くるり インタビュー【前編】〜最新作『天才の愛』では平均律にとらわれず“響きの美しさ”を追求

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自然倍音を鳴らせるようなチューニングを耳だけでやる
そうやってハーモニーを構築できたら理想的ですよね

実験的で意欲的な作品を提示しつつもミュージシャンズ・ミュージシャンにとどまることなく、圧倒的なポピュラリティを誇り続けるロック・バンド=くるり。ユニークな音楽カルチャーで知られる京都が出自で、早い時期からエレクトロニクスやポストプロダクションを導入。そして近年は、音楽の構造をより深く洞察し、独自のアート・フォームを確立している。『ソングライン』以来、約2年半ぶりのオリジナル・アルバム『天才の愛』からも、それは明らかだ。持ち前の美しいメロディを聴かせる楽曲はもちろん、ジャズ・ロック~プログレ的なアプローチのものまで、すべてが“くるり”でしかない。さらなる表現の高みに達した本作について、メンバーの岸田繁(vo、g/下の写真右から2番目)と佐藤征史(b/ 同左から2番目)、エンジニアリングを手掛けた谷川充博氏(同左)と小泉大輔氏(同右)の4人に聞く。インタビューの舞台は、レコーディングに使われた小泉氏主宰の京都烏丸music studio SIMPOだ。

Text:辻太一 Photo:井上嘉和 Photo Assistant:岡安いつ美

 

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すごく良い響きが欲しかったから
平均律以外のさまざまな音律を試した

ー歌を中心に据えた『ソングライン』に対し『天才の愛』ではインスト曲やジャジーなものが目立ちます。キャリアを重ねる中で、アルバムごとのテーマ設定というのは、どのようにして行っているのでしょう?

佐藤 前作では、例えば新しさみたいなものを感じられない曲にも、谷川さんのスタジオで初めて録ったときに“音自体の説得力”と言うんでしょうか……“この曲のギターをこの音で録れたら勝ちやろ”といった雰囲気があって。だから谷川さんに全曲ミックスしてもらったし、ほかのアルバムについても楽器やスタジオの音から統一感が生まれて、コンセプトの軸の一つみたいになることが多かったと思うんです。今回の場合は、小泉君の作ったファズのペダルがびっくりするような音で、それを使ってどれだけ奇麗に音を鳴らせるか?というところから曲を作り始めたり。

岸田 『ソングライン』の曲とほぼ同時期に作り始めたものが多いんですが、取り組み方が少し違いました。前作では、弾き語りでも成立するような曲をバンド・アンサンブルに変えていくというやり方……まあ実際はいろいろ手が込んでいたんですけど、そういうオーソドックスな方法を採ったのに対して、今回は“コレどないするんですか?”っていうようなアイディアを曲にする必要があったんです。

 

ーそれは、どのようなアイディアだったのですか?

岸田 例えば「I Love You」。ギター2本とリズム隊、鍵盤でベーシックを録ってから歌詞を書いて、とりあえず歌ってみたんですけど詞の意味が分からへんというか、何か釈然としないものがあって。そしたら“この曲、そもそもチューニングが甘いんとちゃうか?”みたいな話になったんです。それで佐藤さんと一緒に音律の研究をし始めて、例えば1度と5度を積んだときに純正完全5度に近くなる方が曲にマッチすることを発見したりして。ただ、和音の進行がちょっと不思議な感じなので、純正律に近付けていくと途中で濁る個所が出てきたんです。

 

ーオクターブを周波数的に12等分した平均律に対し、純正律は各音の周波数比が単純な整数比なので和音が奇麗に響くわけですが、一部に複雑な整数比となる組み合わせがあったり、転調や移調が難しいという側面もありますよね。

岸田 例えば雅楽やガムランであれば、その音楽に固有の音律を選べばいいんですけど、僕らが作っているのは西洋音楽をベースにしたものなので、当然ながら平均律で作るのが好都合なんです。転調も簡単にできますからね。でも、その平均律が「I Love You」では気持ち悪く感じられたというか、調性感がしっくりこなかったというか……多分、すごく良い響きが欲しかったんですよ。だから平均律を疑って、ギターを純正律やヴェルクマイスター第3法でチューニングしてみるなど、試行錯誤をして。で、どうしても濁るところに関しては楽器自体のチューニングだと埒(らち)が開かなかったので、DAWで調整しました。

 

気になる音のピッチを一つ一つ
cent単位でコントロールしていく

ー濁ってしまう部分については、ピンポイントにピッチを調整する必要があったかと思います。DAWのピッチ・トランスポーズ機能を使ったのでしょうか?

