好きな音や響きっていうのを共有できている仲間
そういう人たちと作れたのがすごく良かったなと
インタビュー後編では、最新アルバム『天才の愛』に収められた楽曲それぞれのこだわりの部分を、スタジオSIMPOの風景や機材の写真とともにさらに掘り下げていく。
Text:辻太一 Photo:井上嘉和 Photo Assistant:岡安いつ美
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バンドの同時発音数をコントロールすべく
DAWでコンポジションした曲もある
ー“響き”へのこだわりを伺っているうちにトータル処理の話にまで至りましたが、ほかに注力した部分もあったわけですよね?
岸田 はい、各種のこだわりがありました(笑)。例えば時間軸ですかね。1拍目でどの楽器が突っ込んでいて、どの楽器がディケイの芯の部分を担っているかとか、そういうの。乱れていると成立しないので、プリプロやレコーディングを終えた後にPro Toolsでちょっとしたエディットを行ったりしました。その過程で新しい音を録って、また解体してという曲もあったし、僕がエディットすることもあれば佐藤さんがやることもあって、いろいろでしたけどね。実は今回、最初からストレートに歌モノとして書いたのって「渚」くらいで、ほかはライブ・メンバーとのセッションを元にコンポジションしたり、打ち込みで作り始めてバンド・アンサンブルに昇華させたりしたもので……「大阪万博」と「less than love」は後者のパターンですね。
佐藤 「大阪万博」の場合は、バンドが入ってくる取っ掛かりの部分で“同時に2音以上鳴らしたくない”とか、そういう考えがあったんです。だから打ち込みで作り始めて。
岸田 MIDIをスコアにして、プリント・アウトしたものをプレイヤーの方々に渡して“せーの”で合せたという。
佐藤 そこが一番難しかったですね。
岸田 同時発音数が増え過ぎないように作っているので、まるでテンポの速いコーネリアスですよ……せーので始めてドーンって来るはずが、“鳴らしてんの俺だけ!?”みたいになる場面があるわけです(笑)。で、鳴らした直後に裏で別の楽器が聴こえてきたりするから、演奏している側としては“弾くとこ間違えたんかな?”って気持ちになっても仕方がない。
佐藤 自分が上の句を読んだら誰かが下の句を読む、といったシンプルなコール&レスポンスならまだしも、上の句と下の句の間に何かがあるようなアレンジですしね。
岸田 同時発音数をコントロールしたとは言え、場面によっては音数が増えてしまうこともあったので、そういう部分に関しては各楽器のピッチですみ分けを図ったりしました。あと、僕がアディショナルで録ったギターとか打ち込んだサンプルについては“ただ置いただけ”にならないよう吟味を重ねる必要があったんです。バンドの演奏にどう溶け込ませるかとか、歌詞の内容といかに呼応させるかとか。
ーサンプルと言えば、「watituti」にはバイナル・スクラッチや女性のボイス素材が使われていますね。
岸田 スクラッチはソフト・サンプラーのプリセットだったんですが、そのまま使うと“これスクラッチだよね、イェーイ!”みたいな感じになってアホっぽいというか(笑)。そのアホっぽさが音楽的に面白かったらいいんですけど、それなりに意識せなあかんときはチョップして、配置や強弱を考えたり。ボイス・サンプルについても、吐息混じりの声に波形編集やエラスティック・オーディオを施して“あぁん!”とか“うふっ”とか、いろんな声に変えて……(笑)。一つの音からさまざまなバリエーションが作れるということは、気分の違いで楽器演奏のタッチが変わったり、ちょっと考えて歌ってしまったばかりに乱れる感じとかを人為的に作れるということでもあるので、格好良いだけじゃなくて、格好良さを生かすために少しだけ失敗させるようなエディットもやった気がします。もちろんプレイヤーの方々が“こう”と思って演奏したものは、基本的に動かしませんでしたけど。
ベースにフラット・ワウンドの弦を使い
ライン録りでも説得力のある音に
ーDAWでの曲作りやポストプロダクションは、どちらで行ったのですか?
佐藤 それぞれの制作環境で。僕はバンドの作業場(編注:Studio Pentatonic)に通ってやっていました。でも使った機材と言えば、Pro Toolsの入ったノート・パソコンとオーディオI/OのUNIVERSAL AUDIO Apollo Twin、あとはマイクくらい……自分でベースやコントラバスを録った曲もあるんですよ。コントラバスは当然ながらマイクで録りましたが、どのマイクがどんな特性なのか詳しく知らなかったので、常設しているものを片っ端から立ててみて“これはローを録る用か”とか“これはアタックがよく入るな”とかっていうのを確認しながら選びました。最終的にはAKG D112とBEYERDYNAMICのリボン・マイクを使いましたね。ベースについては Apollo Twinに直接つないで録ったものの、やっぱりライン一発だと説得力のある音になりにくいから、結構な割合でフラット・ワウンドの弦を使ったんです。それを谷川さんに渡したら、全部リアンプしてくれはって。
谷川 もらったライン信号をRADIAL Reamp JCR→ACME AUDIO Motown D.I. WB-3→ALTEC 1567A→GROVE HILL AUDIO Liverpool Tube Compressorというチェインに通して、AMPEG Heritage Model B-15Nで鳴らしたんです。それをUNIVERSAL AUDIO 6176につないだNEUMANN U47 FETで録音しました。すべて、そのパターンですね。
ー谷川さんが手掛けたレコーディングは、ベースのリアンプ以外に、どのようなものがありましたか?
