UKのサックス/クラリネット奏者シャバカ・ハッチングスは、今年シャバカ名義でソロEP(ミニ・アルバム)『Afrikan Culture』をリリースした。その音楽には、サンズ・オブ・ケメットのダイナミックなグルーブはなく、ザ・コメット・イズ・カミングのエレクトロニクスやビートもない。シャバカ・アンド・ジ・アンセスターズで聴かれたスピリチュアルなジャズとも異なる瞑想(めいそう)的なサウンドが展開された。テナー・サックスを一切吹くことなく、代わりに尺八が使われた。ほかには、ムビラ(親指ピアノ)、コラ(西アフリカの弦楽器)、ハープ、鐘の音も聴かれる。時折、エレクトリック・ギターも使われた。クラリネットは吹いているが、ジャズ的なリードは取らず、サウンドスケープの一部として揺らめいている。
『Afrikan Culture』Shabaka(ユニバーサル)
ハッチングスが全曲を書き下ろしたソロ作品。ハッチングスと頻繁にコラボレーションを行うエンジニア、ディリップ・ハリスがプロデュースを担っている
『Afrikan Culture』には、そのタイトルがイメージさせるステレオタイプなアフリカのサウンドは聴かれない。ムビラやコラはアフリカのルーツとつながる響きだが、それが殊更に強調されることはない。かといって、抽象的なアンビエントに向かっているわけでもない。この音楽には、ハッチングスが“心理的な楽器”というフルートの演奏からフィードバックされたものが大きく作用しているようだ。彼はTIDALのインタビュー(※1)で、興味深い話を述べている。
「(尺八にのめり込んだのは)パンデミックによって、フルートを習う時間ができたことがきっかけだ。2019年初頭に日本で尺八を手に入れた。音を出すことはできたが、それ以上のことはできなかった。この楽器には深い歴史があり、可能な奏法があることは知っていた。でも、ツアーばかりで、それが何なのかを探求する時間がなかった。この楽器とじっくり向き合い、自分の脳と身体が音を出すという、これまでとは違う関係を築けたことは人生を変えるような出来事だった」
「この楽器が私に教えてくれた最大のことは、緊張せずにエネルギーを生み出すにはどうしたらいいかだった。多くのジャズは、技術的なレベルでは緊張から生まれる。その緊張は、人の立ち姿にも現れる。ジャズの象徴を考えてみると、誰かが身体を緊張させて形を作り、その身体の緊張と戦うためにさらにエネルギーを加えているように見える。尺八の場合、それができない。身体が緊張していると、楽器は響かないんだ。だから、いかにリラックスして、木を振動させるだけのエネルギーを生み出すかを学ぶ旅だった」
そして、「いつになったらテクニックの蓄積を止めて、音楽を作るという本質的な考え方に向き合い始めるのか」考えたかったと続ける。アンセスターズで知った南アフリカのジャズ・ミュージシャンたちは、熱心にアメリカの音楽をチェックしてある種の荒々しさを持って採り入れるエネルギーがあると、ハッチングスは指摘する。それは、そうしようという意志を持った行いで、そのときミュージシャンたちのテクニックが、その意志を上回ることはないという。ところがジャズでは、往々にしてテクニックの熱心な習得が意志より先走ることがある。
「テクニックが意志を上回ってしまうのはよくあることだと思う。また、“この音はこうあるべき”という考え方が、意志を上書きしてしまうこともよくある。実際、肺から空気を全部出していない奏者がいる。ある種の音を作り出そうとすると、それが止まってしまうのだ」
南アフリカ出身のピアニストでアンセスターズにも参加したンドゥドゥゾ・マカティーニは、今年Blue Noteから2作目となるアルバム『In the Spirit Of Ntu』をリリースした。前作『Modes of Communication』ではハッチングスがライナーノーツを寄せて“これはパフォーマンスではない。これは儀式だ”と書いたが、儀式というのは二人が共通して口にしていることだ。ハッチングスは音楽を作ることも聴くことも儀式的な実践の側面があり、呼吸や瞑想(めいそう)はその助けになることを指摘する。また、マカティーニは、音で癒しや予言を行う人々の家系であり、特にサンゴマと呼ばれる伝統的な祈祷師だった母方の祖母の教えから「儀式的なテクノロジー」というアイデアを温め、『Modes of Communication』に反映させた。
