UKのDJ/エレクトロニック・プロデューサー、サイモン・グリーンことBonobo(ボノボ)がコロナ禍で傑作をドロップした。それは彼の5年ぶりのアルバム『Fragments』で、ヒロイン楽器はモジュラー・シンセ。情感たっぷりのメロディやビートがボノボらしい自然な彩度で、柔らかな曲線としてあふれてくる13曲だ。この海のように奥深い、哀愁漂うダンス・ミュージックを紐解く。
Text:Mizuki Sikano Interpretation:Yuriko Banno Photo:Grant Spanier
インタビュー前編はこちら:
シンセやエレピもVT-737SPを通す
ー写真を見る限りアナログ・シンセも多数お持ちですが、それらにもモジュラーのフィルターやエフェクトを通したりしましたか?
ボノボ スタジオにあるシンセはそれぞれ良いフィルターがあるから、それらにつなげるのはクロッキング用のモジュールだけだ。KORG Mono/Polyのアルペジエーター用クロックにPamela's New Workoutを使ったりね。リズムのクロッキングが今回やっていてすごく面白かったことだよ。
ードラム・サウンドは何で作るのでしょう?
ボノボ 自分のオーディオ・サンプル・ライブラリーから引っ張り出して、Liveで切り張りして使っている。いろんなものをマイクで録音していて、それを加工したサンプルをたくさん持っているから。
ー今回レコーディング・スタジオで新しく録ったものは?
ボノボ ピアノや自分で弾いたベース、ギターもたくさん使った。あとはシンセやRHODESとかも。ヒップホップのプロダクションがルーツにあるから、ループやボーカルのサンプルを断片的に使ったりもしているよ。いろいろな手法を組み合わせたね。
ーミゲル・アトウッド・ファーガソンとの作業はどのように進めましたか?
ボノボ 一緒に長い散歩に出て話をして、そこから彼が自分のスタジオで必要なパートを録音する。その音声ファイルを僕に送ってくれて、また話をする。そして僕が編集をしたり、ほかの音を重ねて、彼にまたファイルを送り返す。そして彼がまた録り直す。それを数回繰り返して完成させていくんだ。
ー参加しているボーカリストも同様でしたか?
ボノボ リモートでの作業が多かった。例えばジャミーラ・ウッズはシカゴに居たから、ショート・メッセージで連絡を取り合いながら、彼女に歌を入れたファイルを送ってもらった。一緒にスタジオに入れたのは、コロナが落ち着いた後に録音をした、カディア・ボネイだけだったね。
ー自分で録るときには、スタジオの写真にあるアウトボード類を使いますか?
ボノボ そう。チャンネル・ストリップのAVALON DESIGN VT-737SPを生楽器用のメインのプリアンプとして使っている。特にアナログ・シンセや、ギター、ベース、RHODESも全部VT-737SPを通して録る。ブースター、プリEQ、音を取り込む前の優しいコンプレッサーとして使うんだ。ほかにもCHISWICK REACH Stereo Valve Compressorというコンプがあって、アルゴリズムが気に入っている。それは、ドラムとベースに使うよ。コンプはその2つだけで、ほかはほとんどが、音色を際立たせるオーバー・ドライブのためのサチュレーターだ。
ー全楽器のトーンがどの曲においても統一感がありますね。ローファイだけれど艶かしく、美しいです。
ボノボ 音楽を作っているのは同じ人間で、自分の中でどういう音を鳴らしたいかというイメージがはっきりしていればおのずと統一感が出るんだと思う。全体を通してマスターに使っているものは無いし。ただ、今回結構多用したのは、テープ・エミュレーター的なもの。全体的にテープっぽさを加えることで、ライブ感を出したかったんだ。静止した音ではなく、動きがあるようにね。
ースタジオにあるROLAND RE-301 Space Echoとか?
ボノボ それだけど、実はレコーディング中に壊れてしまってあまり使っていない。壊れる前に作っていた「Shadows (feat. Jordan Rakei)」のディレイやリバーブ、エコーはRE-301 Space Echoを使っているよ。
ーアナログ・モデリングのチャンネル・ストリップみたいなプラグインは使わないのですか?
ボノボ 使わないなぁ。かなり基本的なものばかりだ。FABFILTER Pro-Q3と、気に入ってよく使うのはTONEBOOSTERSのReelBusというプラグイン・エコー。あとLiveのPitched Reverbも面白い質感を作るのに使う。
ーリバーブは、ほかにどういったものを?
ボノボ VALHALLA DSP Valhalla Roomが一番のお気に入り。ホール級のリバーブだよね。あとSOUNDTOYSのLittle Plateも気に入っている。その2つのどっちかだね。
ースタジオにはRUPERT NEVE DESIGNSのサミング・ミキサー5059 Satelliteもありますね。
ボノボ それも全パートのマスターに使ったりはしていないけど、ストリングスのミックスをそこでやったり、複数のモジュラーの音を通してステレオにしたりはしたよ。音をまとめて一つのステムを作るのに使った。自分が使う用途に合わせてセッティングを固定してる。だから、機材から出力したものを、5059 Satelliteに通して戻すだけの作業だ。ハーモニック・サチュレーション……つまり色付けだね。
モジュラーの魅力はランダムと生成
ーどの音も輪郭は明瞭(めいりょう)ですが、とても柔らかいですよね。
ボノボ 優しい音が好みで、柔らかい音を探すところから制作を始めているからだよ。モジュラー・シンセは多彩な音が作れるから、よりアンビエントで優しい音も作れる。Ringsもそうだけれど、物理モデリング音源QU-BIT Electronix Surfaceも使うことが多かった。僕が作るもののほとんどがループを基調にしているから、常に面白いと思う音色や質感を探している。
ーモジュラー・シンセの最大の魅力は?
ボノボ 僕が最も魅力を感じるのは、音のランダム化と“生成音楽”が作れるという側面だ。パラメーター付きのパッチを作り、それが勝手に進化してアイディアを生み出してくれるところだね。
ーモジュラーの使い方で面白いと思った具体的な作品はありますか?
ボノボ ケイトリン・アウレリア・スミスとか。あと昔からジェームス・ホールデンのファンで、彼のモジュラー・シンセの使い方も好き。彼は常に“コンピューターに人間性を与える”と語っていて、そういう部分にも引かれる。
ー今回は『Fragments』の音作りの一端を教えていただきました。最後に、『Fragments』に宿る情感的な表現で、ご自身のセンスを発揮できた何か理由があれば教えてください。
ボノボ インスピレーションに関しては、僕はスタジオの外に居る方が得られるんだ。だから、意図的にスタジオから出る必要があった。砂漠地帯といった遠い場所にドライブして刺激を得ていたよ。自然の中に身を置くことで頭の切り替えをすれば、作りかけの曲を新たな角度でとらえることができるからね。毎日同じ環境に居たんじゃ、自分がやっていることを客観的に見るのは難しい。時には一歩下がって作品と距離を置くことが、とても大事なことだったと思うよ。
インタビュー前編では、 モジュラー・シンセで探究しながら制作したという本作の制作過程や、使用したお気に入りのモジュール・シンセについて話を聞きました。
Release
『Fragments』
ボノボ
(ビート)
Musician:サイモン・グリーン(prog、syn、k)、ミゲル・アトウッド・ファーガソン(vln)、ジョーダン・ラカイ(vo)、オフリン(prog)、ララ・ソモギ(Harp)、ジャミーラ・ウッズ(vo)、ジョージ・ミラー(vo)、トーマス・リー(vln)、カディア・ボネイ(vo)
Producer:サイモン・グリーン
Engineer:サイモン・グリーン
Studio:プライベート