物量勝負のレコーディング〜スズキユウリとの『Crowd Cloud』【第17回】realize〜細井美裕の思考と創発の記録

10,000クリップ超えのレコーディングで自分の声の鍵盤を作る

 羽田空港第2ターミナルに展示中のスズキユウリさんとの共作『Crowd Cloud』を見に行ったよと連絡をいただくことが増え、人が動き出しているのを感じるこのごろです。恐らく年内は展示してあるので、ぜひお立ち寄りください。

 

 さて、作品から具体的にどう音が鳴っているかをご紹介します。前編で書きましたが、今回のシステムは、単純にマルチで鳴らすのではなく、ポータビリティを意識し、公開後の移動を見据えたシステムにしたいと堀尾寛太さんにご相談し、寛太さん主導でチームを組んでいただきました。

 

 簡単にまとめると、1台の親機(APPLE MacBook Air13インチ、Apple M1チップ)に68個のスピーカーがぶら下がっています。ホーンそれぞれは自分の基板を持ち、イーサーネットで連携。ただ、親機があるのはあくまでも今回の仕様です。例えばホーンを3つだけ別のところに移設したい場合、親機の代わりにマイコンを一つずつorイーサーネットで連携させて3つに対して1つで制御すれば、3つだけで独立できます。実はこのご相談をしたときにはホーンがまだどのような配置になるか検討中だったため、あらゆる可能性をつぶせるように斉田一樹さんが基板を設計してくださいました。

f:id:rittor_snrec:20211117215527j:plain

公開後の移動を見据えて、展示環境ごとに仕様は変更できるようになっている。︎今回は、親機となるAPPLE MacBook Airに68個のスピーカーを接続。各ホーンの基板は、イーサーネットで連携されている

 ホーン内部に設置しているスピーカーは寛太さんのご紹介で、WHITELIGHTの牟田口景さんに、用途やホーンのサイズに合うものを選んでいただきました。この辺りから新美太基さんと、実際にどういうアルゴリズムで鳴らしたいかを相談。基板でどう音源を持たせるかにもかかわるので、斉田さんとも会話しながらどのような音素材を用意するか決めていきました。用意した音源は、

“あ”〜“ん”+濁音(例:が)+半濁音(例:ぱ)を各3パターン(スタッカート/ロング・トーン/その中間の長さ)

“ぎゃ”“ぴゃ”などの拗音については伸ばしても上記と母音がかぶってロング・トーンの量が多く感じると判断したので、スタッカートのみ

上記すべての音階違いを21パターン

です。今回のレコーディングは物量勝負だと覚悟していましたが、途中で気に入らなくて全部録り直したものまで含めると恐らく10,000クリップは超えていました。細かい修正作業を連日やった結果、初めてエディットで指から血が出たことを記録しておきたいと思います。

f:id:rittor_snrec:20211117215157j:plain

濁音や半濁音、拗音を含む日本語一文字ずつを筆者の声でレコーディングしたAVID Pro Toolsの編集ウィンドウ。1トラックごとに全文字が入っていて、各トラックは半音ずつ音高が異なる

 スケールまで決めてしまえればレコーディング量は少なくて済んだのですが、空港にはアナウンス前に流れる音階の付いたチャイムや、行ってみないと分からない印象があると思い、事前にできる最善策は、自分の声の鍵盤を作ることだと考えた次第でした。捨て音階が出ても必要な作業だったと思います。

 

 実際に使うものと同じホーンのサンプルをロンドンにあるユウリさんのスタジオから事前に送っていただき、スピーカーのサンプルも牟田口さんからいただいたので、レコーディング後の音の調整は、実際に使うアンプをつなげて実際のホーンでモニターしながら行いました。

CYCLING '74 Maxのパッチを制作と同時進行でアップデート

 音のアルゴリズムを会場に入ってゼロから組み始めるのもな、と思っていたところ、システムを相談していたテクニカル・ディレクターのイトウユウヤさんが現場に入る前にイメージをつかめるようCYCLING '74 Maxでパッチを作ってくれました。なんと偶然なのですが、今月の「Maxで作る自分専用パッチ」(サウンド&レコーディング・マガジン2022年1月号のP240、Web版は11月25日公開予定)でイトウさんがそのパッチを紹介していますので、気になった方はぜひご覧ください。

 

 現場では、68個のスピーカーの回線チェックを終え(すべて違う方向を向いていて、高さも別々なので回線チェックも一苦労)、空港が閉鎖した深夜~朝をタイム・リミットとして音のアルゴリズムを仕上げました。

 