『In the Spirit Of Ntu』Nduduzo Makhathini(ユニバーサル/Blue Note)
前作『Modes of Communication』が絶賛を受けたマカティーニの最新作。南アフリカの若手ミュージシャンをはじめ、多様なゲストを迎えて制作された
『In the Spirit Of Ntu』は、『Afrikan Culture』とは対照的にアメリカのジャズに積極的につながっている音楽だ。マカティーニはアメリカでジャズを学び、シーンに受け入れられ、全米をツアーして回る存在にもなったが、「ジャズからは特別な感性を借りていて、それは自分の民族の音が何であるかを考えるのに役立つ」という(※2)。何をもって土着的とするのか、どこまでが先住民のものなのか。そうした問いの答えを、ジャズの中に見出そうとしている。また、大西洋を越えたジャズの歴史の物語と、ジャズを音楽的に定義付けるシンコペーションやスウィング、即興などの概念を冷静に分けて考えている。そして、ルワンダの詩人、哲学者のアレクシス・カガメが提唱したントゥ(Ntu)の概念に影響を受けて、『In the Spirit Of Ntu』を制作した(ントゥについて詳しく触れる余裕はないが、ルンバやブルースともひも付けたアフリカ文化の研究者、ヤンハインツ・ヤーンの名著『アフリカの魂を求めて』が詳しい)。
(※2)
マカティーニのジャズには、ハッチングスの言う荒々しさとテクニカルな構築が共存している。それは、彼がプロデュースした南アフリカのサックス奏者リンダ・シカカネの新譜『Isambulo』にも感じられる。また、アンセスターズにも参加した南アフリカのピアニストでシンガーのタンディ・ントゥリの新譜『Blk Elijah & The Children of Meroë』は、ソウルフルで軽快な歌を中心にした多彩なアンサンブルを聴かせる。マカティーニとは異なる音楽性だが、モダンな演奏の中にアフリカのルーツを巧みにはめ込んでいく構成は、他に類を見ないほど洗練されている。彼女は、カルロス・ニーニョの新譜『Extra Presence』にも参加しているが、そこでは『Afrikan Culture』にも通じるピアノ・ソロを聴ける。
『Isambulo』Linda Sikhakhane(Ropeadope)
南アフリカ出身で、マカティーニの2014年作『Mother Tongue』に参加し、ニューヨークへの留学も経験するシカカネが、6月にリリースしたアルバム
『Blk Elijah & The Children of Meroë』Thandi Ntuli(Ndlela Music)
2月に南アフリカのスタジオで3日間かけて録音された作品。ントゥリの歌声と、アフリカン・ビートの演奏が見事に絡み合っている
『Extra Presence』Carlos Niño & Friends(rings/International Anthem)
プロデューサー/DJのニーニョの最新作で、サム・ゲンデル、ネイト・マーセローらが参加。国内盤が8月にリリースされた
ハッチングスは、サンズ・オブ・ケメットの活動休止を宣言し、ザ・コメット・イズ・カミングやアンセスターズについても休養を取ることをほのめかしている。その代わりに彼が選んだ音楽が『Afrikan Culture』だった。そして、ヴァン・ゲルダー・スタジオでジェイソン・モランやエスペランサ・スポルディングらを招いたセッションを行い、フル・アルバムの制作に取り掛かっているという。おそらく、『Afrikan Culture』をベースにした演奏から新たな曲も生まれるのだろう。彼やマカティーニたちが舵を切り始めた方向には、新たなムーブメントを生み出す静かな勢いが感じられる。
ンドゥドゥゾ・マカティーニと尺八を吹くシャバカ・ハッチングスによるデュオ演奏の模様
原 雅明
【Profile】音楽に関する執筆活動の傍ら、ringsレーベルのプロデューサー、LAのネットラジオの日本ブランチdublab.jpのディレクター、ホテルのDJや選曲も務める。早稲田大学非常勤講師。近著『Jazz Thing ジャズという何かージャズが追い求めたサウンドをめぐって』