山下達郎が“グルーブ”を語る。その背景にあるミュージシャン魂とは?

山下達郎が“グルーブ”を語る。その背景にあるミュージシャン魂とは?

山下達郎の最新アルバム『SOFTLY』に関する本人インタビュー後編は、グルーブに対する独自の美学へフォーカス。MIDIをグリッドからズラす……といったノリの作り方は、達郎からすると“適当なこと”。その真意やいかに? ミュージシャン必見の金言の数々、とくとご覧あれ。

Text:辻太一 Photo:高橋ヨーコ、小原啓樹(スタジオ)

インタビュー前編はこちら:

“グルーブ”を安易に解釈してはいけない

『SOFTLY』のクレジットを拝見したところ、山下さんご自身が打ち込みを手掛けた曲も多いですね。

山下 家にあるCOME ON MUSICのソフトで打ち込んでいて、音源を何にするかはここで決めるんです。今のDAWも試してみましたが、僕のノート・パソコンでは重くて、やっぱりCOME ON MUSICが一番簡単でね。打ち込みするときは、Spliceとかでダウンロードした素材を使っています。リズム・ループにしても、安いのに一丁前のものがあるんですよ。僕はリズム・パターンから曲を発想するタイプで。例えば1980年代なんかはROLAND TR-808でパターンを組んで、それを元に作っていたし、青山(純/ds)や伊藤広規(b)とはストリングス・シンセの鍵盤をガムテで止めて、一定の音が鳴り続けるようにした上で演奏しながら作ったり(笑)。「LOVE TALKIN'(Honey It's You)」(1982年)などは、そうやってできた曲です。いわゆるシンガー・ソングライターみたいにギター弾き語りから作り始める、というのではなく、ポリリズムが好きだったりするから、バラードを録っても“キックがどこに入るか”っていうのとかを緻密にやらないとダメなんです。

 

グルーブを出すために、ドラムのMIDIをグリッドから少しズラして打ち込んだりもするのでしょうか?

山下 そういう適当なことはしません。全部ジャストです、基本的には。ヒューマン・フィールみたいなのは、テクノに必要ないから。僕は、エイミー・ワインハウスのビートのズレているのとかが、すっごい嫌いで。気持ち悪くて聴けないんです。わざとタイミングを外しているでしょ? ディアンジェロとかも個人的にはめちゃくちゃ苦手。シーケンサーというのは機械だから、20msでも外して打ち込んだら気持ち悪く聴こえるんです。僕はもともとパーカッションをやっていたので、メトロノームに合わせて4分音符をたたくような訓練をさんざんやらされてね。人間のジャストと機械のジャストは別物だし、切り離して考えないといけない。機械で外すんだったら、もうちょっとランダマイズというか、幅を持たせてやらないと。全部同じようにズレていると絶対に良くない。それは“単にズレている”ってことになるから。

 

“ズラすことでのグルーブ”を打ち込みで作るなら、ズラした部分すべてをランダマイズする必要がある?

山下 そうですよ。でも、わざわざそんなことするかという話。今回の「人力飛行機」は、上原“ユカリ”裕がドラムをたたいた曲なんですが、彼の演奏を元にクリックを作って、それでコンガやシェイカーのシーケンスを鳴らしているんです。つまり、リズム隊の録音ではクリックを使っていません。「OPPRESSION BLUES(弾圧のブルース)」も同様で、バンド・サウンドの曲にはクリックが使われていないんです。

 

人力メトロノームという感じですね……。

山下 クリック無しで演奏しても、それだけのことができるんです。(高橋)幸宏や山木(秀夫)君らも、そうですね。そのくらいでないと、ドラマーは務まりません。だから、まずはクリックに合わせるという訓練を積まないといけない。“揺れる”って言っても、一流のドラマーは下手な揺れ方じゃないんです。必然的な揺れ方で演奏するので、そのグルーブからクリックを作り出せば、打ち込みのシェイカーひとつにしても人間の快感原則に基づいたものになります。タイミングに対して無頓着な人が、あまりに多いと思いますね。特に若いバンドは、グルーブやノリというのを非常に安易に捉えているなと。ドラムのキメがほかの楽器と噛み合っていなくても、“これはノリっすから”と平気で言ったりする。でも、それは下手なミュージシャンの言い訳や逃げでしかないんです。超一流の5人、6人の中でそんなことをしていたら、もう全く成立しませんからね。僕は1970年代に村上“ポンタ”秀一(ds)と岡沢(章)さん(b)、松木(恒秀)さん(g)、坂本(龍一)君(k)にライブを手伝ってもらって、そこで本当に鍛えられました。一流と一緒にやらないと絶対にうまくなりません。下手な人とやっていると、いつまでたっても上達しません。シンセサイザー・ミュージックというのは、そういうところをすごくアバウトにできる……人間同士じゃないから逃げられるんです。だから甘えが出てくる。

