Sinjin&Zoraとの突然の出会い! そして舞台はレコーディング・スタジオへ【第29回】realize〜細井美裕の思考と創発の記録

プラットフォーム“Fractal Fantasy”は制約なく好きなものを作る自由なスペース

 すっかり寒い!! でも今回はアツい話です。Instagramで“Hey hey, not sure if you’ll get this but I’m a big fan of your music and am in Tokyo for a show. would love to hang out if you’re around :)”とDMが来て、名前を見るとSinjin Hawke! えー!音楽聴いている人からメッセージ来た!

 カナダ出身のDJ/プロデューサーSinjin Hawkeと、Sinjinのパートナーであり、コラボレーターでスペイン出身のDJ/プロデューサーZora Jonesが渋谷のCIRCUS Tokyoなどのライブ・セットに来日するタイミングで連絡をくれたようです。“Why not”ですので、早速日程を調整して、追ってZoraからも“会えるの楽しみ”とメッセージが来ました。うれしい。CIRCUS Tokyo様、2人を呼んでくれてありがとうございます。

 SinjinとZoraを知ったのは、Spotify Artistsのアプリのアナリティクスがきっかけでした。自分の曲がどんなプレイリストに入っているか見ることができるのですが、Sinjin Hawkeという人が作ったプレイリストで結構再生されているようだと。で、“Sinjin”が最初“新人”という意味だと思って、そういうアーティストを集めているのかなと掘っていたら、アーティストのSinjinを見つけ、そこからZoraにもたどり着いたという経緯です。ちなみに“Sinjin”は、ドラマの登場人物“Saint John”から来ていると本人から聞きました。なるほど!

 2人が主宰するオーディオ・ビジュアル・レーベル“Fractal Fantasy”のWebサイト『Club simulator』もパッションであふれているので、ぜひチェックしてください。SinjinとZoraの2人が手を動かして実装しているのが素敵です。

 彼らのライブはオーディオとビジュアルを一つのものとしてコントロールしているので、機会があればぜひ行ってみてほしいです。DMX(照明用の通信規格)も使うし、MICROSOFT Kinectもさらっと使いこなしている。Kinectはよくある“使ってまっせ感”が無くていいんです。エフェクターのセンサーとして機能させつつVJとしても使う。モントリオールのMUTEKとコラボレーションしたり、スペインのマドリードで開催されたL.E.V. Festival(ほかにはアルヴァ・ノト、AtomTM、イグルーゴーストなどが出演!!)にも参加しています。

L.E.V. Festivalのウェブサイト

 そしてもう一つ、彼らのしびれる話を。『Fractal Fantasy』のきっかけになったのは、Sinjinのお父さんであり、コンピューター・グラフィックスのレジェンドであるDuncan Brinsmeadが『SIGGRAPH 88』(1987年)で発表したビデオだったそう。ぜひ見てください(音もお父さんが作ったとのこと)。SinjinとZoraが“Fractal Fantasyとは何であるかはまだ定義したくない。自由なスペースで、いつでも誰とでも制約なく好きなものを作るためのプラットフォーム”と言っているのですが、これがSinjinのお父さんが使っていた“Fantasy”というワードを体現していて、なんて素敵な話なんでしょう……。

“これもう、次スタジオ入ってみようよ!”で決まった日本でのレコーディング

 ビジュアルも一緒に楽しめる2人なので、ちょうど谷口真人さん、大平龍一さんの展示が行われていた神宮前のNANZUKA UNDERGROUNDと、山口歴さんの作品がある+81 GALLERYに行ってから、よく行く渋めのカフェに。2人のキャラクターとリスペクト、年代が近いこともあり、お互いのこと(音の作り方、作品の背景、システム……)を聞いては盛り上がり、“これもう、次スタジオ入ってみようよ!”となり、とりあえずスタジオを押さえてその日は解散しました。

 スタジオ(いつもの東麻布studio MSR)で待ち合わせたものの、本当に何も決めずだったので、まずはどういうことをしていこうか?という会話から。お互いのワークフローは既に会話していたので、声の素材を録りためて、思いついたらビートにして、2人のいつもの制作スタイルに録音をプラスしていく方針になりました。ちなみに彼らはどちらも自分の声をレコーディングして使ったりしているので、お互い違和感も無く、でした。

Zora Jones(写真左)とSinjin Hawke(同右)とのstudio MSRでの作業風景。DAWは2人が普段から使用するABLETON Liveを採用し、オーディオ・インターフェースはANTELOPE AUDIO Discrete 4 Synergy Coreを使用した

