エンジニア/クリエイター89人に聞く「私の礎となった名盤|1979年〜」

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どんなミュージシャンも経験した、音楽を作る礎となった作品との出会い。名盤を聴いて花開いた感性がやがて新たな名盤を生み、また次の世代の礎へとなっていくのです。あなたの礎となった名盤は何ですか?

Photo:Yoichi Kawamura(メイン)

 

 

山内”Dr.”隆義

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<BIO>井上陽水や布袋寅泰、鈴木雅之、福山雅治らの制作を支えるレコーディング・エンジニア。井上鑑氏や本間昭光氏、服部隆之氏らがプロデュース/編曲する作品に深くかかわる。最近はその経験を生かし80'sサウンドの復活に傾倒中
Photo by コムロミホ

 

CBS/SONY信濃町スタジオのレコード

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『スタジオ プロ・テクニックのすべて』
V.A.
RELEASE:1978年(CBSソニー)

 本作はCBS/SONY信濃町スタジオの完成記念に発売されたレコード。中学生だった僕がレコーディング・エンジニアを志す決め手となった一枚です。スタジオやマイクによる音の違いや、エフェクターで音を作っていく様子が収録されています。音の良さにも感動しましたが、一つの音を作るのに多くの手法が使われていることに感銘を受け“絶対レコーディング・エンジニアになる!”と決意しました。学校卒業後に信濃町スタジオに飛び込みで履歴書を持って行くも、当然門前払い。その結果サウンドインスタジオに就職しましたが、仕事で信濃町スタジオに何回も足を運ぶことになり、2001年にスタジオがクローズする最終日にも仕事させていただきました。

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同梱されていたシート。NEVE 31105をはじめとする、コンソールにインストールされていたモジュールの機能が説明されている

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ジャケットの内側には、信濃町スタジオで使われていた機材が掲載されている

名盤に近付けたツール
信濃町スタジオにあったNEVE 31105を購入したり、尊敬するエンジニア吉田保氏がソニー所属時からずっとメイン・リバーブで使っていたSONY DRE-2000Aを愛機にしたり……エンジニアになって36年、一線で活躍できているということは、少しは名盤に近付けたのでしょうか

 

内沼映二

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<BIO>テイチク、ビクターRVCを経て1979年にレコーディング・エンジニア集団のミキサーズラボを設立(現会長)。筒美京平作品、角松敏生、石川さゆりなどを手掛けてきた

 

約50年前では考えられない格好良いドラムの音

No Secrets

No Secrets

  • カーリー・サイモン
  • ポップ
  • ¥1630

RELEASE:1972年(ワーナーミュージック・ジャパン)

 20代後半のころ、車の中で聴こえてきたカーリー・サイモンの「うつろな愛」(M②)。プロデューサのリチャード・ペリーの作品は、サウンドの格好良さに定評がありましたが、特にこの曲のバス・ドラムとスネアのサウンドは50年ほど前では考えられない格好良い音でした。当然収録アルバム『ノー・シークレッツ』を購入し、聴きまくりながら、どうにかあのカッコいい音を自分でもできないかと当時のビクターのエンジニア仲間の梅津達男さんや高田英男さんらと、ああでもない、こうでもないとマイキングの試行錯誤を繰り返し、実際のレコーディング時に実験(?)をしていました。なかなか満足する音作りはできませんでしたが、1970年代後半〜80年代のポップ/ロック系ドラム・サウンド作りの礎になった思い出があります。

名盤に近付けたツール
LEXICON Model 200。今では古色蒼然とした機材ですが、プレート・リバーブには少なかった音場感、奥行感が豊かで、音質が極太。ダイナミックな音作りが可能になりました。現在でも後生大事に使用しています

 

谷川充博

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<BIO>京都のStudio First Callを主宰するレコーディング/ミキシング・エンジニア。くるり『ソングライン』、屋敷豪太『The Far Eastern Circus』を手掛ける。最新録音作はTHE HillAndon『優しい答え』

 

エンジニアという仕事を知ったきっかけに

Abbey Road (Remastered)

Abbey Road (Remastered)

  • ビートルズ
  • ロック
  • ¥1935

RELEASE:1969年(ユニバーサル)

 中学生のときに初めてこのアルバムを聴きました。M①「カム・トゥギャザー」頭の“Shoot (me)”というジョン・レノンの声とドラムの音に驚いたのを覚えています。このような音にどうしてなっているのだろうと思い、ビートルズの関連の本で調べたら、エンジニアが深くかかわっていることと、そのような仕事があるということを初めて知りました。もう何千回も聴いたはずなのに、今聴いても新鮮で、サウンドの完成度も高いアルバムです。

名盤に近付けたツール
1960年代のLUDWIG Super Classic、FENDER All Rose Telecasterなどビンテージ楽器。当たり前ですが、その音に近付けるのは、まず出ている音が近くなくては、そうはなりません。私はエンジニアなのでマイクや機材にも興味はありますが、イメージした音を録るために、最近はビンテージ楽器やよくできたリイシューの楽器を手に入れています

 

クボナオキ

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<BIO>SILENT SIRENのサウンド・プロデュース&作編曲のほか、ラブライブ!、小倉唯、石原夏織、Poppin' Party、26時のマスカレイドなどへの楽曲提供も行う

 

“演奏”を重ねる手法の音量と音圧

Wall of Sound: The Very Best of Phil Spector 1961-1966

Wall of Sound: The Very Best of Phil Spector 1961-1966

  • フィル・スペクター
  • ポップ
  • ¥1833

RELEASE:2011年(ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル)

