ウマ娘 プリティーダービー【後編】ウマ娘全員のウイニングライブの歌唱が収録されたPro Tools画面を公開

ウマ娘 プリティーダービー【後編】ウマ娘全員のウイニングライブの歌唱が収録されたPro Tools画面を公開

歴代競走馬の名と魂を受け継ぐ
ウマ娘のライブ・シーン制作の裏側に迫る

サイゲームスが手掛ける『ウマ娘 プリティーダービー』。2016年のプロジェクト発表より漫画やアニメでの展開、声優によるリアル・イベントも開催されるなど、着実にファンを獲得してきたクロス・メディア・コンテンツだ。今年2月には待望のゲーム・アプリがリリースされ、その人気はより一層高まっている。美麗なグラフィックや奥深いゲーム・システム、キャラへの愛着を深めるストーリーが多くのファンを獲得した理由として挙げられるが、キャラがさまざまな楽曲を歌うライブ・シーンもプレイヤーの心をつかんでいるポイントだろう。その楽曲制作の裏側に迫るべく、サイゲームスのスタッフに話を聞いた。

Text:Yusuke Imai Photo:Takashi Yashima

 

レポート前編はこちら:

 

リアルなライブかMV的な演出か
映像に合わせたリバーブの調整を行う

 ウイニングライブは、広い会場でウマ娘たちが歌って踊るシーンとなっている。ライブ会場でのサウンドの広がりなど、音響的なアプローチはS氏が携わっているそうだ。

 

 「映像に合うことが大事になってくるので、リバーブやディレイの調整を細かく行っています。AVID Pro Toolsで波形を編集し、サウンド・ミドルウェアのCRI ADX2で組み込むのが一連の流れです。開発に使っているゲーム・エンジンのUNITY TECHNOLOGIES Unityにもサウンドに関する機能は備わっていますが、波形の管理や組み込みをより行いやすくするための拡張ツールがADX2になります。DAWにおけるプラグインのようなイメージですね」

 

 ADX2にもリバーブを加える機能は備わっているようだが、楽曲や映像に合わせて音響効果を細かく調整する必要があるため、Pro Toolsで作業をしているという。

 

 「オケの2ミックスと、歌唱するウマ娘たちのボーカル・トラックに対して、それぞれに調整を加えていきます。よく使うのはAUDIO EASE Altiverb。空気感の演出ではかなり使えるプラグインです。あとは曲によっていろいろとプラグインを使い分けることが多いですね」

 

 ウイニングライブで流れる楽曲と言えども、ライブ的な音響効果を一律に加えているわけではないそうだ。U氏は「その楽曲の映像での演出に合わせているんです。僕が気にしているのは、リアルなライブの演出に近いのか、MV的な演出に近いのか。それによってリバーブ感は大きく変わってきます」と話す。勝利したウマ娘たちのライブという中でも、楽曲によって映像と音響の演出を作り分けているのは驚きだ。続けて、S氏がこう語る。

 

 「カメラがキャラクターに寄ることが多い映像だと、リバーブを深くかけたときに違和感が出ます。逆に、会場全体を映すような演出では、サウンドの広がりが必要になるでしょう。そのため、テンプレートのようなものは用意せず、素材に合わせた調整をPro Tools上で行うようにしています。曲ができるたびに試行錯誤しているんですよ。テンプレートがあった方が運用面では安定化が図れますが、僕らは一曲一曲に命をかけるような感じで時間をかけて作っています」

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『ウマ娘 プリティーダービー』のボーカル収録で主に使われた、サイゲームスの社内にあるスタジオC。赤を基調としたラグジュアリーな空間で、モニター・システムにはNEUMANN KH 310とKH 750 DSPを採用している

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ボーカル録音時によく使用したというアウトボード。上がコンプレッサーのRETRO 176、下はマイクプリのMILLENNIA HV-3Cだ

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ボーカル・マイクでメインに使用しているBRAUNER VM1。「全帯域をまんべんなく録れて、癖も少ないマイク」とU氏は評する。録音場所や歌うメンバーによってマイクを変えるのではなく、VM1をメインに使用することで、全体の統一感や後の処理のしやすさにつながっているという

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社内スタジオA。こちらではボイス収録やMAなどが行われているそうだ。GENELECの7.2.4chサラウンド・システムが組まれており、ニアフィールド・モニターにはAMPHION One18が採用されている

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社内スタジオBは、NEUMANNの5.1chサラウンド・システムを用意している。スタジオAと同じくボイス収録やMAなどで使われているそうだ

ソロ・ボーカルを作り込むことで
どのパートを担ってもバランス良く聴ける

 前述のように、ウイニングライブはプレイヤーが任意に選んだウマ娘に歌わせることが可能だ。楽曲によって全キャラクターの歌唱が用意されているものと、6~8人分のみの歌唱が用意されているものがあるが、センターと左右の3人の組み合わせで実に多くのバリエーションが生まれるのは想像に難くないだろう。センターと左右のポジションで歌うパートも変わるのだが、どのウマ娘を選んでも楽曲として成立し、サウンドのバランスも整っている。どのように実現しているのか、U氏に聞いた。

 

 「ゲームへ組み込む前に、各キャラクターのソロ・ボーカルで楽曲が成立するようにミックスを作っています。6人分の歌唱を用意する楽曲であれば、同じバランスで聴けるソロ・ボーカルのミックスを6つ作るわけです。事前に音量感とタイミングをきちっとそろえておくことで、どのパートを担ってもバランス良く聴けるようになります」

 

 1曲を通して歌ったテイクがウマ娘ごとに用意され、それが組み込み用データとしてS氏に渡されることとなる。組み込み時に歌唱パートごとにテイクが分割され、プレイヤーのキャラクター選択によって該当する歌唱パートの波形が読み出される……という仕組みを想像していたが、実際は違うようだ。S氏が解説する。

 

 「実は各ウマ娘のボーカル・トラックは、どのポジションになったとしても後ろで再生されているんです。UnityからADX2での再生を制御し、歌唱パートに合わせて自動で音量やパンが調整されます。センター・ボーカルは、左右のボーカルと比べると奥まって聴こえやすいので、2dBほど持ち上がるようにするなど、聴感上での問題もここで解消しているんです」

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ウマ娘全員の歌唱が収録されている楽曲のプロジェクト画面。各キャラは1曲をすべて歌っており、ソロ・ボーカルでも成り立つように調整される。全ボーカルの音量バランスとタイミングが合った状態にしておくことで、ゲーム内でどのキャラが選ばれても楽曲として成立するようになっているそうだ。ゲーム・エンジンとサウンド・ミドルウェア側で音量やパンをコントロールし、歌うポジションに合わせた歌唱パートが再生されるようになる

 育成シミュレーションというジャンルながら、ライブ・シーンを導入し、その演出やサウンドまでこだわって制作されている『ウマ娘 プリティーダービー』。レースやストーリーに紐付いた楽曲制作、そしてキャラクターへの愛着につながるウイニングライブで、これからも多くのファンを魅了していくに違いない。最後に、今後の展望をU氏に尋ねた。

 

 「クロス・メディア展開のコンテンツですから、リアルなライブを視野に入れた曲作りだったり、CD制作だったりと、どんどんフィールドを広げていきたいです。ストーリーやグラフィックだけでなく、音楽の力でもコンテンツを引っ張っていけるようにしたいですね」

 

レポート前編では、 ウイニングライブのボーカル録音手法や、声優へのボーカル・ディレクションの重要性について伺いました。