電気の無い無人島で自分を引き出す孤独な劇場【第19回】realize〜細井美裕の思考と創発の記録

砲台跡地での電源を使わない展示。弾薬庫跡は自分だけの映画館に居るような印象

 2022年最初の現場は東京湾唯一の自然島、猿島にて開催される芸術祭です。横須賀中央駅近くの三笠港からフェリーで約10分ほどの距離の場所なので、関東圏の方は意外に近い無人島としてご存じの方もいらっしゃるかもしれません。ちなみにかつては要塞として使われていました。要塞って!?血は流れていないよな……と思い調べたら、防御的軍事施設とのことで、主に訓練で使われた場所だったようです。今月は島の設営に入る前の下見~設営準備について、来月は島に入ってからの設営について記録します。

 

 私が展示するのは島を登ったところにある円形の砲台跡地です。作品タイトルは「Theatre me」。文法的に正しくはないですが、Theatreを動詞のように使って“私を劇場にせよ”という意味を持たせました。会場は、コロッセウムを思わせる内壁に開けられた小さくなってやっと入れる大きさの8つの弾薬庫跡と、海側に砲台が突き出るように開けられたトンネル状の空間、合計9つの空間で構成されています。なんと今回電源は使用しません。下見のときからこの場所に電気を引くことは難しそうとプロデューサーの齋藤精一さんから伝えられていました。齋藤さんは天川村の展示の際のプロデューサーでもあるので、もちろん私が音の作品を主に作ることはご存じのはずですが、これは齋藤さんから売られたケンカだと(私が勝手にそう思っているだけ)、買ってやろうじゃないか(頼んだら絶対なんとかしてくれていた)という気持ちで、というかほぼ意地で、進めることにしました。

 

 下見は2回。1回目は出展作家の方たちと島巡り&それぞれの会場の検討、その後コンセプトと施工内容を整理して、2回目は施工のスーパー・ファクトリー(以下SF)チームと採寸&実験へ。天川村のときもそうでしたが、1回目の下見のときに作りたいものは想像できました。空間に特徴があると、もうこれしかないだろ!!という勢いで決まるので、気持ちが良いです。ちょうど今並行して制作している別の展示は空間の自由度が非常に高いので、自分の中での迷いや、技術的な制限の検証で時間が取られてしまい、対極にあるなと。でもどちらも空間について考えるための音をデザインしていることに変わりはないです。どちらもできて幸せです。

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トンネルは人が立ったまま入れる高さ。奥は崖のため行き止まりになっている。猿島の下見1回目の様子は下の動画で視聴可能

 すぐコンセプトが決まった経緯を記録しておくと、下見の際にふと弾薬庫跡の中に入って外を見たら、さっきまで居た全方位の世界がスクリーンのように切り取られ、さらに空間が狭いせいで周囲の音も開口部方向からに制限されて、まるで自分だけの映画館に居るような印象でした。さらに弾薬庫跡は奥に深く、入れば入るほど先ほどまで居た空間を客観的に鑑賞できるような、あるいは自分が世界から切り離されてしまうような感覚を覚えたのでした。自分の中に眠っている劇場的な視点を見つける、音の展示というよりは、自分と向き合う場所を作る、という方が正しいかもしれません。そのための音環境を整備するイメージです。本当はもう一歩進めて外音をPA機器に通さずアンプリファイさせたかったのですが、予算の都合上、今後の展示での宿題となりました。アンプリファイ装置として想像していたのは北海道のモエレ沼公園にあるイサム・ノグチの「ミュージックシェル」です。

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SHIZUKAパネルを島に持ち込んで検証する︎スーパー・ファクトリー鈴木隆行氏と渋谷清道氏

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トンネル採寸中の渋谷氏。実測&搬入経路検討時の様子は下の動画で視聴できる