 19歳で音楽プロデュースを始めてから、“アーティストと共に音楽を作る”というテーマであらためて聴いた一枚。フィル・スペクターのウォール・オブ・サウンドは僕らが今使っている“多重録音”ではなく、同じ楽器を複数用意して同時に“演奏し重ねる”が近いです。ユニゾンで聴かせる音量と音圧の得方。データを重ねるのではなく、音楽を重ねていくということにあらためて実感するようになった、大切な一枚です。後処理任せではなく、ハードウェアを駆使してその瞬間に生まれる一番の音を録音していく技法に感銘し、20歳になったときにビンテージNEVE 1073の購入を決めました。今もそのマインドは大切に音楽を作っています。

名盤に近付けたツール
NEVE 1073

 

岡野ハジメ

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<BIO>プロデューサー/ベーシスト。L'Arc-en-CielやDEAD END、Janne Da Arc、NICO Touches the Walls、Dなどの多くのアーティストの作品を手掛けてきた

 

商業音楽の頂点と言っても過言ではない一枚

Knock Me Out!

Knock Me Out!

  • ザ・ベンチャーズ
  • ロック
  • ¥1630

RELEASE:1965年(ユニバーサル)

 この超名盤に出会ったのは、小学2年生くらいに姉が買ってきたシングル盤だったので、フル・アルバムを掘り下げるのは大人になってからなのだが、明らかに“録音物”としての音楽が幼少の私のセンスに大きな影響を与えたのは間違いない。いまだに“これどうやって録ったんだ”と思う謎の音波が満載だ。その後、私に影響を与えたマイク・チャップマンやジョルジオ・モロダーのメガ・ヒットのセンス的根っこは、私にとって商業音楽の頂点といっても過言ではない本作に帰結する。そして現代で、クルアンビンなどにその精神が受け継がれているのはうれしいかぎりだ。

名盤に近付けたツール
現在のコンピューター・ベースのトラック・メイキング。ドラムのひずみ感などにアンプ・シミュレーターなどを位相を気にせず気軽に使えたりするのは、21世紀に生きていて良かったといつも思う(笑)

 

高木正勝

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<BIO>長く親しんでいるピアノを用いた音楽と世界を旅しながら撮影した動く絵画のような映像の両方を手掛ける作家。自然を招き入れたピアノ曲集『マージナリア』、6年間のエッセイをまとめた書籍『こといづ』が最新作

 

豊かに生きた人たちが豊かな音楽を奏でていた

日本民謡大観 中部篇(北陸地方)1

日本民謡大観 中部篇(北陸地方)1

  • Various Artists
  • ワールド
  • ¥611

RELEASE:1944〜1980年(日本放送協会)
※1992年、NHK出版より現地録音CD付きで復刻
※上はシリーズの一部

 音楽は、やはり日々の暮らしに根付いているものだと思います。自分の体と心で何に触れ、何を知っているのか、何とつながりながら奏でたのか、音に出てしまうものだと思っています。そういう意味では、毎日の暮らしの環境が一番大切だと感じます。『日本民謡大観』は辞書のような分厚い本が出版されていまして(絶版ですが)一緒に読み聴き解いていくと、本当に豊かに生きた人たちが豊かな音楽を奏でていたのだなと染み入ります。

名盤に近付けたツール
自然、村、家、グランド・ピアノ

 

鈴木慶一

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<BIO>今年で自身の音楽家生活50周年、ムーンライダーズ45周年を迎える。1月27日にはゲーム『MOTHER』のサウンドトラックを新たに録音した『MOTHER MUSIC REVISITED』をリリース

 

どうやって作ったのか分からない音でいっぱい

宇宙に行く(紙ジャケット仕様)

宇宙に行く(紙ジャケット仕様)

 

RELEASE:1964年(ユニバーサル)

 中学のときに買ったこのアルバム。『テルスター』を聴いたのちに『宇宙に行く』だ。これは期待が膨らんだ。しかし、このジャケットはなんだ。丘の上でクラシック・カーに乗ったカップル、そして広がる夜景。宇宙らしいのは夜空だけだ。しかしレコードを聴くにつれ、実にフィットしてくる。メンバーが宇宙服を着ているジャケットだったらザ・スプートニクスになっちゃうし、ロケットでもなあ。これは宇宙に行くでなくて、宇宙から来たが正しいのではないか。サウンドはどうやって作ったのか分からない音でいっぱいで、エレキバンドが録音技術を駆使して作った音だ。サウンド・エフェクトも含め、多くのスタジオ・ミュージシャンも参加しているように思える。ジョー・ミーク的メロディも満載だ。TV番組の『ミステリー・ゾーン』の原題が『トワイライト・ゾーン』なんだと初めて知る。私は宇宙に興味を持ち、第三次世界大戦を恐れるスペース・エイジだったんだとのちに思った。好きな曲はM⑦「コウモリ」(The Bat)で、モンド的要素に大きく影響を受けた。ジャケットのカップルは宇宙人にさらわれる存在だったのだ。実にモンド・ジャケットだなあと思う。

名盤に近付けたツール
名盤に近付いたと感じるとき、それは今までに聴いたことのない鳴りが生まれたとき。ラックに入っているROLAND JV-1080は、いまだにほかのソフト・シンセと混ぜて、裏側で鳴っててもらう

 


特集「私の礎となった名盤」

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