有明四季劇場 〜独自のノウハウが詰め込まれた劇団四季の専用劇場

劇団四季の専用劇場として2021年9月に開館した有明四季劇場。開館と同時にディズニーミュージカル『ライオンキング』のロングラン公演が始まり、連日多くの観客を迎え入れている。

撮影◎上原タカシ(客席)、小原啓樹(機材、人物)

ステージから客席を望む。座席数約1,200。『ライオンキング』上演時には、客席上を音像が移動したり、演者が客席に入ってきたりと、劇場をフルに使った演出が行われる

ステージから客席を望む。座席数約1,200。『ライオンキング』上演時には、客席上を音像が移動したり、演者が客席に入ってきたりと、劇場をフルに使った演出が行われる

 有明四季劇場は専用劇場ということで、劇団四季の演目を行う上での理想的な空間を目指して作られている。例えば残響時間。

 「ミュージカルは音楽と芝居が混在するので場面ごとの音量差が大きい。どの場面でも一定の音質を担保し、かつ客席のどの場所にも均一に音を届けるため、たくさんのスピーカーを分散させて反射を制御する必要があります。そのため劇場自体の残響時間は短めに設定し、電気的に響きを付加してトータルの音響をコントロールしています」

 そう語るのは劇団四季の技術部で音響を担当する武藤泰樹氏。有明四季劇場では大小合わせて120本以上のスピーカーが使われており、『ライオンキング』においては動物が集まってくる様子を表現するために音像を動かしたり壁面スピーカーから効果音を出したりといった演出も行われる。

 そうした音響制御の中心にあるのがYAMAHAのデジタル・ミキシング・システムRIVAGE PM5(以下「PM5」)だ。同機の選定理由を技術部 音響担当の森下要氏は「劇団四季は、アナログ・ミキサーの時代からYAMAHAの製品を使い続けているのでオペレーターが操作性に慣れていることがまず挙げられます」と明かし、続けてこのように話す。

 「劇団四季は海外作品の上演が多いため、海外のオペレーターやデザイナーから海外製品を指定されることも多いのですが、YAMAHAの製品でも操作できるように試行錯誤しています。彼らにYAMAHAの製品を逆提案してみたいという気持ちもありますね。国内のメーカーなので、何かトラブルが生じたとき、すぐに相談できますし、改善点やアイディアを伝えると、できる限り製品に反映するよう努力してくれるのも大きな要因です」

 森下氏が語るように、互いの信頼関係が築けていることもあり、劇団四季ではYAMAHAの製品が活躍している。『キャッツ』ではRIVAGE PM10が使用され、『劇団四季 The Bridge ~歌の架け橋~』ではPM5が使用された。この2演目でRIVAGE PMシリーズの品質と使い勝手に手応えを得て、『ライオンキング』へのPM5導入に至ったと見ることもできるだろう。

 有明四季劇場のPAブースにはコントロール・サーフェスCS-R5が2台設置されている。

 「劇団四季の公演ではワイヤレス・マイク担当とオケ担当、2人のオペレーターがブースに入りますので、オペレーションのしやすさを考えて2台用意しています(武藤氏)」

PAブースに設置されたPM5のコントロール・サーフェスCS-R5。2人のオペレーターが操作しやすいよう2台導入されている。3面用意された大型タッチ・パネルや、滑らかなフェーダーなど、ハイエンド機の風格が漂う。右にはサブ機としてQL1もスタンバイ

PAブースに設置されたPM5のコントロール・サーフェスCS-R5。2人のオペレーターが操作しやすいよう2台導入されている。3面用意された大型タッチ・パネルや、滑らかなフェーダーなど、ハイエンド機の風格が漂う。右にはサブ機としてQL1もスタンバイ

 ワイヤレス・マイク担当の大木亮弥氏は、PM5を使い始めてまずその音質に驚いたと語る。

 「クリアで、何もしなくても良い音です。マイクの音はEQとコンプとローカットだけで十分。音がクリアでない場合、ディエッサーなどをかけないとセリフが聞き取りづらいことがあるのですが、PM5は中低域が豊かなため歯擦音が気にならないのでその必要がありません」

 さらに、繊細な音量調整が求められる役割において、フェーダーの滑らかさも大いに役立っていると明かしてくれた。この点については武藤氏も「ここまで滑らかなタッチのフェーダーはいまだかつて出会ったことがない」と言い、非接触型で信頼性が高く、メンテナンスの頻度が減らせることのメリットも大きいと話してくれた。

PM5のDSPユニットDSP-RX-EX。288のインプット・チャンネル、72のミックス・バス、36のマトリクスを備える

PM5のDSPユニットDSP-RX-EX。288のインプット・チャンネル、72のミックス・バス、36のマトリクスを備える

PAブースに設置されたI/OラックRio1608-D2

PAブースに設置されたI/OラックRio1608-D2

舞台下手袖に設置されたI/OラックRio3224-D2のS/Nの良さもPM5の音のクリアさにつながっている

舞台下手袖に設置されたI/OラックRio3224-D2のS/Nの良さもPM5の音のクリアさにつながっている

舞台下手袖に設置されたデジタルミキサーCL1。出番前の演者が付けるワイヤレス・マイクのチェックを行う

舞台下手袖に設置されたデジタルミキサーCL1。出番前の演者が付けるワイヤレス・マイクのチェックを行う

 機能面では“バーチャルサウンドチェック”が活用されていた。この機能は、PM5に同梱されるSTEINBERG Nuendo Live 2に本番の音声をマルチトラック・レコーディングしておくことで、演者がいないときでも音響のリハーサルが行えるというもの。その利便性についてオケ担当の内田光菜氏はこう語る。

