渋谷PARCOの屋上で再構築した「夕やけこやけ」を流す〜『5時の鐘』【第23回】realize〜細井美裕の思考と創発の記録

渋谷区の防災無線で流れる「夕やけこやけ」を一音で脳内再生できるようなトリガー作り

 前回の最後にチラっと触れた、サックス奏者/作曲家の松丸契君と急遽作ることになった渋谷PARCO屋上でのインスタレーションについて、できたてホヤホヤの記録をお届けします。執筆中はまさかこんな急に決まるとは思ってもいませんでしたが、勢いに身を任せて良い作品になったと思います。

 経緯を記録しておくと、昨年私が出演したDOMMUNEの番組、湯山玲子さんpresents『爆クラ』が、めでたく第100回を迎えるとのことで、まさにサンレコ6月号の発売直後、4月末くらいに湯山さんより“5月3日、渋谷PARCOの屋上でインスタレーションをやらないか”とお誘いをいただきました。毎度のことながら、こりゃ大変そうだぞ〜というオファーが来ると“試されているに違いない”と変換してしまい受けてしまいますね! そしてDOMMUNE&『爆クラ』リスナーの方に見られるわけですから、コンセプトからちゃんと考えてやり切りたい。松丸君と最初にやりとりしたのは、実は私が初回出演した『爆クラ』の前の時間帯の『JAZZDOMMUNE』に松丸君が出演&演奏していたときだったこともあり、ここだ!というタイミングの確信があったので誘いました。

 湯山さんからは“15:30〜17:00の間に屋上で音を出すプログラムを組んでいるから、好きなようにやって!”とコメントがありました。屋上でただチルな音を流すのは私じゃないなあと思い考えていたら、渋谷区では17時に防災無線から「夕やけこやけ」が流れるのを思い出しました。区内83カ所に設置されたスピーカーからは、災害発生時に避難指示など区役所からの重要な情報が流れます。コロナの注意喚起もよく流れていました。そして平時には毎日17時に機器の点検を兼ねて「夕やけこやけ」を放送しているとのこと。

 スピーカーの設置場所を調べてみると渋谷PARCOから近い神南小学校にあるようで! 松丸君との打ち合わせの流れから屋上で聴こえるかどうか行ってみようということになり向かったのですが、なんとその日は大雨。雨だからか、そもそもなのか分からずですが、全く聴こえませんでした。がーん! ただ、その前提でも成立するようにコンセプトと作曲を工夫できたので、リサーチに行けて良かったです。長年「夕やけこやけ」の放送を聴いていると、17時近くだと気付いたときに勝手に頭の中で流れてくるので、最初の一音を使ってうまく脳内再生をトリガーできるように作りました。

 作曲は主に松丸君で、モチーフのMIDIを複数作ってきてもらい、それを30分尺の中に当てはめていく作業からは2人でスタジオに入って行いました。一つのルールとして、「夕やけこやけ」のメロディから来る音以外は使用しないこととしました。例えば、通常1分のメロディを30分に伸ばしたり、譜面を逆から演奏したり、キーを変えてみたり、小節単位で短いモチーフとして鳴らしてみたり……これだけで十分表現ができるのは音符担当の力量だな〜。

筆者(写真左)と松丸契(同右)。DOMMUNEの拠点であるライブストリーミング・スタジオSUPER DOMMUNEは、『5時の鐘』の会場でもある渋谷PARCOの9階に位置する

筆者(写真左)と松丸契(同右)。DOMMUNEの拠点であるライブストリーミング・スタジオSUPER DOMMUNEは、『5時の鐘』の会場でもある渋谷PARCOの9階に位置する

やりやすい録音方法が違うサックス&ボイス。タイム・ストレッチからのクリック制作に苦戦

 スタジオはいつも通り東麻布にあるstudio MSRの5Fで、ボーカル・ブースでサックスを録音、普段エンジニアの方が作業するスペースでボイスの録音……のはずがサックスの多重録音だけでいっぱいいっぱいだったのでボイスは自宅でSHIZUKA Stillness Panelに囲まれながら録りました。

レコーディングはstudio MSRで敢行。窓の外には防災無線のスピーカーが見える。studio MSRは港区にあるので、渋谷区とは少し展開が違う「夕やけこやけ」が流れていた。レコーディング時の様子は以下の動画で視聴できる

レコーディングはstudio MSRで敢行。窓の外には防災無線のスピーカーが見える。studio MSRは港区にあるので、渋谷区とは少し展開が違う「夕やけこやけ」が流れていた。レコーディング時の様子は以下の動画で視聴できる

