東京出身のプロデューサー/DJのKM。BAD HOP、LEX、ANARCHY、田我流、Daichi Yamamotoなど、人気ヒップホップ・アーティストの楽曲を数多く手掛けている。2020年には(sic)boyとのアルバム『CHAOS TAPE』をリリースし、ヒップホップを軸としながらもロックやダンス・ミュージックのアプローチで話題を呼ぶ。今回は、同作の制作が行われたフジパシフィックミュージックのKilla Studioにて、インタビューを敢行した。
Text:Susumu Nakagawa Photo:Chika Suzuki 撮影協力:フジパシフィックミュージック Killa Studio
Spliceのサンプルをそのまま使うのではなく
自分で弾き直すことで技術を学べる
キャリアのスタート
幼稚園から小学校高学年までは、バイオリンのレッスンに通っていました。ですので、普通の人よりはクラシック音楽に多く触れて育っているかもしれませんね。中学に上がったタイミングで、ターンテーブル・セットを買ってもらいました。それからバンドをやったり、渋谷のレコード・ショップに通ってテクノやドラムンベースなど、さまざまな音楽を店員さんに教えてもらったんです。THA BLUE HERBやShing02もよく聴いていましたね。初めてのDAWは、今でも使っているAPPLE Logic Pro。高校のときに低予算でMIDIキーボードやオーディオI/O、スピーカーをそろえた記憶があります。
現在のモニター環境
自宅では、密閉型ヘッドフォンのYAMAHA HPH-MT8でモニタリングしています。パワードのYAMAHA HS5も設置してあって、これは曲がある程度完成した際に用いますね。以前はYAMAHA NS-10M Studioを置いていましたが、HS5の方が低域の解像度が高く、しっかりとモニターできる印象です。最終的にはKilla StudioにあるニアフィールドのADAM AUDIO A7Xでチェックしたり、エンジニアの方に“これ大丈夫ですかね?”と言って聴いてもらうこともあります(笑)。
ビート・メイキングの手順とSpliceの活用法
近年はシンセ、ギターなど上モノのリフやコード進行から作っています。なぜかと言えば、最近のトラップやハイパーポップにおけるスネアは金属的な響きを持つものが多く、そのトーンを曲のキーに合わせたいから。ズレていても格好良い場合もあるのですが、基本的には曲のキーと統一しています。それからキックやスネア、ハイハットなどを選んでいくのですが、これらも曲のキーに合わせていますね。これは、ドラマーがドラム・セットをチューニングするのと同じようなイメージなんです。ビートや上モノがある程度完成したら、各セクションに展開していきます。アイディアに詰まったときは、WebサービスのSpliceでいろいろなサンプルを聴いて参考にすることもありますね。僕の場合はそのままサンプルを曲に使うのではなく、自分で弾き直すことが多いです。そうすることによって、Spliceからたくさんの技術を学べると思います。
お気に入りソフト音源/プラグイン・エフェクト
ドラムはサンプルが多く、キックにはハイハットをレイヤーしてアタックを付加することもあります。スネアは一度NATIVE INSTRUMENTS Kontaktに入れて、ピッチを曲のキーに合わせてから書き出して用います。ROLAND TR-808系キック・ベースやサブベースはすべてXFER RECORDS Serumで作っており、ブラスやストリングスなどはNATIVE INSTRUMENTS Kompleteが多いです。テープ・シミュレーターのWAVES J37 Tapeはあらゆる上モノに使うことが多く、不安定なピッチのニュアンスを出したいときに有効ですね。
ビート・メイキング用のコンピューターには
多少なりとも投資することをお勧めします
オリジナル・テンプレート作成の勧め
自前のテンプレートには、ドラムやベース、シンセなどのソフト音源のほか、よく使うプラグイン・エフェクトが数種類立ち上げられており、さらにはバスやセンド&リターンのルーティングや、サイド・チェイン・コンプとそのトリガー用のキックなども仕込んでいます。こうしておけば作業がとてもスピーディに行えるため、お勧めです。
コードの響きについて
コードについては、感覚で決めている部分が大きいです。例えば隣接している2つの音が鳴っているとして、それらはピアノだとNGですが、RHODESだとOKにしたり。音楽理論上ではNGでも、これが“隠し味になっている”と感じるときはそのままOKにしてしまいます。実は、音楽の仕事を始めたときは“ここが当たってる”と指摘されて直したこともあったんです。だけど、それを直すと不安定な感じが無くなってしまうため、逆に絶妙な音のニュアンスを表現できないと不思議に思っていました。最近では、自信を持って“これはこれで良いんです”って言えるようになりましたね。作り手が“これで良い”と言ったら、それでいいんだと思います。コードは奥が深いので、研究するのが楽しいです。
