老舗旅館で自然の音を聴く〜『Nature Manque – なりそこないの自然』【第28回】realize〜細井美裕の思考と創発の記録

いわゆる“スピーカー”を使わない1日限りのサウンド・インスタレーション

 パリの次は、那須にある老舗の温泉旅館で新作の展示です。菅木志雄さんをはじめ、数多くの作品がコレクションされている板室温泉大黒屋さんでは毎月26日に“音を楽しむ会”が開催されていて、通常はクラシックの演奏などコンサート形式が多いそうですが、今回は1日限りのサウンド・インスタレーションとして参加させていただくことに。通常とは異なる形式だったものの、ご快諾、ご協力いただき実現できる運びとなりました。大黒屋さんは本当に素敵な旅館で、実は数年前にプライベートで宿泊していたので、展示の話をいただいたときはすごくうれしかった! 私の展示の月は通して磯谷博史さんの展示があり、磯谷さんから大黒屋さんにご紹介いただきました。ありがとうございました!

 新作『Nature Manque – なりそこないの自然』は、私の作品の中で(いわゆる)スピーカーを使わない、という新たな挑戦をしました。いわゆる、としている理由は後ほど触れます。

 

【作品概要】

 板室温泉大黒屋には、目の前に広がる自然を見渡せる大きな窓が設置されている。すぐそばを川が通り、裏手には野鳥の森があり、夜には虫の音が聴こえる。会場周辺で聴くことができる自然の音をそれぞれサンプリングし、大窓に取り付けた7chの振動スピーカーから再生できるよう小さな音景に再構築した。また、サンプリングした下記の音をできるかぎり抽象化し、発音できるデバイスを5つ制作。

蝉/鈴虫/水琴窟/川の音(高周波数帯)/川の音(低周波数帯)

 大窓の振動スピーカーから流れる音とデバイス群から発生する音はゆるやかに重なり、離れ、どこからどこまでがどこから鳴っている音なのか、大窓から実際の景色が見えていることで曖昧になる。旅館という、必ず外から入り、ゆっくりと景色を見る体験を前提とした、外と内を音景がつなぐインスタレーションを目指した。

 

 制作当初はコンセプトをより強くするために、大窓の外で鳴っている四方の自然の音をそのまま展示会場内に流し、それとデバイスの音たちをミックスしていくという手法を検討していたのですが、今回は現地での制作・設営時間が短かったので、音源は前日にサンプリングしたものを再構築して(ただそれらをミックスして流すというよりは、作品が無音でもわずかに聴こえる外の実際の音に注意を払えるくらいの音景にコンパクトにするイメージ)、リアルタイムであることは次回の課題としました。

会場の大窓と周辺の環境や動線に加え旅館でのゆっくりとした時間の流れを前提に

 デバイス設計をお願いした安藤充人さんとの事前のやりとりは、大きく分けて2つ。1つ目はタイムラインの共有、2つ目がデバイスで再現する音の作り方です。まずタイムラインの共有は、最終的には今回安藤さんがCycling '74 Maxでシステムを制御するので、相性の良いABLETON Liveをメインで制作していますが、その前に“なんちゃって楽譜”を共有しています。Googleスプレッドシートを使ってグリッドを作り、次のような感じで音符のようなものを定義して横軸を時間にしてディナーミク(強弱)を書き込むことをよくやります。

!        一瞬鳴る
!!       一瞬が頻繁に鳴る
・       小さい
●        大きい(自然の音よりは小さい)
ー       一定で動く
~       LFOのように揺らぐ

安藤さんと共有した“なんちゃって楽譜”の一部(転載禁止)

安藤さんと共有した“なんちゃって楽譜”の一部(転載禁止)

 これによって安藤さんの方では各デバイスで何段階の制御が必要そうか、0/1でいいのか、滑らかな変化が必要なのか、などを読み取ってもらっていたと思います(特に説明せずに渡して伝わっていたので恐らくそうだろうという予想)。この後、内容が固まってきてから、Liveでラフを作りました。

 2つ目のデバイスから出る音については、振動スピーカーから流す音は私だけで作れるので良いとして、デバイスからはどんな音がするべきか、を何度もやりとりしました。基本的には大真面目に擬音を言う、みたいなプロセスです。例えば川の“コロコロ”とか水琴窟の“ボヨーン”など。あとは“音源で言うとこんな音源”とか“理想はコロコロくらいの抽象度……”“機構はこんな感じならいいのかなあ”とか、そういうやりとりでした。

