KORGが去る9月に発表したライブ配信システム、Live Extreme。同社が研究と製品開発を続けてきたDSDをはじめとするハイレゾ・オーディオと、4K映像を組み合わせられるシステムだ。10月にはIIJ、キングレコードとともに実証実験で成功を収め、満を持してKORG発の最初のライブ配信が11月14日に行われた。この記念すべき初回に登場したのは、河原太朗のソロ・プロジェクトTENDRE。最新シンセ、NAUTILUSとopsixを使い、トリオ編成で息の合ったプレイを聴かせてくれた。ここでは、Live Extremeの仕組みと、多くのスタッフの尽力によって成し遂げられたライブ配信の裏側をレポートしていく。
※上の画像は実際の配信映像より
Text:編集部
ハイレゾ音声に映像を同期させる技術
KORGはIIJとともに、2015年からDSDでの音声配信実験を開始。その成果の一つとして、ハイレゾ音源ストリーミング・サービスのPrimeSeatとして結実している。一方、映像配信では音声で使える帯域が少なく、圧縮音源となってしまうのが常だった。ハイレゾ音声のクオリティを取るか、映像を含めた配信を取るか……KORGでDSDやストリーミングを手掛けてきた技術開発部部長の大石耕史氏は、ハイレゾ音声を含む映像の配信を模索してきた。IIJでも、ハイレゾ音声の配信実験を行ってきたが、その中で映像と音声の遅延補正やコンバート、エンベッド(映像への音声埋め込み)、エンコードなどに大量の機器が必要だという課題も出てきたという。
そうした課題を解決すべく、Live ExtremeではWindowsマシンで動作するソフトウェアにこれらの機能を集約。コンピューターのスペックが許すのであれば、複数のフォーマットにも1台で対応できるようになった。さらに、映像フォーマットに音声を乗せるのではなく、ハイレゾ音声配信フォーマットに映像を追加。オーディオ・クロックを基準にソフトウェア設計を行うことで、エンコード前の音質劣化を回避するという発想で生み出された。
そのエンコードを司るソフトが、Windows 10(64ビット)上で動作するKORG Live Extreme Encoder。オーディオ・インターフェースはASIO対応であれば選択は自由だが、今回の配信ではDSDに対応するKORG MR-0808U(非売品)を使用。4K用、2K用でコンピューターを分けたが、それぞれDSD 5.6MHzでA/Dした後に、Live Extreme Encoder上で24ビット/192kHzと48kHz、24ビット/96kHzと48kHzに変換。渋谷のKORGショールーム=KORG EXPERIENCE LOUNGE SHIBUYAでのパブリック・ビューイングに向けては4K映像とDSD 5.6GHzでの配信も行われた。
Live ExtremeはKORG独自の配信だけではなく、さまざまな配信サービスや放送局、教育機関などに向けて技術提供をしていく予定だという。
レコーディングでもライブでもない表現を
Live Extremeのお披露目となったTENDREの配信ライブ。大石氏は、せっかくならDSDのポテンシャルが生かせる内容にしたいと、今回の配信ミックスを担当するエンジニアの葛西敏彦氏に相談をした。そこで葛西氏が考えたアイディアは、デジタル・コンソールの機能を生かしてバンドのサウンドをしっかりとまとめつつ、アナログのステレオ・プロセッサーを駆使することで配信に最適化したサウンドに仕上げるという方法だ。葛西氏はこう語る。
「最近、一人でミックスするよりも、複数の人がかかわって、それぞれが得意なことを積み重ねていく方法を試しているんです。自分では思い付かないようなアイディアも出てくるので、それが面白い。それで今回は、prime sound studio formの米津(裕二郎)君に来てもらいました。ライブでもない、レコーディングでもない、新しいフォーマットをみんなが手探りで作っている中で、この形でないとできない表現を考えてみました」
そうして葛西氏と米津氏が卓の横に積み上げたのが、おびただしいほどのアナログ・アウトボード群。米津氏がこれを操り、Live Extreme Encoderへ送るレベルと音質の管理を行う。いわばリアルタイムでDSDマスタリングをするような役割を、米津氏が果たしているわけだ。大石氏は配信後にこう語ってくれた。
