クリエイティビティを支える進化を遂げた万能オーディオ・エディター
私がCELEMONY Melodyneを使い始めたのは十数年前。確かバージョン1の時代でした。そのころはまだ、私の周りにはMelodyneを使ってボーカル編集を行う人はほとんど居ませんでしたが、耳で聴いた感覚だけでなくピッチ変化を視覚的に把握することができることと、ふさわしい音程に自動的に修正する機能がほかのピッチ修正ソフトよりも優れていると感じていました。バージョン・アップのたびに安定度が増し、近年ではピッチ修正ソフトウェアとして確固たる地位を築き上げるとともに、ボーカル編集だけでなくさまざまな音声素材の編集に活躍。筆者の音楽制作ワークフローにおいても必要不可欠な存在です。この連載では、今回のMelodyne 5へのアップデートでさらに追加された機能を早速試してみたいと思います。なお、筆者は最上位のMelodyne 5 Studioをベースにしていますが、グレードによる機能の違いも念頭に置いていきます。
歯擦音を自動検出
シビランスの音量も調整可能
Melodyne 5では、メロディック・アルゴリズムに歯擦音検出機能を搭載しました(全グレード)。歯擦音とはs、z、ch、zhなどのノイズのような音声。それ自体にはピッチ感の無いことが特徴です。“ピッチ感が無い”とは、歯擦音に含まれる周波数の分布に規則性が無く、さまざまな周波数を含んでいることによってピッチ感が希薄になっているとも言えます。
また、ピッチ・コンポーネントと呼ばれるピッチ感を持つ成分と歯擦音やノイズ成分を検出して分けることにより、フレーズの音節をより音楽的に分離することができます。これにより元の音声ソースの特徴を保ったままタイミング変更やタイム・ストレッチを行うことが可能です。新たにシビラント・バランス・ツールが追加され、分離された歯擦音の音量も変更できます(画面①/Essentialを除く)。
通常、歯擦音を取り除くにはディエッサー(サイド・チェイン信号を使用したコンプレッサーの一種)を使いますが、それよりも原音に悪影響を与えることなく歯擦音のみ音量を下げることが可能です。
レベル調整マクロで
コード内の音量の大小も整える
全グレードに新しく実装されたレベル調整マクロは、各音節のボリュームの差異(ダイナミクス)をスピーディに抑えたり強調したりすることができます。この機能はメロディックだけでなくパーカッシブ、ポリフォニック素材(Essentialは除く)においても使用することが可能です(画面②)。
レベル調整マクロの左側のフェーダーは静かな音を大きくし、右側は大きな音を小さくします。両方のフェーダーを100%に設定すると、すべてのノートの振幅が同じになります(画面③)。シンプルな機能ですが、特にポリフォニック素材の場合は、コード内のさまざまなノートの音量レベルの差異を素早く簡単に整えることができ、ワークフローを大幅に高速化できます。
人間の聴覚に近い
ピッチ・センター検出を実現
Melodyneではボーカル素材を正しいピッチに修正する場合、ダブル・クリックだけで音楽的にふさわしい音高へ自動的に合わせることができます。その際、各音の基準となるのがピッチ・センターですが、Melodyne 5から“音楽的な重み付け”により、ピッチ分析アルゴリズムが一新され、より音楽的な解釈で音高を検出することができるようになりました(全グレード)。音の始まりと終わりに緩やかな音程変化を含むような場合、しゃくりやポルタメントなど音楽的に必要な音程変化は保ったまま、安定してピッチが保たれている状態がふさわしい部分を自動的に判定し、そこだけ音高を合わせることが可能です。
このバージョン・アップによる効果は、Melodyne 5の“ピッチ・センター”の判断が、人間の歌心に近付いたという印象です。我々が“歌”を感じるのは、歯擦音や子音など不安定な周波数変化を伴う音声、しゃべり声とは違う基本周波数が定常的に安定している瞬間だと私は思っています。ところが、しゃくりやポルタメント、ビブラートなどを含む歌唱では、機械的に判断したピッチ・センターは人間の感覚とずれてしまいがちです。そこを改善したのがこの新しいアルゴリズム(画面④)。シビランス音量を分離してコントロールできるようになったことと併せて実現した機能だと思います。
従来、私はピッチ修正を自動処理することはほとんどありませんでした。それは従来の自動修正では音楽に必要な音程変化なのか、それとも間違ったピッチのズレなのかを判定することができなかったからです。ですので、Melodyneでピッチ修正する場合もseparationツールを使って、音楽的に分離していることがふさわしく感じる部分でブロブに区切りを入れていく作業から始めていました。これはピッチを修正する部分と、半音階のグリッドからずれることを許容する部分を分離する作業を先に行ってから、ピッチのズレを修正することで、楽曲の調性やコード進行、スケールにふさわしい音程に合わせることができるようにするためでした。これまではこうした作業を行わないと、ピッチが遷移している部分と安定している部分が互いに悪影響を及ぼし合って、ピッチの自動調整をしたつもりがかえって逆効果となり、的外れな自動ピッチ修正が発生となってしまいました。確かに画面上では正しいピッチとなり、音程が直ったところもあるけれど、全体的にはより歌が下手になってしまった……ということを回避するために、こうした作業が欠かせなかったのです。
