積極的に新製品をリリースしているHERITAGE AUDIO。現在最も勢いのあるプロ・オーディオ・メーカーの一つと言えるでしょう。そんな同社から、トップ・エンジニアの一人マイケル・ブラウアー氏が所有するMotown EQユニットを再現したMotorcity Equalizerが発売されました。それでは詳しく見ていきましょう。
オリジナルを忠実に再現
Motown EQユニットは、1960年代に自動車産業で繁栄した米国デトロイトを拠点とするモータウン・レコードの自社スタジオ=ヒッツビル・スタジオ用に設計されたもの。世界のトップ・エンジニアたちに愛用されてきた知る人ぞ知るイコライザーです(ちなみに筆者は一度だけ現物を拝んだことがあるくらいです)。
そんなMotown EQユニットを再現したMotorcity Equalizerは見た目もさることながら、回路もオリジナル・デザインの忠実な再現を狙っています。既に手に入らない1960年代の部品に関しても、代用品ではなくカスタムでゼロから正確に作るという気合いの入りよう。現代的な改良もせず、そのまんま“本物”を目指して作ったという一台です。
完全アナログのパッシブEQで、HERITAGE AUDIOがカスタム・メイドした21個のインダクターとトーン・コンデンサーを各周波数帯に3つずつ採用。ブラウアー氏所有のMotown EQユニットとの公差は1%以内に抑えられています。入力にはUTC製のカスタム・トランス、出力にはCARNHILL製のライン・アンプを採用しています。
外観はいたってシンプルです。7つの周波数ノブは、左から50、130、320、800、2000、5000、12500(Hz)となっており、各バンド1dB刻みのステップ式で±8dBの範囲で調整可能になっています。右端のゲイン・ノブもEQと同様ステップ式で、±8dBで調整可能。IN/OUT/OFFのトグル・スイッチは、IN/OUTでEQの有効/無効の切り替えが可能です。EQをかけた状態とバイパスした状態を簡単に聴き比べられるのは、うれしいところだと思いました。OFF選択時は、電源が切れて信号も通過しない仕組みになっています。
中域の調整で音の輪郭が鮮明に
それでは実際に音を聴いていきましょう。今回はミックス作業で、主にボーカル、ベース、ギター、ホーン隊、ドラム(生/打ち込み両方)に使ってみます。Motorcity Equalizerと同じパッシブ方式のPULTEC EQP-1A3や、グラフィックEQのAPI 560とも比較しながらチェックしていきましょう。
まずは、信号を通したときの音の印象について。明るめのザラついた質感がほんの少し加わる感じはありますが、全く嫌な感じはしません。原音からの音質変化はほぼ無いと言ってよいでしょう。優秀です。
続いて全体的なEQのかかり具合を確認。API 560のようにグイッと分かりやすくかかるというよりは、PULTEC EQP-1A3のように自然にじわっとかかっていく印象です。かかり方が自然な分、無茶なEQをしても音楽が破たんしないので、直感でガシガシ上げ下げして最後にゲインで帳尻を合わせる……といったアグレッシブな使い方もできそうです。
ここからはパート別に見ていきましょう。キックは2kHzと5kHzを上げると聴こえてくるアタックの感じが心地良く、絶妙な帯域配分をした先人の感覚に感嘆しました。低域の50Hzはタイトな感じではなく、ゆったりと大きく膨らむイメージです。130、320、800Hzは、質感と重心のコントロールで大活躍しました。帯域が固定されているからか、潔く足し引きすることができます。耳だけを頼りに音を作っていく感覚が単純に楽しいです。ゲイン・ノブが付いているおかげで大胆なEQもやりやすく感じました。
エレキベースは、主に中低域~中域を調整することで、よりその場で弾いているような雰囲気が出てきました。個人的には320Hzを調整できるところがとても重要。この帯域は昨今のディープなシンセ・ベース・トラックのライン感を聴かせるためにも非常に効果的でした。ちなみに、50Hzだけを大きく上げてみるとフレーズのバラつきが出てきたので、Q幅が狭いのがよく分かりました。
スネアやクラップは12.5kHzを上げると非常に爽快なサウンドが得られましたが、上げ過ぎるとやや直線的で過剰な高域成分が立ってくるので、色気のある高域を好む筆者としてはほどほどに上げるくらいの使い方が良さそうです。
ギターは2kHzを上げた感じが特に良く、ギターのエッジ感が良い具合に出てきたので一瞬で音作りが終わりました。ボーカルに関しても2kHz、5kHzを中心に中域を上げたときに声のエッジ感、輪郭がはっきり出てくる感じが好印象。どうやらMotorcity Equalizerは中域の調整でかなり活躍しそうな予感です。
“歌には500Hzや1kHzも欲しいかも”“GAINだけは0.5dB刻みが良かった”と思う瞬間もありましたが、当時の名機を再現するという製作者の心意気を考えると、そこは気にせずにこのままガンガン使っていく方がロマンがあっていいですね。ただ電源に関しては、ACアダプターではなくパワー・サプライが別にある仕様も聴いてみたいと思いました。
レコーディングにおいても、実像の質感を微調整してキャラ立ち良く録っていくのに大変効果がありそうです。かかり方が自然で音楽的なので、ミックス・バスにかけたり、マスタリングに使用することもできそうに思いました。また、最近のパラデータはステレオのファイルが多いので、可能であればぜひステレオで導入したいところです。価格は倍になりますが、倍以上の効果が得られると思います。
Motorcity Equalizerは約60年前のビンテージEQの再現機ですが、今の音楽制作でも全く違和感無く活躍してくれそうです。操作や仕組みもシンプルなので、エンジニア以外の方も使いやすいでしょう。当時のモータウン・サウンドに思いを馳せてもよし馳せなくてもよし、まずは一度お試しいただきたい機材であります。
福田聡
【Profile】フリーで活動するレコーディング・エンジニア。ファンクやヒップホップといったグルーブを重視したサウンドを得意とし、ENDRECHERIやSANABAGUN.、EMILANDなどの作品を手掛ける。
HERITAGE AUDIO Motorcity Equalizer
オープン・プライス
(市場予想価格:269,500円前後)
SPECIFICATIONS
▪EQポイント:50/130/320/800Hz、2/5/12.5kHz ▪外形寸法:481(W)×88(H)×203(D)mm ▪重量:4.76kg