 ホーンの正面床に座りサウンド・デザインのスタートです。おしりが痛いので段ボールを敷いていたら、田部井勝彦さんがすかさず重石に段ボールを巻いて腰掛けを作ってくれてだいぶ楽に。背もたれは機材ボックス。作業中は隣で新美さんが付きっきりでサポートしてくださいました。具体的には、イトウさんのパッチをベースに、より音楽的に豊かな表現が可能になるよう空港入り前にカスタムしてくださったパッチ……をさらに!私が制作で使うのを見ながら同時進行でアップデートする、という本当に固過ぎる脇です。作ったアルゴリズムの値はパッチのアップデートの度にjsonに書き出し、次のパッチでも読み込める徹底されたホスピタリティ。新美さんはEYさんのシステムも担当するなど音楽(と言うか、音)にも詳しく、こういうアルゴリズムがあった方がこういう表現ができるのではないか、などクオリティにかかわる提案をしてくださり、私としても大変勉強になりました。自分が大学生のときに作っていたパッチって、この値何に効いているんだ……みたいなことが多々あったのですが、新美さんのパッチは同じソフトを使ったとは思えない感動がありました。パッチに感動というよりは、エンジニアの方の思想+パッチでクオリティが決まってくるんだ!という感動の方が正しいかもしれません。

f:id:rittor_snrec:20211117214842j:plain

羽田空港第2ターミナルに展示中の『Crowd Cloud』のサウンド・デザインを行う筆者と新美太基氏。実際の展示の様子は、下の動画で見ることができる↓

 作業後外も明るくなり、作品の音をあらためて聴いて、日本語ってなんて優しい音なんだろうと思いました。まだ来日できていないユウリさん、パオラ、そして海外からたくさんの方々の耳に触れてほしいと思います。

 

 最後に、今回は規模も大きく、本当にたくさんの方にご協力いただきました。この場を借りて皆様に感謝申し上げます。また作品に携わっていただけるよう精進します!

 

 ちなみに今私はこの作品の設営でお世話になったスーパー・ファクトリーさんにお願いし、某現代美術館の設営にがっつり3週間入らせていただき現場修行中です。最近発表することは多かったのですが、誰かに教わって、毎日自分の作業のクオリティが上がっていくような機会って無かったなと。自分と向き合える時間が欲しかったので現場で毎日ありがたく過ごしています。私の周りの作家やエンジニアの皆さんみたいに、あるときは自分の作品、またあるときは別の作家の方の作品と、両方携われたら格好良いなというあこがれが日に日に強くなっています。

 

 次回は、これまでイマーシブ・オーディオ前提で制作していながら、イマーシブ・オーディオ・フォーマットではリリースできていなかった2曲+新曲1曲をDolby Atmos(7.1.4)対応のスタジオでミックスした様子を記録します。ではまた~!

 

『Crowd Cloud』

CREDIT

Artist
SUZUKI Yuri & HOSOI Miyu

Curator
Paola ANTONELLI

Technical Supervision
ITO Yuya

Technical Staff
TABEI Katsuhiko (MeAM studio)
UEDA Shinpei

Sound System Development
Technical Direction: HORIO Kanta (Ponoor Experiments Inc.)
Sound Playback Devices: SAITA Kazuki (Kinoshita Laboratory)
Manipulation Software: NIIMI Taiki
Production: IDE Yusuke, FUTAGAWA Nana

Design / Installation
Gabriel VERGARA II (Pentagram)
SANO Makoto, SHIBUYA Kiyomichi, AKIYOSHI Kazuki, ISHIDA Akira, KIMURA Yusuke, SAKUMA Miwako, SHIRAHAMA Susumu, TANAKA Kei, FUJISAKI Ryoichi, MIKADO Takayuki, MUTO Takao, MORI Yoshihiro, and YAMAMOTO Tsutomu (all from SUPER FACTORY Inc.)
KRAFTWERK Inc.

Horn Coloring
Brass Coating: SUGIMOTO Kazufumi (Sugimoto Bisou Co., Ltd.)
Sanding: SANO Hidemitsu (Sanomasa Manufacture Co., Ltd.)
Coordination: HAYASHIGUCHI Sari

Photography
Takashi Kawashima

Movie
Director: KAWASHIMA Takashi, SHIMMYO Syuta
Editor: SHIMMYO Syuta
Camera Operator: YASHIMA Nobuyuki, YAZAKI Ken 
Recording: KASAI Toshihiko (studio ATLIO)
Recording Assist: SAWADA Yusuke

Special Thanks
studio MSR
8%
WHITELIGHT.Ltd
Japan Airport Terminal Co., Ltd

 

細井美裕

f:id:rittor_snrec:20211020111031j:plain

【Profile】1993年愛知県生まれ。慶應義塾大学卒業。大学在学中からボイス・プレイヤーとして数々の楽曲やサウンド・インスタレーションに参加。2019年、サウンド・インスタレーション作品「Lenna」とこの楽曲を含むアルバム『Orb』をリリース。同年、細井美裕+石若駿+YCAMコンサート・ピース「Sound Mine」を発表。メディア・アート作品の制作やオーディオ&ビジュアル・プロデュースも多数手掛けている