もちろん、Melodyne 5が示すピッチ・センターが私の解釈と違う場合もあるので、人力でセグメントに分割する作業が不要になったわけではありません。しかし、かなり良い具合に自動で直るようになったと感じます。
コード・トラックを実装
オーディオ素材からコード検出も可能
Melodyne 5にはコード・トラックが装備されました。画面上部の小節タイムラインの下に、コード・ネームを手動で入力することが可能です(画面⑤)。またARA対応DAWとの組み合わせではDAWのコード・トラックからコード・ネームを取得することも可能となっています。
Melodyne 5のコード・トラックを右クリックして“コードの分析”を選択すると、Melodyneのポリフォニック・アルゴリズム(Studio/Editorに対応)を利用してコードを自動的に認識させることも可能です(画面⑥)。
コード・トラックが入力されたらコードによるピッチ・グリッドをノートの背景に設定すると、楽曲の和声を視覚的に確認することができます。コード・トラックとエラスティック・オーディオ編集の利便性は現代のDAWでも注目の機能ですが(筆者もそれを理由にDAWの乗り換えを検討したことがあります)、Melodyneに待望とも言えるこの機能が付きました。コード・ネームの自動認識だけでなくユーザー自身入力できる点が魅力です。また、コードにふさわしいスケールを表示したり、内蔵音源を鳴らして確認することも可能で、これによりMelodyneは素材編集のみならず作編曲の際にも素晴らしいアイディアを提供してくれるツールとなるでしょう。
パーカッシブ・ピッチで
キック・ベースのコントロールも
新しく装備されたパーカッシブ・ピッチ・アルゴリズム(全グレード対象)は、従来のメロディックとパーカッシブの中間的な性質を持つもの。既存の2つのアルゴリズムの長所を組み合わせたとも言えるでしょう。
使用例としてはまず、トラップなどのキック・ベースが思い浮かびます。電子音のバスドラがベースを兼ねているため、メロディックな音高合わせの要素と、ピッチ感の希薄なドラム・パターンの両方の性質を兼ね備えています。それを1つのMelodyneトラックで操ることができます。
ほかに、ピアノやマリンバのアルペジオなどでは、従来のアルゴリズムではアルペジオが正しく認識されずに余韻がポルタメントになってしまったり、かといってポリフォニックにすると単音にもかかわらず倍音を和音として認識することがありました。この新アルゴリズムはそんな場合に大変有効です。
そのほか、ノート単位でのフェードも描けるようになっています(Essentialを除く)。また、Melodyneは以前から機能やコマンドにショートカットを割り当てることができましたが、Melodyne 5ではショートカット項目の検索機能が追加されました。目的の機能を素早く探し出せ、便利です(画面⑦)。
駆け足で新機能を紹介してみましたが、この新機能も含めて筆者が実際にどのようにMelodyneを活用しているか、次回から紹介できたらと思います。
Mine-Chang
【Profile】作編曲家/プロデューサーとしてアーティストへの楽曲提供やCM音楽などで活躍するとともに、prime sound studio form所属のレコーディング・エンジニアとしても活躍中。
製品情報
CELEMONY Melodyne 5
Melodyne 5 Studio:100,000円
Melodyne 5 Editor:60,000円
Melodyne 5 Assistant:36,000円
Melodyne 5 Essential:9,000円
(Essentialはダウンロード版のみ)
【REQUIREMENTS】
▪Mac:INTEL製デュアル・コア・プロセッサー(クアッド・コア以上を推奨)、4GBのRAM(8GB以上を推奨)、macOS10.12以降(64ビット)、DAWと連携する場合はARAもしくはAAX/AU/VST3互換のアプリケーション
▪Windows:INTELまたはAMD製デュアル・コア・プロセッサー(クアッド・コア以上を推奨)、4GBのRAM(8GB以上を推奨)、 Windows 10(64ビット)、ASIO準拠のオーディオ・インターフェース、DAWと連携する場合はARAもしくはAAX/VST3互換のアプリケーション