谷川 歌とギター、トランペットやフレンチ・ホルンなども録りました。ギターは小泉君の方が多いかもしれませんが。歌は今回もU47 Tube一択でしたね。AMS NEVE 1073LBかGREAT RIVER ELECTRONICS MP-500NVで増幅し、EARの660でコンプレッションしてから録音しました。
岸田 すごくモニタリングしやすくて、全くストレス無く歌えるんですよ。歌録りは小泉君のスタジオでもやって……何を使ったんやっけ?
小泉 NEUMANN M149 TubeかAUDIO-TECHNICA AT4081ですね。あと、岸田君の作業場にあるNEUMANN TLM102も使ってみたり。
岸田 声は、とりあえず細くしたくないんですよ。谷川さんのところのU47 Tubeは、奇麗な音をしているけど腰があって良いんです。小泉君のリボン・マイク(AT4081)は、声を張ったときも邪魔に聴こえない。
小泉 「コトコトことでん」で畳野(彩加)さんのボーカルにもAT4081を使いました。とても良かったと思います。
ライブ録音は卓のヘッド・アンプに加え
レコーディングと同じマイクプリも使う
ー小泉さんのスタジオではギターのレコーディングも行ったのですよね?
岸田 例えば「潮風のアリア」のギターとかは小泉君に録ってもらって。めちゃくちゃ良い音で録れたんですよね。バリトン・ギターを使ったのでベースとのすみ分けには苦労しましたが、良く録れたからいいんです。
小泉 アンプはVOX AC30かFENDER Twin Reverbを使うことが多かったけれど、ファズをかけるときはROLAND JC-120でした。アンプでひずまない方が派手にかかるので。
岸田 マイクは大抵、数本立てていたよね。
小泉 そうですね。SHURE SM57とAT4081が多かった。
ー『天才の愛』の完全限定生産盤にはBlu-rayもしくはDVDが付属していて、アルバムの制作ドキュメンタリーやライブ映像などが収録されています。後者の内容は、京都の老舗ライブ・ハウス、磔磔(たくたく)と拾得(じっとく)でのパフォーマンスですね。
谷川 拾得にはDIGICO S21を持ち込んで録音したんですよ。何とPA卓も所有しているのです(笑)。くるりが主催する『京都音楽博覧会』の現場でしたが、オンライン開催となったためS21を配信システムへの送出とレコーディングの両方に使いました。録音の方法は、ステージ上のマルチをS21とモニター卓に向けて頭分けし、アウトボードのマイクプリや卓のヘッド・アンプを通してインプット。MADIで出力して、DIGIGRIDのオーディオI/O経由でPro Toolsにマルチトラック・レコーディングした形です。アウトボードのマイクプリを用いたのはキャラクター付けを行いたかったからで、アルバム制作に使っているものを持ち込みました。結構な台数を用意することになり、確かインプットの半分くらいはアウトボードでしたね。
ー今のくるりのこだわりが凝縮された『天才の愛』ですが、仕上がりについてはどのような感想をお持ちですか?
岸田 何か良い感じのができたんちゃうかなと思いますね。
谷川 やっぱり、このインタビューでクローズアップされた“響き具合”にも耳を傾けてほしいなと。出来上がったときに岸田さんと佐藤さんにも言っていたんですよ、この響きを聴いた人はびっくりすると思う、って。従来のロックには無いものでしょうし、センセーショナルやと感じるんです。録音やミックスをしていて、自分も勉強になりましたね。
小泉 今まではプリプロダクションでご一緒することが多かったのですが、今回は録音させてもらうパートも増えました。仮タイトルのときから知っている曲も多いので、あらためて、こんなふうに仕上がったんだという感動があります。たくさんの人に味わってほしいですね。
佐藤 小泉君とは大学のころから一緒に過ごしている仲間やし、谷川さんも京都を拠点に前作以降ずっと制作を共にしているので、好きな音や響きっていうのを共有しているわけです。そういう人たちと作れたのが、すごく良かったなと。アルバムの内容そのものについては、もう少し時間がたってからでないと客観視が難しい部分もあるけど、バンドとして制作に没頭できたアルバムだと思っています。
インタビュー前編では、最新作で特にこだわったという奇麗な“響き”の追求について話を伺いました。
Release
『天才の愛』
くるり
ビクター/SPEEDSTAR:VICL-65471(通常盤:CD)、VIZL-1893(完全限定生産盤A:CD+Blu-ray)、VIZL-1894(完全限定生産盤B:CD+DVD)
- I Love You
- 潮風のアリア
- 野球
- 益荒男さん
- ナイロン
- 大阪万博
- watituti
- less than love
- 渚
- コトコトことでん(feat. 畳野彩加)
- ぷしゅ
Musician:岸田繁(vo、g、prog、tiple、electric sitar、perc、balafone、cheering)、佐藤征史(b、contrabass、cho、turntable、cheering)、ファンファン(tp、tb、flugelhorn、tambourine、perc、cho)、畳野彩加(vo)、松本大樹(g、banjo)、山本幹宗(g)、野崎泰弘(p、org)、中山航介(p)、米崎星奈(french horn)、三浦秀秋(horn score editing)、副田整歩(fl、clarinet)、石若駿(ds、marimba)、クリフ・アーモンド(ds、perc)
Producer:くるり
Engineer:ディーツ・ティンホフ、谷川充博、小泉大輔、宮﨑洋一、中山佳敬、佐藤征史
Studio:Immersive Music Mix、MIXER'S LAB、FREEDOM STUDIO INFINITY、SIMPO、2034、Pentatonic、First Call、Magi Sound、Greenbird、Victor、プライベート
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