 

エレクトロニクスへの接し方を考えさせられます。

山下 でも、機械には機械の良さがあるんですよ。例えば、ブレイクでテンポを落とすようなコントロールが自在にできたりね。これは生身の演奏を元にした手法で、人間はブレイクでやるように白玉で演奏すると音符が長くなるんです。そうしないとラッシュして聴こえるからで、僕は打ち込みの曲を作るとき、テンポが123BPMならブレイクは121BPMくらいに下げたりします。今回の「LOVE'S ON FIRE」は、イントロからAメロに入ると少し速くなるんです。こういう手法は昔からあります。それこそ「プラスティック・ラヴ」(1984年)とか、ああいう時代から。

 

PLANET KINGDOM

山下達郎の制作拠点であるレコーディング・スタジオ、PLANET KINGDOM。SSLのアナログ卓XL9000Kやアウトボード、アナログ・シンセなどを多数そろえる。写真中央手前のYAMAHA SY99は、山下がマスター鍵盤として使用。その奥の液晶ディスプレイを置いたデスクは橋本茂昭の持ち場だ

山下達郎の制作拠点であるレコーディング・スタジオ、PLANET KINGDOM。SSLのアナログ卓XL9000Kやアウトボード、アナログ・シンセなどを多数そろえる。写真中央手前のYAMAHA SY99は、山下がマスター鍵盤として使用。その奥の液晶ディスプレイを置いたデスクは橋本茂昭の持ち場だ

Equipment
■DAW System:AVID Pro Tools|HDX
■Audio I/O:AVID HD I/O
■Controller:AVID S1、NATIVE INSTRUMENTS Komplete Kontrol S49
■DA Converter:DCS 955 DAC
■Console:SSL XL9000K
■Monitor Speaker:WESTLAKE AUDIO TM-3、YAMAHA NS-10M Studio
■Outboard:AVALON DESIGN AD2044、AD2077、CHAMELEON LABS 7602MKII Toneflake Custom、DRAWMER 1960、GML 8900、8200、2030、HRT9100(HRT9115、HRT9116)、NEVE 1073、33609、SHINYA'S STUDIO 1U76 Rev.D、1U78、SSL Logic FX G383、THERMIONIC CULTURE Culture Vulture、UREI 1176、etc
■Synthesizer:ARP Odyssey Rev1、KORG Kronos、OBERHEIM Matrix-12、OB-X、SEQUENTIAL Prophet-5、Prophet-T8、Pro-One、STUDIO ELECTRONICS Midi mini、YAMAHA Montage6、SY99、etc.

 

DJやラッパーにミュージシャン魂を感じる

その「プラスティック・ラヴ」や山下さんの1980年代の楽曲が“シティポップ”として再解釈され、世界的な人気を博しています。この状況をどのようにお考えですか?

山下 分かりませんよ、全然。40年前に言ってよ、って感じです(笑)。僕は極東の、本当にドメスティックな、メインストリームでもサブカルチャーでもない中間辺りを何とか泳いで、しのいできたミュージシャンなので。

 

昨今、さまざまな国のDJたちが山下さんのレコードをプレイしていると思うのですが。

山下 不思議ですよね。でもDJと言われる人たちは、僕なんかが考えているミュージシャンシップに近いものを持っているような気がします。ラジオ局に行ったりすると、DJの人が曲と曲をつないでプレイしているわけですよ。次の曲をヘッドフォンでチェックしながら、今かけている曲にうまくミックスしていくテクニック。あれはすごいなと思うんです。あとはフリースタイル・ラップも。『フリースタイルダンジョン』という番組があるでしょ? 一体どういう原則でもって、ああいうパフォーマンスができるのか……一般的なラップよりもアドリブで行くスタイルですよね。ほとんどジャズのインプロビゼーションに近いものを感じるし、なぜそんなことがラップという形態でできるんだろうと思います。

 

DJもフリースタイル・ラップもライブ・パフォーマンスなので、先ほど山下さんが言及されていた技術的鍛錬と通じるものがあると思います。

山下 でも、今はミュージシャンが幾ら練習しても、稼ぎになりにくい世の中ですよね。音楽産業がYouTubeのような動画サイトやSpotifyなどのサブスクリプション・サービスで変化して、1曲何銭の世界になってしまいました。では、その仕組みで若いミュージシャンはどうやって生活していけばいいんだと。こんなことを言っていると“またガラパゴスのシーラカンスが……”って疎まれそうだけど、我々だって音楽で食べていくための手段を必死で模索してきたわけだから、それを不意打ちのように壊されるのには納得いきませんよ。サブスクリプション・サービスに曲を公開しないのは、そういうアンチテーゼがあるからです。奇しくもシティポップのように、現代のインターネットを抜きにしては語れないムーブメントも生まれてはいますが。