岸田 オーディオにはAVID Pro Toolsエラスティック・オーディオが役立ちましたが、MIDIに関してはAPPLE Logic Proが重宝しました。チューニングの種類が豊富で、打ち込んだものをいろいろな音律で鳴らせるんです。切り替えていくと“このチューニングや!”っていうのが見つかるので、全部Logicでやろか?みたいな話にもなったんですけど(笑)、結局はピッチのファイン・チューンが行えるソフト・サンプラーとかをPro Toolsに立ち上げて調整することにしました。“この音はちょっと低いから14cent上げてみよ”みたいなのを何カ所もやって……頭おかしいですよね(笑)。だから、Logicは打ち込んだ音のチェックに使っただけです。

 

ー気の遠くなるような調整ですね。

岸田 ピッチって、歌であれば自分の喉で調整できるし、ギターのようなフレット楽器も管楽器も奏者がある程度アジャストしていると思うんですが、すべてを平均律に合わせ込んでいくと人間が出す音じゃないように聴こえてしまうじゃないですか? その点でも違う音律を試す意味があったし、正解を出せたかどうかは分からないけど、何となく“この響きやろ”という部分にミックスやマスタリングの段階までこだわり続けました。

谷川 さっき話に出た小泉君のファズとかは、純正完全5度の2:3のようにシンプルな周波数比のとき、ものすごく奇麗に響くんです。例えば平均律の完全5度だと濁ってしまうのですが、「I Love You」では気持ち良く鳴っていますね。ミックスについては倍音の扱い方ひとつで響き具合が変わるので、微調整をしたくらいで、あまり手を加えていません。むしろ録りの段階で僕もチューニングなどを研究し、いかにイメージへ近付けられるかを考えました。

小泉 「大阪万博」のティプレ(編注:ギターに類する複弦楽器)のチューニングにも時間をかけましたが、バンと鳴ったときはすごく気持ち良かった。“うまくチューニングできたから今のうちに録って!”みたいな感じでしたね。

岸田 高音側の複弦の音程を少しズラすんです。きんつばの薄皮くらいちょっとだけズラしてやると、スーって鳴る感じの良いコーラスがかかるので。お亡くなりになった方ですが、僕はbloodthirsty butchersの吉村(秀樹)さんのギターが大好きで。不思議なオープン・チューニングとかを多用していらしたと思うんですが、何かこう“それでしかない響き”みたいなのがあって。多分、耳で確認しながら合わせてはったと思うんです。例えば、自然倍音を鳴らせるようなチューニングを耳だけでできるようになったら、こっちのもんじゃないですか? 僕らも、そういうふうにしてハーモニーを作っていきたいというかね。

佐藤 その感じは、ジム・オルークと作った『図鑑』というアルバムにもあると思うんです。当時、彼からは“弾くポイントを中心に耳で合わせなさい”と言われていて。そうやって録音したものには倍音の気持ち良さが必ずあるし、もともと自分たちの欲していたものだとも思うので、それが今回「I Love You」で発現したんじゃないかと。この感覚って、楽器をやっている人には等しくあると思うんです。チューナー上は合っているんだけど、なぜか気持ち悪く聴こえてしまうという。例えばベースと上モノが合わさったとき、ディスコードしていないはずなのにゴチャついてしまうことって、往々にして起こり得るわけです。じゃあどうすれば美しい響きにできるのか……そこを追求したんですね。「I Love You」以外も“ここのコードには、どのチューニングを選ぶのがベストか?”などと考えながら作っていったと思います。

岸田 まあ、書いた曲にはぜいたくさせてあげたいというかね。決めたいと思っている部分でイメージ通りの響きにならないと“せっかくディズニーランド来たのに、なんでたこ焼き食べてんにゃろ?”みたいな気持ちになるじゃないですか(笑)。あと、こだわらへんかったらダメになってしまう曲が多かったのも理由です。でも作り込んだら、ものすごく輝くというね。だからパフォーマンスや録り音も大事でしたけど、今回はチューニングが大きかったんです。

 

Ozone 9 Maximizerの“絶妙な仕事”が
2ミックスの響きを維持してくれた

ー曲作りの段階で響きにこだわり尽くしても、ミックスの際に使うアウトボードのサチュレーションなどで倍音構成が変化し、響きが変わってしまうことがあるかと思います。谷川さんとしては、かなり神経を使う部分だったのではないでしょうか?