 今回サックスの録音作業は私がやろうと思っていたのですが、思わぬところに落とし穴が! 普段私はAVID Pro ToolsにMIDIを取り込んで、それを(長さもピッチも)ガイドに録音していくのですが、一人でやるので“録ったそばからちょっとエディット”というのを繰り返せる。逆に言うと、ブレスの長さやメロディの昇降など身体的な制限を無視して作曲しているので、ほぼつぎはぎでしかできない。松丸君のように一発で録れるスキルがあって、かつ人間とは違うハードで演奏する人の録音作業のフローを想像できていなかったのです。私と松丸君がソロになるパートは無く、2人で一つの音色のようにして同じ譜面を録音するのですが、それぞれやりやすい方法が違うことに現場で気付いたのでした……。

 今回は30分の作品ということでかなりロング・トーンが多く、声はクラシックな発声ではなくちょっとブレス混じりで的が大きい音にしたかったので、通常よりも息の消費が多い。譜面を追いながら実時間で録音するより、つぎはぎしたときにうまくいくような素材を片っ端から録って後でエディットするのが効率が良いので、クリックは特に使わない。松丸君は一発でいけるので、実時間で録音した方が表現も豊かになるし、エディットの時間が無く効率が良い。譜面の中には、通常の1分のメロディとそれをひっくり返したメロディをそれぞれ30分、25分、20分、15分、10分、5分、4分、3分、2分、1分にタイム・ストレッチしたものが採用されている……。はい、エンジニアの方ならクリックを想像されたかもしれないですが、クリックを作るのが大変なのでした。タイム・ストレッチだからBPMで計算していなかったりして。これどうしよー!となったときには松丸君の終電も迫っていて、studio MSRのセガワロクさんが心配してくれたのか、全然別の質問をしたついでにちょっとブースに残って全回収してくれたのでした(大感謝×100)。

松丸契によるサックスのレコーディング風景。松丸のサックスはリアルタイムで一発録りし、筆者のボイスは素材を後からエディットする手法を採用

松丸契によるサックスのレコーディング風景。松丸のサックスはリアルタイムで一発録りし、筆者のボイスは素材を後からエディットする手法を採用

 そんなサポートもあり、4日間で30分の作品を完成させることができました。studio MSRの奥田泰次さん、セガワさん、ご協力本当にありがとうございました……。もちろん私はエディットで夜なべコースですね……。正直寝なくてできるなら全然寝ないですね。やれば終わるというのはとても安心なことだと思っています。私が一番怖いのはやってもやってもいつ終わるか分からない状態です。そういう意味で、普段作曲のときが一番落ちているので、今回私のパートは根性で解決できて良かったです(奥田さんも道連れにしてしまったので、そこは要改善です)。あと、1〜2週間くらい制作期間があったらここまでやり切れなかったかも、とも思いました。スケジュールと作業量を冷静に見積もった瞬間にひるみそうなので、焦る余裕なんて無いスタイルが功を奏しました。

 再生システムに関しては川口聡さんにお世話になり、スピーカーはEAW RSX129×2台と、音源で低域を足していたので自分でGENELEC 7040Aを持ち込みました。本番前に現場でリバーブのかけ具合を調整できないことが分かっていたので、奥田さんがリバーブのかかり具合が違う3パターンの音源を持たせてくれて(夜中に作業してもらっていたので、親が朝早く起きてお弁当を作って持たせてくれるみたいな感覚でした。おいしかったです)、サウンド・チェックで鳴らした結果、一番タイトなものにしました。屋上と言っても壁やガラス、木々があり、2.1chだったので、あまり強いリバーブがかかるとリバーブの出どころが分かってしまう印象でした。以前、3次Ambisonics音源では音で聴こえる空間がリアル過ぎて実際の場所と合わず、2次を採用したことがあり、そのときと同じ印象です。

 松丸君とはまた次の取り組みについても話しているので、またお耳にかかれるといいなと思っています! ではまた〜!

 

『5時の鐘 《渋谷》』
細井美裕+松丸契
Sサウンド・エンジニア:奥田泰次(studio MSR)
アシスタント・エンジニア:セガワロク(studio MSR)
サウンド・システム:石黒謙(ACOUSTIC REVIVE)、川口聡

細井美裕

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【Profile】1993年生まれ、慶應義塾大学卒業。マルチチャンネル音響を用いた空間そのものを意識させるサウンド・インスタレーションや、舞台公演、自身の声の多重録音を特徴とした作品制作を行う。これまでにNTT ICC無響室、YCAM、札幌SCARTS、東京芸術劇場コンサートホール、愛知県芸術劇場、国際音響学会AES、羽田空港などで作品を発表してきた。