第一線で活躍するエンジニアに毎月お薦めの新作を語ってもらう本コーナー。今本 修氏の今月のセレクトは、キーズ・ン・クレイツ『Original Classic』、アレン・ストーン『APART』です。
ミュートのアイディアの宝庫
キーズ・ン・クレイツはカナダ出身の3人組。結成して10年近く、当初はザ・ルーツのような生演奏ヒップホップ・グループだったらしいが、進化していく上で現在のようなダブステップやトラップなどのクラブ・ミュージックを生演奏するスタイルになっていったそう。メンバーのアダム・チューン(ds)はプロデュースやエンジニアの経験もあり、音響設計のこだわりが一聴して伝わってくる。EP含め8枚目の今作。ハウスやダッキングの手法を使った楽曲のほか、彼らとしては珍しくボーカリストを招いた楽曲が並ぶ。個人的には、休符が多いところがエンジニアリングの手法、ミュートのアイディアの宝庫だと感じる。残念なのはこのジャンルにしてはどの曲も短い。もっと聴いていたい……と思わせる罪深きアルバム。
音数が少ないからこその繊細な作業が見える
ワシントン出身のブルーアイド・ソウル・シンガー、アレン・ストーン。プロデューサーのライアン・ハドロックとシアトルの大自然に囲まれた伝説のスタジオ、ベアクリークでパンデミック中に行われた30日間のセッションを録音している。セルフ・カバー曲が中心のアコースティック編成で、歌をしっとりと思う存分聴かせてくれる。純粋に声だけを聴くと、若いころのスティーヴィー・ワンダーをほうふつさせる安定感がある。リバーブ処理や、リズム隊が居ない中での中低域の引き出し方などに、音数が少ないからこその繊細な作業が見える作品。作中唯一のカバー曲、ボブ・マーリー「イズ・ジス・ラヴ」は原曲を忘れさせ、心に新たな感動をもたらすだろう。
今本 修
【Profile】DOGLUS MUSIK主宰。クラブ・ミュージックを熟知した音作りに定評がある一方、ロックの分野でも手腕を発揮するエンジニア