1928年に創立されたNEUMANNは、U87 Aiをはじめ、TLMシリーズやKMSシリーズなど多くのマイクを開発し、数々の名曲のレコーディングで使用されてきた。そんなNEUMANNが培った技術を使ってモニター・スピーカーも設計しているのはご存じだろうか。KHと名付けられたスピーカー・シリーズは計7機種をラインナップしており、自宅の制作環境からプロフェッショナルなスタジオまでカバー。DSP搭載モデルも用意されており、専用の計測マイクを使用して環境に合わせたキャリブレーションも行えるようになっているのが特徴だ。今回は、KHシリーズを導入しているCygamesのスタジオの様子をレポートしよう。
Photo:Takashi Yashima
低域がしっかり見えてほかの帯域もぼやけない
Cygamesは、『グランブルーファンタジー』『シャドウバース』『ウマ娘 プリティーダービー』『プリンセスコネクト!Re:Dive』など、スマートフォンからコンシューマーに向けたものまで、数々のゲームを世に送り出してきたメーカーだ。音楽/音声のレコーディングやミックスも社内で行っており、そのスタジオのモニター・システムとしてNEUMANNのKHシリーズが使用されている。サウンド部ミュージックチームのエンジニア、若林徹氏に聞いた。
「サウンドチームの拠点にスタジオA、B、Cがあり、スタジオAは7.2.4ch、スタジオBは5.1ch、スタジオCは2.1chのシステムです。スタジオは2020年4月に完成し、当初からKHシリーズをスタジオBとCで使用してきました。スタジオBはL/Rが3ウェイのKH 310、センターとリアは2ウェイのKH 120、サブウーファーにはKH 810を2台用意しています。スタジオCにはKH 310とサブウーファーのKH 750 DSP×2台を導入しました」
さまざまなメーカーがスピーカーをリリースしている中、なぜNEUMANNをセレクトしたのだろう?
「低域がよく感じられるスピーカーを探していたんですが、ちょうどそのころにNEUMANNのスピーカーのことを知って、借りて試してみました。すると、サブウーファーが無くとも低域がしっかりと見えて、かつほかの帯域もぼやけない印象でとても使いやすかったんです。何でも良く聴こえるスピーカーというものもありますが、NEUMANNはそういう傾向ではなくて、音をそのまま出してくれるような感覚ですね」
導入経緯について、サウンド部のマネージャーである丸山雅之氏はこう続ける。
「若林さんが試しただけでなく、スタッフを集めてさまざまなスピーカーの試聴会も行いました。弊社にはミュージックチームとサウンドデザインチームが居るのですが、ミュージックチームからNEUMANNが良いという意見が出てきて、加えて若林さんの選定もあったので導入が決まりました」
丸山氏によると、もともとスタジオBとCのサブウーファーにはKH 810が1台ずつ使われていたそうだ。
「それなりの音量を出したときでも余裕を持って鳴らせるように、スタジオCのKH 810をスタジオBへ移して2台体制にしました。ちょうどそのころにKH 750 DSPが出て、スタジオCに入れることになったんです」
若林氏が「大き過ぎないサイズ感で、鳴りもしっかりしている」と評するKH 750 DSPは、その名の通りDSPを搭載するモデル。専用APPLE iPadアプリのNeumann.Controlを使い、スピーカー位置などのモニター環境を入力することで音の補正を行ってくれる。さらに測定マイクのMA 1を使うことで、より環境に合わせたキャリブレーションも可能だ。KH 750 DSPがあれば、DSPを搭載していないKHシリーズを使ったセットアップでも補正ができるのも魅力となっている。DSP補正について若林氏がこう話す。
「MA 1登場前に調整した今のセットアップに慣れていて、まだ測定による補正は試していないんです。MA 1は用意しているので、今後挑戦したいと思っています」
現状ではMA 1による補正は2.1chまでしか対応していないが、今後サラウンド・システムへの対応も予定しているそうだ。丸山氏もそのアップデートに期待していると言う。
「スタジオBはKH 810のマネジメント・スイッチで調整を行っていったので、結構苦労しました。MA 1の測定では調整がかなり楽になりますし、KH 750 DSPさえあればメイン・スピーカー側がDSP非搭載でも補正できるというのはありがたいポイントです」
中域が整理しやすくて音の広がりも表現できる
先述の通り、2.1chのスタジオCはKH 310とKH 750 DSPが設置されている。KH 310は3ウェイでクラスABアンプ(210W+90W×2)を搭載し、34Hzまでの低域再生能力を持つモデルだ。若林氏はこう語る。
「KH 310だけでも十分に低域を再生してくれるため、普段はサブウーファーのKH 750 DSPを鳴らさないことが多いです。作業の中でさらに下の帯域まで確認したいときにKH 750 DSPを使い、KH 310と合わせてラージ・モニター的に使えるようにしています」
丸山氏は「定位感の良さをサラウンド環境で感じました」とKHシリーズの強みを挙げた。若林氏もそれに同意する。
「KHシリーズの指向性が音の定位の良さに関係しているのかなと。個人的にもKH 80 DSPを愛用しているんですが、ツィーターの周りのウェーブガイド形状にこだわりを感じますし、その影響が音に出ている気がしますね。KHシリーズ全体に言える特徴だと思います」
KHシリーズのツィーターには、水平方向へ音を拡散させるためのMMD(Mathematical Modeled Dispersion Waveguide)ウェーブガイドが備わっている。コンピューターによるシミュレーションで独自に開発されたこのウェーブガイドにより、スウィート・スポットが広く、さまざまな設置環境にも適応する再生能力を実現しているそうだ。スタジオCで使われているKH 310は中域を担うミッドレンジ・ドライバーも搭載し、ゲームにおけるセリフやボーカルといった重要なセクションを、低ひずみでクリアに表現することが可能となっている。KHシリーズを使うようになってから感じた変化について、若林氏に聞いた。
「奇麗なミックスができるようになったと感じています。細かい部分の音まで見えるようになり、重心も下げられるようになったんです。それによって中域の整理がしやすくなりました。音の広がりも表現しやすくなったと思います。キャラクター・ボイスやボーカルで中域がごちゃっとしがちなことがありましたが、KHシリーズを使うようになってその部分が調整しやすくなったんです」
ゲームはTVやスマートフォン内蔵のスピーカーで再生されることが多いが、Cygamesは妥協せずにクオリティの高いサウンド作りを続けてきている。最後に丸山氏がこう語ってくれた。
「“ステレオで聴く人が多いから、効果音以外の音楽はステレオでいいだろう”という考え方もありますが、例えば映画を見たときに曲がステレオだけだと残念じゃないですか。ゲームの曲に関しても、サラウンドで作り込むというのは作品自体のクオリティの底上げになる方向のコストだと思うので、そこを妥協する必要は無いと弊社では考えています」
ゲームのセリフ録音から楽曲のミックス、効果音制作、サラウンドまで、Cygamesのゲーム音楽制作における多くのシーンで活躍しているKHシリーズ。彼らの“妥協しない音作り”をこれからも支えていく存在で居続けるだろう。