トラップのローエンド処理
楽曲のキーにもよりますが、低域を担うキックやベースにおいてはEQや低域補強プラグインのWAVES Renaissance Bassでブーストし、コンプで調整することが多いです。また、キックをトリガーとしたサイド・チェイン・コンプをドラムの各パーツに施すこともあり、そのつぶれ方にも気を遣っています。ちなみに最近IZOTOPE Ozone 9にアップデートしたのですが、ローエンド処理に特化したLow End Focus機能は、使い勝手が良くて気に入っています。
ビート・メイカーとしての信念
“こういう曲は作れない”と、思ったことが無いかもしれない。たとえそれがどんなに複雑なコードだったとしても、とりあえず一日中やってみます。数年前、トラップのビート・メイカーとして名を上げてやろうというプロデューサーが国内でもたくさん居た時期がありましたが、そんなときにムラ・マサみたいな生音を多用するプロデューサーがフィーチャーされて、周りのビート・メイカーたちは“まねできない”と言っていました。そのとき、自分は“作れるようになってやろう”という気持ちで臨んだのです。実際、冷静に曲を読み解いていったら、ムラ・マサのようなビートも作れるようになりましたね。だから、すぐに“できない”と思わないことが大切です。一生懸命曲を解析すれば、自分でも再現できるようになります。何ごともあきらめないで、まずはその楽曲を“しっかり分析してみる”ということがとても大事だと思いますね。
若いビート・メイカーへのメッセージ
ビート・メイキングに使用するコンピューターには、多少なりとも投資することをお勧めします。自分はこの間までロースペックのコンピューターを使っていたのですが、常にCPU負荷を気にしながらの作業だったので大変でした。やはりこういったことを気にせずに、複数のソフト音源やプラグイン・エフェクトを立ち上げられる状況だと、アイディアが膨らみますし、単純に可能性も広がります。何より自分が一番それを痛感しています。ですので、コンピューターはぜひ良いスペックのものを選んでおきましょう! あと、今はSNSで簡単に他人とつながれる時代なので人脈やプロモーションも大事だと思いますが、覚えておいてほしいのは、“良い人脈を作れるのは、良い音楽があるから”ということ。SoundCloudやBandcampで日々切磋琢磨しているビート・メイカーたちの音に耳を澄ませば、おのずとやるべきことが見えてくるはずでしょう。
KMを形成する3枚
『Decent Work For Decent Pay』
ディプロ
(ビート)
「ディプロは、さまざまな音楽ジャンルのグルーブや音色をダンス・ミュージックに取り入れるのが上手。彼の持つ“発想の自由さ”に、たくさん影響を受けていると思います」
『Hellboy』
リル・ピープ
(Lil Peep/Autnmy)
「音楽的な人種の壁を、完全に納得できる形で壊してくれたのがこのアルバム。2010年くらいから、こういったロックを取り入れたオルタナティブ・ラップを追っていました」
『ジオガディ』
ボーズ・オブ・カナダ
(ビート)
「2000年代のエレクトロニカに感化されたサウンドを作ることが多いのですが、大幅にピッチが揺れるシンセ・サウンドなどは、ボーズ・オブ・カナダの影響が強いですね」
KMのNo.1プロデューサー
マイク・ディーン
誰か一人を挙げるとすれば、自分の好きな作品に数多くかかわっているマイク・ディーン。アメリカ出身のヒップホップ・プロデューサー/エンジニアで、これまでにカニエ・ウェストやトラビス・スコット、ドレイク、ザ・ウィークエンドなどの楽曲を手掛けています。トラップが飽和状態な時代でも、耳に残る一曲を作れるところはさすがです。曲中に、次曲を聴きたくさせるような“仕掛け”を入れるのがうまいんですよ。
『Heaven Or Hell』
ドン・トリヴァー
(Werunitent/Cactus Jack/Atlantic)
KM
【Profile】東京出身のヒップホップ・プロデューサー/DJ。これまでにビートを提供したアーティストは、BAD HOP、LEX、ANARCHY、SALU、田我流、Daichi Yamamoto、SKY-HIなど多岐にわたる。3月17日には、KM名義の最新シングル『Stay (feat. LEX)』を発売したばかり。
【Release】
『Stay(feat. LEX)』
KM
(Mary Joy Recordings)
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