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広い会場でのサラウンド演出を経験〜「Prologue feat.MACH2X」【第18回】realize〜細井美裕の思考と創発の記録

新曲を含む全3曲をDolby Atmos化。念願のスピーカー環境でのミックスが実現

 皆さん聞いてください! 連載第15回で私が“野良イマーシブ・ミュージシャンが、イマーシブ音源を作るまでの道のり、正直風当たりが強くないですか!?”と空にぼやいていた言葉が、スタジオの方々に届きました……! P's Studioさんのご協力のもと、これまでエンジニアの奥田泰次さんにHPLを使ってDolby Atmosにしてもらっていたのに実際にスピーカー環境でミックスできていなかった曲たちを、無事スピーカー環境に解放することができました。スタジオの皆さま、このパッションを受け止めてくださりありがとうございます!!

 

 今回は既にリリースしている「-·-· ··-· -·-· ·-··」「(((|||」と、私がコレクション・ムービーの音を担当しているファッション・ブランドCFCLが2021年(第39回)毎日ファッション大賞の新人賞・資生堂奨励賞を受賞されたので、その表彰式で発表する新曲の「Prologue feat.MACH2X」をDolby Atmos化しました。もともとサラウンドの前提で曲を作っていたので、ここに来てようやく空間に配置できた、というのが正しい感覚です。ちなみに「Prologue feat.MACH2X」は、CFCLのニットを製造している新潟の工場までサンプリングに行ったときの音のみを使用しています。“MACH2X”は、メインでサンプリングした無縫製ニット・マシンの名前です。

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CFCLのニット工場がある新潟で「Prologue feat.MACH2X」に使用する音をサンプリングする筆者。収録機材は、AmbisonicsマイクのRODE NT-SF1とレコーダーのZOOM F6、H4N Pro

 「-·-· ··-· -·-· ·-··」「(((|||」は奥田さんにHPLでミックスしてもらったものを最終調整。スタジオで時間をかけたのは「Prologue feat.MACH2X」で、提示したかったコンセプトは“ステレオ感とサラウンドの共存”です。冒頭はハンディ・レコーダーで録音したステレオをシンプルに前方向に配置し、シーンの変わり目で一気にAmbisonicsマイクの音源に切り替えて空間を意識させることに挑戦しました。ここで野良イマーシブ・ミュージシャンの皆様に反面教師にしていただきたいポイントを共有します。エンジニアの方にセッションを渡すとき、録音で使用したAmbisonicsマイクのメーカーが出しているA-Bフォーマット変換のプラグインをダウンロードしてもらうことを忘れず伝えましょう。今回そのプラグインを挿し忘れて時間をロスしてしまい(ごめんなさい、超初歩です!)、無理を言って来てもらっていた久保二朗さんにフォローしていただきました。転ばぬ先の……久保さん……。

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「-·-· ··-· -·-· ·-··」「(((|||」「Prologue feat.MACH2X」のDolby Atmosミックスは、Dolby Atmos Home対応のP's STUDIO A/R ONEで行われた。ミックスの様子は、下のムービーで視聴可能↓

ステレオ→Ambisonicsへの変化で観客に空間を意識させる

 表彰式会場はEBiS303ホール。会場のスピーカー・レイアウトは葛西敏彦さんと久保さんと相談しながら決めました。いつも通りまずはお二人に音源のコンセプトを伝えます。それを受けてこのシーンはどう聴かせたいか、のヒアリング→レイアウト決定の流れです。特に今回はステレオ→Ambisonicsへの変化と、「(((|||」の冒頭のベースが重要。個人的に冒頭のベースはシンセ・ベースというより非常に長いキックのような一撃、という位置付けなので、サブウーファー4台を部屋の四隅に配置する提案をしていただきました。それ以外は会場のスピーカーを使い、ラッキーなことに常設のシーリングのスピーカーも充実していたので利用しました。結果、フロントL/R、サイドL/R、バックL/R、シーリングの前、中央、後ろ(中央と後ろは同じ音)、サブウーファー×4というレイアウトでした。

 