内壁に吸音パネルを設置してスクリーンを意識。視界が制限された日没後は耳>目のチャンス

 具体的には、展示のために弾薬庫跡とトンネルの内壁に吸音パネルを設置、回り込む音を極力抑え、スクリーンを意識する構成を目指すことにしました。なんとなんと、静科さんが全面協力してくださることになり(私も自宅でSHIZUKAパネル愛用中)、電源を得る以上の体験ができるかなと、島での設営を楽しみにしています。ちなみにこのSHIZUKAパネルを用いた展示として参照すべきは、2012年に東京都現代美術館で開催された『アートと音楽』展でのオノセイゲン+坂本龍一+高谷史郎「silence spins」が挙げられます。物理的に吸音パネルを全面に使用した茶室が設置されていて、茶室という小さな場所で大きな宇宙を想像させる、音の茶室と表現された音環境を整備することによるインスタレーションと思っています。実はこの『アートと音楽』展、私が初めて東京都現代美術館で見た展覧会で、大変記憶に残っています。確か武満徹さんの図形楽譜も展示されていて、高校時代さんざん武満徹さんの曲を歌っていたので、こんな楽譜があるの!?と衝撃を受けました。そこから音の周りにある表現に魅力を感じて、いろいろ作って、作家の方に自分の作品を送り付けたり、若気の至りですなあ……。皆さん大変優しくて、そこからやり取りが始まったりして、私も大きくなったらそんな人になりたいと思いました(もう大きい)。

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SHIZUKAパネルをはめる様子

 音を引くことによる音空間の可能性は、物理/仮想空間の両方のアプローチで試したく、別の作品でSONYのオーディオ・チームとも実験を進めているところです。サウンド過多な今の世界が、音の作品にも影響している気がしております。

 

 2回目の採寸を経て、羽田の展示でもお世話になったSF渋谷清道さんに進め方を検討していただきます。今回は展示場所に電源が無いので、大掛かりな作業ができない、つまり島に入る前に大体仕上げて、運んだら組み立てて弾薬庫跡に入れるだけの状態にする必要がありました。左、右、天井の体が来る位置にSHIZUKAパネルを仕込んだ壁を全戸分作り(弾薬庫跡であれば開口している1面を除いた5面分)、布を張ります。SHIZUKAパネルはグラスウールと違って身体中がかゆくならないのでそれだけで作業のモチベーションが上がります! ちなみに今回使用しているパネルは、ほとんどが別の展示で使って撤収で回収されたリユースの素材です。私は物量が多い方だと思うので、なるべくリユースしたいなと思っています。今後私の展示で多少汚れがあっても察してくださいね! いやしかし、すべての内壁を埋めるのは結構な量で、フェリーを降りたらすべて手で運び、しかも途中から階段で島を登ります。この搬入がサビとも言える設営のために私たちにできることはたった一つ、筋トレです。

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トンネルの内壁は開口部が大きいため、一部をSHIZUKAパネル、そのほかはウレタンを採用した

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展示会場となる弾薬庫跡の大きさを確認しながら制作を進行していく。中に入っているのはスーパー・ファクトリー岡崎彩加氏

 今回の芸術祭、入島できるのはフェリーの日没後の便のみ。つまり、ほぼ真っ暗です。視界が制限されたときは耳>目のチャンス。無限の解像度を持つどんな映像が脳内に映るのか、電気の無いこの島で、自分を引き出す孤独な劇場を作ることができるのか、島とどれくらいなじめるか、そわそわ半分わくわく半分です。来月はいよいよ入島の記録! ではまた~!

 

Sense Island -感覚の島- 暗闇の美術島 2021

会期:2022年1月22日(土)~3月6日(日)

https://senseisland.com/

細井美裕

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【Profile】1993年愛知県生まれ。慶應義塾大学卒業。大学在学中からボイス・プレイヤーとして数々の楽曲やサウンド・インスタレーションに参加。2019年、サウンド・インスタレーション作品「Lenna」とこの楽曲を含むアルバム『Orb』をリリース。同年、細井美裕+石若駿+YCAMコンサート・ピース「Sound Mine」を発表。メディア・アート作品の制作やオーディオ&ビジュアル・プロデュースも多数手掛けている