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ファビアーノ・ド・ナシメントが体現するエルメート・パスコアールの“ユニバーサル・ミュージック” 〜THE CHOICE IS YOURS - VOL.153

ファビアーノ・ド・ナシメントが体現するエルメート・パスコアールの“ユニバーサル・ミュージック” 〜THE CHOICE IS YOURS - VOL.153

 「ファビアーノ・ド・ナシメントは友人で、長年一緒に演奏しているのも、彼と僕のテイストはとても似ていてやりやすいからだ。二人に共通する言語のようなものがあって、なぜか分からないけど、自分たちがお互いに何をするか予測できる。それくらい通じ合っている。たくさん一緒にレコーディングしてきた。彼がブラジル音楽の扉を開いてくれたことはすごく大きいと思う」※1

※1)筆者が行った『ミュージック・マガジン』2022年9月号のインタビューより

 サム・ゲンデルにそう言わしめたナシメントは、リオデジャネイロ出身で、17歳のときに家族とともにLAに移住した。元々、音楽一家で生まれ育った彼は、幼い頃にギターの演奏を始めたが、プロとして音楽活動をスタートさせたのはLAだった。「LAに来てからの数年間は、ブラジルの言語や音楽のアイデンティティが強かった。当時は、ブラジルの音楽や文化をアメリカで代表することが自分の役割だと思っていた」※2という彼は、しかし次第にその役割に興味がないことに気が付き、それを素直に受け入れた。

※2)筆者が行ったOTOTSUのインタビューより

 大学で知り合ったアロエ・ブラックやエグザイルとともにヒップホップに影響を受けた音作りをしたり、さまざまなタイプの音楽を演奏するようになった。ナシメントが最初に組んでいたバンド、トリオルガニコは、ドラム、サックスとのトリオで、Now-Againから2009年にデビュー・アルバム『Convivencia』をリリースした。トータスなどのポストロックも熱心に聴いていたナシメントは、ブラジル音楽を基調としながらも、どこか無国籍でモダンな響きのある音楽を演奏した。それは、後にゲンデルがインガで表現した音楽を先取りしていたようにも感じられる。

 

『Convivencia』Triorganico(Now-Again)
7弦ギター、ドラムとパーカッション、バス・フルートやソプラノ・サックスのトリオで構成された、ナシメントのデビュー・アルバム

 

 その後、ソロ・デビューを果たし、来日公演も実現して日本でも知られるようになったナシメントだが、特に今年(2022年)リリースしたソロ・アルバム『Ykytu』と、まもなくリリースされるイチベレ・ズヴァルギ率いるコレクティブとのコラボレーション・アルバム『Rio Bonito』はとても興味深い作品だ。初のソロ・ギター作である『Ykytu』は、10弦、7弦、6弦のギターとソプラノ・ギターをオーバー・ダビングして作られた。ギターのループが美しいレイヤーを構成し、珍しくエフェクトも使われて、これまでになくエレクトロニックなサウンドが背景を作ってもいる。彼のソロの集大成であり、新たな展開を示したアルバムでもある。

 

『Ykytu』Fabiano do Nascimento(Now-Again)
ナシメント初となるソロ・ギター作品。エフェクトのほとんどは、ディレイ・ペダルSTRYMON Timelineによるものとのこと

 

 一方、『Rio Bonito』は、1977年にエルメート・パスコアールのグループに参加して以来、グループを支えて続けてきたベーシスト/作編曲家のイチベレ・ズヴァルギとのコラボレーションで制作された。そもそもは、ズヴァルギが暮らす街、リオ・ボニートにナシメントが滞在してハーモニーの教えを請う予定だった。しかし、コロナ禍で頓挫したことで、逆にズヴァルギの提案で、アルバムの制作が実現した。ナシメントの楽曲をズヴァルギがアレンジし、彼が率いるコレクティブと録音した。ナシメントはギターで作曲したシンプルな楽曲を素材として用意したが、それにズヴァルギがハーモニーとリズムを加え、ストリングスやパーカッションをフィーチャーしたアンサンブルのサウンドに変えた。

 

『Rio Bonito』Fabiano do Nascimento & Itibere Zwarg Collective(rings)
ナシメントとズヴァルギによる共作で、LAとリオ・ボニートで録音された。日本オリジナル企画版として、CD/LPを12月に発売

 