「PA卓がデジタル化していく中で、ライブ・マスタリングをあれだけのアナログ機材でやる。フル・アナログにとらわれず、DSDの良さを出すためのアイディアとして、葛西さんから伺ったときに、見事だと思いました。実際にやってみて、KORGからハイレゾ配信のリファレンス的な新しい手法を提示できたと思います」
映像を手掛けるのは、DIRECTIONS所属の映像ディレクター、石原淳平氏が主宰するGRAPHERS' GROUP。スタッフ10人、4Kカメラ×6台で、クレーンまで持ち込む気合の入れようだった。今回の演出の狙いを氏はこう語る。
「ライブ配信では、演者の“気持ちの設定”が大事だなと僕は思っていて。今回は、そもそもお客さんに向かっていないという設定で、リハや一発録りのレコーディングをしているような……演奏者同士が目配せしているような形で演奏できたら、リラックスできるんじゃないかな?と考えました」
NAUTILUSの解像度とopsixの奥深さ
今回のライブ配信は、Live Extremeのお披露目であったと同時に、KORGの新しいシンセを使った初のライブでもあった。TENDREこと河原太朗が演奏したのは、ワークステーションのNAUTILUS(61-keyモデル)、そしてFMシンセのopsix。NAUTILUSは配信中にも絶賛していた河原だったが、ライブ終了後にあらためてその印象を語ってもらった。
「NAUTILUSは、サンプリングの解像度が鮮明で、配信中に語ったウッド・ベースもそうですけど、ピアノの音色も音の粒立ちが良く、弾いていて楽しかった。個人的にはエレピも好きですね。鍵盤の軽さも相まって、WURLITZERのタッチの雰囲気が実機に近い。音に抜けも重さもあるので、制作でもライブでもいいです。実在の楽器以外の音もたくさん入っているし、バリエーションも豊富で使いやすいと思います。僕は昔、KORG TRITONを使っていたので、その気持ちを取り戻しながらも、進化を見られたのが面白かったです」
一方、FMシンセのopsixもボーカルのバッキングに使用。ライブではFM然としたコロコロしたサウンドを鳴らしていたが、事前にいろいろ試したそうだ。
「画面が小さいですが、OLEDで見やすいし、フィルターやエフェクトのかかり具合も作りやすいです。フィルターやリバーブのバリエーションが多いのもいいですね。リバーブの解像度も、楽器の内蔵エフェクトとしてはかなり優れていると感じました。懐かしい音から現代のトラックに合う音色まで入っていて、時間さえ許せば一晩中遊んでいられます。不規則な変化も作れそうだから、ライブ・パフォーマンスでの可能性を感じました」
ハイレゾ4K配信とシンセ、全く性格の異なる新しい試みだったが、デジタルの技術をどう人の手に下ろして現実化するかという点において、KORGの目指している方向性に確かなものを感じた一夜になった。
KORG NAUTILUS(61-keyモデル)
価格:220,000円
アコースティック・ピアノに特化したSGX-2、エレクトリック・ピアノをモデリングするEP-1、PCMシンセ・エンジンのHD-1など、9種類のサウンド・エンジンを搭載したミュージック・ワークステーション。Unique/Current/Standardに分類された新しいプログラム音色を1,920種備える。リアルタイムでパラメーターをコントロールできる6つのRTノブ(誤動作防止機能付き)や本体でのサンプリング機能、16tr MIDIシーケンサー、16trオーディオ・レコーダーを搭載。73-keyモデル(260,000円)やピアノ・タッチ88-keyモデル(300,000円)も用意されている
KORG opsix
価格:87,000円
FMシンセの再定義を意図した6オペレーター機。オペレーター・ミキサーでFMのかかり具合をリアルタイムでコントロール可能。オペレーター波形を21種類用意し、マルチモード・フィルターで減算方式のシンセのような音作りも行える。3系統のエフェクトやステップ・シーケンサーも内蔵
Live Extreme 詳細情報
KORG NAUTILUS、opsix 製品情報
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