 次に、P’s StudioでDolby Atmosとして最終調整した音源は会場で鳴らす前に葛西さんと久保さんの手に渡ります。会場のスピーカーはDolby Atmos配置ではないので、事前に葛西さんのスタジオで会場のレイアウトに近付けた6.0.2ch(本番はそれに4台のサブウーファーを加えた6.4.2ch)で再生して、どう鳴らすか検証するためです。あの日は熱暴走との闘いでした。放熱板は常に持ち歩いていたのですが、その日は失念してしまい、みんなの財布にあった10円玉を並べました(銅は熱伝導率が高い)。サラウンド制作には私も今のAPPLE MacBook Pro(16インチ)だと限界を感じていて、M1チップのMac Proが出たら即買いだと思っています。

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葛西敏彦氏が拠点とするstudio ATLIOでの検証時のセットアップ。APPLE MacBook Pro上の10円玉は、放熱板の代用品

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studio ATLIOでは、CODA AUDIO D5-Cubeを使用した6.0.2chシステムを使って再生し、表彰式会場での鳴り方を検証した

 話がそれました。現場ではサウンド・チェックに1.5時間いただき、葛西さんと久保さんと相談して作り込みました。個人的にポイントだったのは音量で、特にステレオ→Ambisonics音源のつながりの印象に影響すると思い、Dolby Atmosミックスのときも最後まで粘りました。会場が広いので、Ambisonics音源があまり大きく出てしまうと空間を意識する前に“音が大きくなったな”という印象になってしまいそうだったのです。ちなみに、今回は冒頭にAmbisonicsマイクで収録した音源のみが流れるソロ・パートがあり、そこだけはDolby Atmosではなく元のAmbisonics音源を久保さんに渡し、今回のスピーカー・レイアウトにデコードして再生することでより空間を感じさせるようにしていただきました。

 

 EBiS303ホールは、私史上最も大きな会場だったため、場所による音の違いを今までで最も感じました。いろいろな条件の下、満足行く結果を出せましたが、あらためて思い返すと今後サラウンドの箱があまり大きくなっていくことは無いだろうなと思いました。例えば、広い映画館も映像で音が補完されたりして成立します。ライブ演出でサラウンドを取り入れるのも、移動させるという意味では面白いかもしれないですが、すべての場所のお客さんに同じ音の移動の差分を持たせたサラウンドを提供する、もしくは空間を意識させるという課題は、演出よりも先に物理を解決しないといけないということを耳でも感じたのです(エンジニアは、サラウンドでもステレオ配置でも物理と表現のバランスを常に取っている、という理解をしています)。サラウンド・ライブは“サラウンドで演出を提供したい/受け取りたい>リアルの場に存在してほしい/したい”というミュージシャンと鑑賞者の需要が一致したときに、配信やシステムの整った小さな箱でのライブ・ビューイングなどで効果が最大化されるのではないかと思います。広い会場でのこの経験は私の今後の制作に影響を与えそうです。

 

 ジャニーズの方々が舞台でされるようなフライング演出は、スピーカーを飛び越えてまさに物理的に空間を意識させるし、音源が移動するという意味で画期的ですよね。あれでご本人たちがスピーカーを背負ったら音的には理想のフライングになりそうですが……ちょっと実験してみたいですね。

 

 「-·-· ··-· -·-· ·-··」「(((|||」「Prologue feat.MACH2X」はDolby Atmosでも近いうちに配信予定です。あらためて言いたいですが、私は自分の表現のために必要なのでサラウンド・フォーマットを選択しています。

 

 さて、来月は猿島という無人島で開催される芸術祭で発表する新作インスタレーションについてです。ではまた~!

 

細井美裕

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【Profile】1993年愛知県生まれ。慶應義塾大学卒業。大学在学中からボイス・プレイヤーとして数々の楽曲やサウンド・インスタレーションに参加。2019年、サウンド・インスタレーション作品「Lenna」とこの楽曲を含むアルバム『Orb』をリリース。同年、細井美裕+石若駿+YCAMコンサート・ピース「Sound Mine」を発表。メディア・アート作品の制作やオーディオ&ビジュアル・プロデュースも多数手掛けている