常に最先端の環境でレコーディングしたい

録音作品だけでやりくりするのは難しいのかもしれませんが、ミュージシャンにはライブという手段があります。

山下 実は『SONORITE』を出した2005年ごろに、CDのようなパッケージ・メディアが衰退していくだろうと予感していたんです。Napsterとかもあったしね。その上、50歳を過ぎて、当時のビジネス・パートナーから“今後タイアップはもう無いからね”と言われていたので、これはダメだなと思って。それで、“だったらライブをやろう”と。1980年代まで常にライブをやっていたんだから、そこに戻ればいいと思ったんです。1990~2000年代は、いろいろな事情が重なって思うようにライブができなかったんですが、2008年から再開しました。2020年はオリンピックがあるはずだったので、会場や宿の混雑を考えて初めから予定していなかったものの、このウィルス騒ぎが始まって。翌年には再開するつもりだったのに収束せず、だったらレコード作れ!って事務所から言われて今回のアルバムができました(笑)。

 

シュガー・ベイブ『SONGS』から数えて47年目、今も新しい音楽を生み出し続けていることに脱帽です。

山下 とんでもない(笑)。それに僕はもともと古い音楽が好きだから、古臭い曲しかやんないですよ。でも、サンレコの取材ではいつも言っていますが、レコーディングのテクノロジーは常に最先端じゃないとダメなんです。でなきゃ、その時代の音にならない。『POCKET MUSIC』(1986年のアルバム)と『SONORITE』のときは辛かったですけどね。

 

前者はアナログ・マルチからPCM-3324、後者はPCM-3348からPro Toolsへ移行した時期の作品です。

山下 だから今、レコードがブームになっていますが、何を今さらって感じです。自分が初めてレコードを聴いたときの感覚を、音の特性が全く違うCDというメディアにどう戻してくるかを必死でやってきた40年近くだったので。

 

しかし今回、Pro Tools|HDXシステムで理想形に近いサウンドが得られたのではないですか?

山下 僕は、良い音がする道具だったら何でもいいじゃないかと思う方で、何年製だとかパーツがどうとかっていうのには興味が無いんです。でも聴こえた音が是か非かは、やっぱり耳が感じるから、好きな響きにならないと我慢できないというか、とてつもないストレスを感じます。その意味では、今のレコーディング環境は本当に良くなっていますね。

 

今後も新しいアルバムが期待できるのでしょうか?

山下 うん、ストックが5~6曲あったりするし……って、来年70歳の老人に何を求めるの!?(笑)。ただね、69歳になって新譜を作っているとは思わなかった。やっぱり一貫して思うのは、“後ろを振り返ってはダメ”ということです。道具にしたって、昔のものが良かったから戻りたいっていうのは絶対にダメ。常に前に行かないと。それはもう、圧倒的に自分の教訓なんですよ。

 

インタビュー前編(会員限定)では、 『SOFTLE』のジャケット制作秘話や、今作でのレコーディングの変化などについて話を伺いました。

Release

【Amazon.co.jp限定】SOFTLY (初回限定盤) (メガジャケ付)

【Amazon.co.jp限定】SOFTLY (初回限定盤) (メガジャケ付)

  • アーティスト:山下達郎
  • ワーナーミュージック・ジャパン
Amazon

『SOFTLY』
山下達郎
ワーナー:WPCL-13359~60(CD初回盤)、WPCL-13361(CD通常盤)、WPJL-10155~6(アナログ・レコード)、WPTL-10004(カセット・テープ)

※初回盤はプレミアムCDを含む2枚組。プレミアムCDは、2021年12月3日にTOKYO FMホールで敢行されたアコースティック・ライブの録音から7曲を収録
※アナログ・レコードは2枚のLPで構成。内容はCD通常盤に同じ
※価格は、初回盤4,400円、通常盤3,300円、アナログ・レコード4,620円、カセット3,300円。すべて税込み

Musician:山下達郎(vo、cho、prog、g、ukulele、bouzouki、k、syn、perc)、橋本茂昭(prog、syn)、小笠原拓海(ds)、上原“ユカリ”裕(ds)、伊藤広規(b)、難波弘之(p)、佐橋佳幸(g)、日下部“BURNY”正則(g)、宮里陽太(sax)、山本拓夫(sax)、西村浩二(tp)、村田陽一(tb)、今野均(strings concert master)、牧戸太郎(prog/strings arrangement)、杉並児童合唱団(cho)
Producer:山下達郎
Engineer:橋本茂昭、中村辰也、中山佳敬
Studio:PLANET KINGDOM、VICTOR STUDIO、Sony Music Studios Tokyo、音響ハウス、SOUND INN
※【CD】の参加ミュージシャン/エンジニア/使用スタジオを記載

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