1974年創業の老舗レコーディング・スタジオ、音響ハウスで、45年以上にわたりメインテナンス・エンジニアを務める遠藤誠氏(写真中央)が、日本オーディオ協会による2021年度第25回“音の匠”として顕彰された。これを記念し、2021年12月20日に御茶ノ水Rittor Baseにて、映画『音響ハウス Melody-Go-Round』極音上映会ならびに、遠藤氏のトーク・セッションを開催。遠藤氏と共にメインテナンス・エンジニアを務める河野恵実氏(同左)も同席して行われたトーク・セッションの様子を紹介しよう。
※『音の匠』顕彰式・トークショーの動画はページ下部でご覧いただけます。
電源を入れた瞬間というのを非常に大事にしています
1975年に音響ハウスに入社した遠藤氏。この職に就いたきっかけについて尋ねると、もともとメインテナンス・エンジニアとしての募集があったわけではなかったという。
「録音技術専門学院(現:音響芸術専門学校)時代に、銀座に新しくスタジオができるということですぐ応募しました。アシスタント・エンジニアの募集だったのですが、最後の自己アピールで、“アンプを作ったり機械をいじったりするのが好きなんですけど、そういう仕事は無いですか?”と言ったら、ご縁があって入社できました」
その“機械好き”となった原体験は高校時代に遡る。
「高校時代から秋葉原に通うようになって、『無線と実験』という雑誌を見て、自分でアンプでも作ってみようかなと、3年ちょっとかけて真空管アンプを完成させました。作っては、配線が気に食わないから全部ばらしてやり直すとかそんなことをやっている間に回路図が読めるようになりましたね」
映画内では、遠藤氏と河野氏がスタジオ中を点検して回る様子が映される。その点検内容を遠藤氏が説明する。
「電源を入れた瞬間にファンから異音がしたら交換時期、というような確認もしています。最初ブーンとかガラガラって言ってちょっとすると直ってしまうことがあるので、電源を入れた瞬間というのを非常に大事にしていますね」
加えて河野氏がアナログ・コンソールの確認事項を説明。
「メーターの0VUがちゃんと0VUになっているか必ず見ます。あとはランプが切れていないか。前日にダメだと言われた機材やアウトボード、テープ・レコーダーの確認もしますね」
回路図をまとめてブロック・ダイアグラムを自分で作った
長年にわたり設置されている機材を使える状態でキープし続けるには地道な作業も欠かせない。
「コンソールで一番古いのはMA4のSSL SL4032Gで、31年ですね。1stにあるSL9064Jも27年くらいかな。SL9000Jは全体のブロック・ダイアグラムが無くて、分厚い説明書の中に部分部分で書いてあった回路図をまとめて一つのブロック・ダイアグラムを自分で作りました。モジュールを直すためにテスト用ジグも製作しました」と遠藤氏。
古い機材で修理用のパーツが無いときの対処法については「今はインターネット時代ですから、日本に限らず海外からも取り寄せたりしています」と答えた。遠藤氏は、スタジオ内で使用されるカスタム機材の製作も手掛ける。
「うちのマスタリング・ルームでは、2人のエンジニアが1つの部屋を使えるように、Aの人はこのスイッチを使って、ボリュームがこれで、スピーカーがこれ、Bの人ならまた違うもの、といったモニター切り替えシステムを作りました」
スタジオのメインテナンスには、ファンの異音に気付くなど、音楽と違う意味で耳を凝らすのに加え、視覚、触覚、嗅覚も使うと話す遠藤氏。スタジオを円滑に使ってもらうために、機材に限らず、扉などの設備も触りながら確認する。
「あまり皆さん気が付かないでしょうけど、全体を見回しています。パッキンが擦り切れているとか細かい話です」
トーク中「未知のものが好きなんです」と目を輝かせた遠藤氏。「音響ハウスが必ず第1号機というような新しいものを先に入れていたのは楽しい時代でした」と振り返りつつ、「何か新しいもの無いかなとか、新しいもの作ってみようとか。そういうことは今でも考えていますね」と前向きに語る。
その先輩の姿を「何に対しても学ぶ姿勢がすごいと思います」と表現する河野氏。メインテナンス・エンジニアとしてのやりがいを尋ねられると、「SSLのメインテナンスがしたいと思って音響ハウスに入ったのですが、遠藤さんに負けずに何か作りたいなと思っています。まだまだ勉強途中です」と意気込みを語った。“音の匠”遠藤氏が長年にわたり築いてきた音響ハウスの伝統はこうして脈々と受け継がれていく。
日本オーディオ協会 2021年度 第25回「音の匠」顕彰式
『音の匠』顕彰記念 遠藤誠氏トークショー
映画『音響ハウス Melody-Go-Round』
音響ハウスを舞台にした音楽ドキュメンタリー映画。坂本龍一をはじめ、ゆかりのある著名アーティストのインタビューを、レコーディング時の貴重な資料と共に紹介する。さらに、本作のために佐橋佳幸、飯尾芳史氏を中心に制作した主題歌「Melody-Go-Round」のレコーディングに密着。遠藤氏のメインテナンス業務も紹介される。
Release
『音響ハウス Melody-Go-Round』
Blu-ray
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