 僕はナシメント本人から『Rio Bonito』のリリースの打診をされて、音源を初めて聴いた際に、ズヴァルギらしい作り込まれた構成のアレンジと、コレクティブの緻密だが躍動感のある演奏にまず驚いた。しかも、ズヴァルギの息子でドラマーのアジュリナンや娘のフルート奏者のマリアーナ、バイオリン奏者のカロル・パネッシらが参加したアンサンブルの中でも、ナシメントのギターは埋もれることなく、象徴的に響いていた。「『Rio Bonito』は、ブラジル音楽の色が濃いが、エルメート・パスコアールが掲げたユニバーサル・ミュージックの概念が強く反映されている。イチベレも、その音楽の普遍性と無限の可能性のメッセージを受け継いでいる」とナシメントは言う。

 

『Tocam Hermeto Pascoal』Itibere Zwarg & Coletivo Musicos Online(TORTO)
パスコアールの未発表曲を中心とした作品で、ズヴァルギが全曲のアレンジを行っている。自身が作曲した楽曲も含む全10曲

 

 ユニバーサル・ミュージックについては、「異なる影響をすべて含んでいる。私たちはすべてを演奏する。ただし、商業的な音楽は演奏しないし、はやっているから演奏するということもない。美しいから演奏するのだ」というパスコアール自身の発言※3にもあるように、地元ブラジル北東部のフォルクローレにも、ジャズやクラシックにも等しく接して、鳥や動物の声に歌を見出した。「この地球では、生まれたとたんに型にはめられている」とも述べ、真に自由な演奏を求めた。ズヴァルギは自身が率いるイチベレ・オルケストラ・ファミリアでもユニバーサル・ミュージックを実践してきた。その結果として、複雑で美しいリズム、メロディ、ハーモニーで構成された音楽が作られていった。だが、彼は理論を必ずしも優先することを好まない。譜面を読むこともパスコアールのグループで学んだが、それ以前からMPBやジャズを演奏することに慣れ親しんでいた。今では楽器を一切使うことなく譜面で作曲をするというが、グループにイメージしたラインを伝えるのは口頭で行われている。

※3Interview: Hermeto Pascoal on Making “Universal Music” and Boxing Miles Davis | Red Bull Music Academy Daily

 「彼らのコード構造、ハーモニー、リズム、それらはほかの何とも似ていない。ポップスであっても、非常に洗練されたコード・チェンジが行われている。そこに魅力を感じた。1999年か2000年にブラジルでディアンジェロと一緒に演奏したとき、エルメート・パスコアールのアルバムをCDで20枚ほど、サンパウロのレコード店で買った。彼のベーシストはイチベレ・ズヴァルギという人で、彼自身が素晴らしい作曲家でありソングライターでもある」※4

※4Pino Palladino: The Craftsman from Wales article @ All About Jazz

 これは、パスコアールからインスパイアされた楽曲「Man From Molise」をアルバム『Notes With Attachments』に収録したピノ・パラディーノの発言だ。彼もまた、パスコアールとズヴァルギの音楽に魅了されてきた一人である。その影響を受けて、この楽曲でパラディーノは、4分の9拍子、4分の7拍子、4分の5拍子でハーモニーを作る挑戦に挑んだ。共同制作者のブレイク・ミルズのアドバイスで半分のスピードにすることで独特のグルーブが生まれた。この楽曲とアルバムも、そしてミルズやゲンデルとの演奏もユニバーサル・ミュージックの一つの表れだと言っても過言ではないだろう。

 

『Notes With Attachments』Pino Palladino & Blake Mills(New Deal/Impulse!)
2021年にリリースした、パラディーノのキャリア初となる自身名義の作品。ミルズとの共作で、クリス・デイヴ(ds)らが参加

 

 ズヴァルギらが暮らし、音楽生活を共有する場所でもある、リオデジャネイロから2時間ほど離れたリオ・ボニートは、その地を幾度も訪ねているナシメントによれば、「全くインスパイアされない、小さな田舎街」だという。ナシメントにとってはLAの方が快適で制作に向いた場所であるが、リオ・ボニートから生まれた音楽には多大な影響を受けてきた。それは、パスコアールが「私がやってきたのは8歳から今までずっと同じことだが、違うタッチ、違うリズム、ミックスで、私たちは“ユニバーサル・ミュージック”と呼んでいる」音楽を、ナシメント自身が自分の居場所で体現していることにほかならない。

 

原 雅明

【Profile】音楽に関する執筆活動の傍ら、ringsレーベルのプロデューサー、LAのネットラジオの日本ブランチdublab.jpのディレクター、ホテルのDJや選曲も務める。早稲田大学非常勤講師。近著Jazz Thing ジャズという何かージャズが追い求めたサウンドをめぐって