Zora Jones(写真左)とSinjin Hawke(同右)とのstudio MSRでの作業風景。DAWは2人が普段から使用するABLETON Liveを採用し、オーディオ・インターフェースはANTELOPE AUDIO Discrete 4 Synergy Coreを使用した

声の素材を録音する筆者。制作では、声のモチーフを録音して、それに合うビートを作っていく流れ。声を楽器として積極的に使うことが3人の共通点でもある

声の素材を録音する筆者。制作では、声のモチーフを録音して、それに合うビートを作っていく流れ。声を楽器として積極的に使うことが3人の共通点でもある

 プロデューサー2人体制!と思ったのですが、やりとりを見ているとまるで“2人という1人”と話しているみたいで、例えばビートはどちらかがやって、コードはどちらかで、と交代ではなく、一緒にすべてのフローを、展開を思い付いた方がやっていく気持ちの良い時間でした。特徴的な声のモチーフをまず録音し、そこに合うビートを作ったり、曲を頭から作っていくというよりは、(物理的に)3人同席しているときでしかできないパートを幾つか作っていく。モチーフの印象も複数パターン。“Gqomみたいなものも楽しそうだよね”と話していたのも覚えています。彼らはABLETON Live使いなので、すべてLiveで進めました。データは彼らが持っているので、一体どんな曲になるだろうか……! プロダクションがまた進んだら、あとは遠隔で追加音源を送り合えばいいね、と会話して日本でのレコーディングは終了しました。公開するときがきたらまたお知らせさせてください。

ShinjinとZoraはプロデューサー2人体制でも、分業制ではなく、展開を思い付いた方がすべてのフローを進めていく手法。日本でのレコーディング・データは彼らが持ち帰ったため、どのような曲になるかは筆者もまだ知らない

ShinjinとZoraはプロデューサー2人体制でも、分業制ではなく、展開を思い付いた方がすべてのフローを進めていく手法。日本でのレコーディング・データは彼らが持ち帰ったため、どのような曲になるかは筆者もまだ知らない

 2人と最初に語ったカフェで、“Miyuがやっている作品のこと、音楽のこと、続けるべきだよ”と言ってもらえたことは本当にうれしかった。たくさんの人たちが楽しめるものは作らないし作れないと思っていたし、だから卑屈になっていた部分もあったこと、少し反省しました。自分を“~ない”という言葉で説明するのはやめよう。

 Sinjinの最新トラック「Raptor」は、私がここ数年のSpotifyのサマリーで一番聴いたアルバムにランク・インしているビヨンセ『The Gift』内の「MY POWER」に参加したDJ Lagとの共作。ちなみに私が最初に聴いたSinjinの曲は2017年にリリースされた「Shimmer」で、この人が聴いててくれるんだ、いつか一緒にやりたい!と思ったのを覚えています。

 Zoraの最新アルバムは『Ten Billion Angels』。Zoraによると160BPMは最も心地良いとのことで、動きながら聴きたいトラックです。ちなみに1stアルバムの『100 Ladies』は、リリース前にSinjinの提案で“まず100曲作ってみよう”という話から始まったそうです。2人と私の共通点として、声を楽器として積極的に使っていることが挙げられるなと、あらためて聴いて思いました。

 

 そういえば、2人になんで私を知ったのか聞いてみたら、イグルーゴースト(Iglooghost)が教えてくれたとのこと。皆さん、イグルーゴーストはBABiiと共にCIRCUS Tokyo(11月19日)、CIRCUS Osaka(11月20日)に来ます。私は京都で自分の展示が重なってしまい、行けなくなってしまってめちゃくちゃ悔しいのですが。大阪なら行けるかな……どうだろう……。既にイグルーゴーストとやりとりはしていて、日本にいるうちに会う予定です。楽しみ! ではまた~!

 

今月のひとこと:今、人生で初めて平面の音の作品を作っている。スピーカー合計240ch、ケーブル合計300m、後悔している。

細井美裕

細井美裕

【Profile】1993年生まれ、慶應義塾大学卒業。マルチチャンネル音響を用いた空間そのものを意識させるサウンド・インスタレーションや、舞台公演、自身の声の多重録音を特徴とした作品制作を行う。これまでにNTT ICC無響室、YCAM、札幌SCARTS、東京芸術劇場コンサートホール、愛知県芸術劇場、国際音響学会AES、羽田空港などで作品を発表してきた。