初期に安藤さんに渡したリストの一部

初期に安藤さんに渡したリストの一部

 デバイスは最初から5種類だったわけではなくて、ほかにもいろいろな試作品があった中でオーディションを勝ち抜いたメンバーです。私の想像していた機構を安藤さんがそのまま作ったということではなく、安藤さんからも私の擬音に近づけるための提案をたくさんしていただいて、システム、見た目、音、複数の観点から採用するものを決めています。

 ちなみに今回、できる限りジャリジャリのグレーに塗装してみることにしました。一色ではなく、数色とテクスチャ違いを重ねて塗装しています。デバイスはちょっと面白い見た目でもあるのでどうしても目立ってしまうのですが、すべてを同じ色にすることで作品群であることを伝えたかったのと、デバイスの見た目はあまり重要ではないことを暗に示したかったからです。イメージは、実体になったホワイト・ノイズです。

オーシャンドラムのような機構で川のさらさらした音がする。2層にそれぞれ小豆とガラスビーズが入っている

オーシャンドラムのような機構で川のさらさらした音がする。2層にそれぞれ小豆とガラスビーズが入っている

磁石とコイルを使った鈴虫の音がする“なりそこない”

磁石とコイルを使った鈴虫の音がする“なりそこない”

 作業の流れとしては、会場に入る前にLiveでラフのタイムラインを作り(音源は仮だが、事前に大黒屋さんにお願いして周辺でどんな音が鳴っているか動画などで送っていただいた)→会場入りしてサンプリング、AVID Pro Toolsで扱いやすいように整理→大窓に取り付ける7ch振動スピーカーから再生する音源を制作(7chパラ)→5種類のデバイスそれぞれの音量、ディナーミクの付き方と、Liveのオートメーションの値の対応具合を確認してデバイスを鳴らすためのオートメーションを描く、というフローでした。

 旅館の一室を作業部屋のようにさせていただき、前日入りしていつもの展示前夜のように深夜まで作業しました。実際にデバイスをつないで、サンプリングした音に近い印象になるようにオートメーションを調整していきます。今回の目的は自然の音をまねするのではなく、抽象的にする、記号的にする、というところにあるので、類似性とは違う判断をしています。

窓に取り付けた振動スピーカー。面で鳴るのと視覚的なノイズが少なくて良かった

窓に取り付けた振動スピーカー。面で鳴るのと視覚的なノイズが少なくて良かった

 愛すべきデバイス群(=なりそこないの自然)一つ一つの音に触れたいところですが、そろそろお時間です……。リスペクト安藤さん! 動画ぜひ見てください。でも本物はもっとイイ。会場の大窓と周辺の環境、動線、もう一つ、旅館にいるというゆっくりとした時間の流れを前提とした展示ができたなと思っています。音を鳴らすことで鑑賞者の方々のセンサーが反応して音の捉え方が変わったらいいなと思います。耳に音の捉え方を説いてもすぐに伝わらないけど、たった1音で捉え方を変えることはできると信じています。

 次回は、先日来日したナイスなアーティストたちとスタジオで遊んだ話をば! ではまた~!


 10月23日(日)27:00~27:55 フジテレビ『アートフルワールド』サウンド・アートの特集にLicaxxxさんと環ROYさんと出演しています。大友良英さんのインタビューもあるようなので、是非ご覧ください。

BSフジ『アートフルワールド』番組サイト
フジテレビの放送情報
BSフジオンデマンド
※BSフジオンデマンドでは10/15から1年間視聴可能

 

 

今月のひとこと:IZOTOPE Ozone 10を購入! RXも10にアップデート! ビョーク来日公演当たった!!!!!!!!!!

 

CREDIT

Nature Manque – なりそこないの自然(2022)/細井美裕

デバイス設計、実装、インストール:安藤充人
@板室温泉大黒屋

細井美裕

細井美裕

【Profile】1993年生まれ、慶應義塾大学卒業。マルチチャンネル音響を用いた空間そのものを意識させるサウンド・インスタレーションや、舞台公演、自身の声の多重録音を特徴とした作品制作を行う。これまでにNTT ICC無響室、YCAM、札幌SCARTS、東京芸術劇場コンサートホール、愛知県芸術劇場、国際音響学会AES、羽田空港などで作品を発表してきた。