 「『ライオンキング』は生演奏のパーカッションと録音されたオケを合わせて本番を行うので、通常は演者さんがいないとパーカッションがない状態でしかリハーサルができないのですが、バーチャルサウンドチェックがあれば、パーカッションも含んだ本番の音でリハーサルができるので便利です」

 バーチャルサウンドチェックは、シーンごとにフェーダーのバランスを試行錯誤したり、音像移動のオートメーションを組んだりといった仕込み用途にも適しているだろう。

 ところで、『ライオンキング』では実に123ものシーンがPM5にプログラムされている。例えば、曲中に歌い手が代わるタイミングでシーンが切り替わることもあり、これだけの数になるのだという。これは手動で切り替えるのだろうか? この疑問に武藤氏が答えてくれた。

 「曲の経過に応じて自動的に切り替わるようにしてあります。デジタル・マルチトラック・レコーダーでオケを再生するとき、空きトラックに1kHzのキュー信号を入れておいて、劇団で自作したインターフェースで信号を受け、リレー・スイッチがONになり、PM5のGPIをトリガーしてシーンを切り替えています。自作のインターフェースは、勝手にシーンが進んでくれることから“マジック・ボックス”と呼ばれていますよ」

 劇団独自のノウハウで使いこなされるPM5。今後も演目をより豊かなものにするための力となり続けるだろう。

左の機器が劇団自作の“マジック・ボックス”。20年ほど前に武藤氏が回路を設計したものだそうだ

左の機器が劇団自作の“マジック・ボックス”。20年ほど前に武藤氏が回路を設計したものだそうだ

こちらも劇団自作のプロダクト。“LED CONDUCTOR”と印字されている通り、オケの空きトラックにクリックを入れておき、演者やパーカッション奏者、舞台監督、舞台機構オペレーターなどにLEDの光でテンポを知らせるための信号を送出する“指揮者”の役割を担う

こちらも劇団自作のプロダクト。“LED CONDUCTOR”と印字されている通り、オケの空きトラックにクリックを入れておき、演者やパーカッション奏者、舞台監督、舞台機構オペレーターなどにLEDの光でテンポを知らせるための信号を送出する“指揮者”の役割を担う

インタビューに答えてくださった皆さん。右から、大木亮弥氏、内田光菜氏、武藤泰樹氏。一番左の鳥井香奈子氏は、オケ担当として内田氏からの引き継ぎを受けていた。今後PM5を使いこなしていくオペレーターの1人だ

インタビューに答えてくださった皆さん。右から、大木亮弥氏、内田光菜氏、武藤泰樹氏。一番左の鳥井香奈子氏は、オケ担当として内田氏からの引き継ぎを受けていた。今後PM5を使いこなしていくオペレーターの1人だ

主な使用機材

  • コンソール:YAMAHA CS-R5×2、CL1、QL1、TF-RACK×2
  • DSP:YAMAHA DSP-RX-EX、HY144-D-SRC×2、HY128-MD
  • I/Oラック:YAMAHA Rio3224-D2×3、Rio1608-D2
  • スイッチャー:YAMAHA SWP2-10MMF×4
  • 有線マイク:DPA MMP-C×3、4061×3、4099×2、AKG C414×4、SENNHEISER MD 421×2、SHURE SM58×3、SM58S×4、565SD×2、CROWN PCC-160×5
  • ワイヤレス・マイク:SENNHEISER EM 3732 COM-II N-GB×20、ASA 3000、A 3700×2、SK 5212-II L-JP×36、SK 5212-II L-JP×4、MKE 2×40、SKM 5200II-N-JP×2、EKP AVX×2、SKM AVX×2
  • スピーカー:Meyer Sound LEOPARD×24、LINA×12、900-LFC×2、500-HP×2、650-P×5、ULTRA-X20XP×14、UPJ-1P×14、UPJunior×2、UP-4slim×35、UP-4XP×8、MM-4XP×8、YAMAHA MSR100×5、MSP5×2、MS101×9
  • アンプ:Meyer Sound MPS-488HPp×8、MPS-482HPe×3、ATL-MPS-481×2
  • プロセッサー:Meyer Sound Galileo GALAXY 816×5

◎本記事は『音響映像設備マニュアル 2023年改訂版』より転載しています。

 1980年代より、長年にわたって全国の専門学校等で教科書としてご採用いただいている音響/映像/照明の総合解説書『音響映像設備マニュアル』。2年振りとなる本改訂版では、随所を最新情報にアップデートしました。

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