谷川 そうですね。でも、アウトボードに送ってから戻すというリアンプ的な作業が多かったので、やり過ぎたらリトライすればよかったんです。それよりはトータル・リミッティングに工夫が必要でしたね。岸田さんはラフ・ミックスを作るとき、マスターへWAVES L1を挿しっぱなしにして作業していらしたんです。L1は高域のひずみ方がエグいでしょ? その倍音込みで音作りしていたものだから、僕のスタジオでL1を外したときに“何か違う”みたいなことになって。かと言ってL1を挿したまま仕上げるのはやや現代的ではない気がしたので、代わりになるものとしてIZOTOPE Ozone 9のMaximizerを2人に聴いてもらったんです。アルゴリズムを切り替えながら、どれが一番イメージに合うかを吟味し、IRC IVのClassicを選ぶことになりました。

岸田 Ozone 9は絶妙でしたね。僕らは32ビット・フロート/96kHzで作業をしていて、CDやストリーミングで聴かれるときに消えてしまうディテールがあることに絶望しているわけですよ、作り手として。でも何とかして、そのディテールを化石みたいな状態でもいいから残しておけたらと思い、今回もハーフ・インチのアナログ・テープに2ミックスを録った曲があるんです。「I Love You」に関してはデジタルのままマスタリングに出しましたが、Ozone 9のちょっとした仕事がすごかったですね。音が混み合う瞬間や突発的なピークが発生する部分だけをゲイン・リダクションするようにかけてもらったところ、ちょうど良いあんばいで。谷川さんは、オケにボーカルが入ったときのハーモニックな成分なども丁寧に扱ってミックスしてくださったと思うので、なおのことOzone 9の絶妙な効果には舌を巻きました。

 

music studio SIMPO

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『天才の愛』の録音に使われたmusic studio SIMPO。烏丸御池駅から徒歩5分の好立地で、くるりのような著名バンドから浪漫革命などの気鋭まで多くのミュージシャンに支持されている。オーナーは小泉大輔氏。ママスタジヲでボーカル/ギターを務める傍らエンジニアリングも行い、music studio hanamauiiへの所属やOOH-LA-LAでのPA経験を経て2009年にSIMPOを設立。磔磔や拾得のようにミュージシャンの交流の場/文化の発信地になればという思いで日々、スタジオ運営にまい進している

 

≫≫≫後編に続く(会員限定)

 

インタビュー後編(会員限定)では、最新作『天才の愛』に収められた楽曲それぞれのこだわりの部分を、スタジオSIMPOの風景や機材の写真とともに掘り下げていきます。

www.snrec.jp

 

Release

『天才の愛』
くるり
ビクター/SPEEDSTAR:VICL-65471(通常盤:CD)、VIZL-1893(完全限定生産盤A:CD+Blu-ray)、VIZL-1894(完全限定生産盤B:CD+DVD)

  1. I Love You
  2. 潮風のアリア
  3. 野球
  4. 益荒男さん
  5. ナイロン
  6. 大阪万博
  7. watituti
  8. less than love
  9. コトコトことでん(feat. 畳野彩加)
  10. ぷしゅ

Musician:岸田繁(vo、g、prog、tiple、electric sitar、perc、balafone、cheering)、佐藤征史(b、contrabass、cho、turntable、cheering)、ファンファン(tp、tb、flugelhorn、tambourine、perc、cho)、畳野彩加(vo)、松本大樹(g、banjo)、山本幹宗(g)、野崎泰弘(p、org)、中山航介(p)、米崎星奈(french horn)、三浦秀秋(horn score editing)、副田整歩(fl、clarinet)、石若駿(ds、marimba)、クリフ・アーモンド(ds、perc)
Producer:くるり
Engineer:ディーツ・ティンホフ、谷川充博、小泉大輔、宮﨑洋一、中山佳敬、佐藤征史
Studio:Immersive Music Mix、MIXER'S LAB、FREEDOM STUDIO INFINITY、SIMPO、2034、Pentatonic、First Call、Magi Sound、Greenbird、Victor、プライベート