スピーカーに鑑賞者が近づくたびにエリアが切り替わっていくような作り方
Holophonixを使ったプロダクション後編、パリでの現場設営についてです。今回の30.2.7chで使用したスピーカー詳細は下記です。
- 30ch:FOSTEX FE83(フルレンジ・ドライバー)
壁にスピーカーの径の分だけ開けて、トップ、ミドル、ボトムの3レイヤーに分けて均等に配置されるように埋め込み。当初AMADEUS C6が候補に上がったのですが、サイズが大きく、今回は美術も非常に重要な現場だったので断念。
- 7ch:AMADEUS ABB 12(サブウーファー)
奥行きが浅めの特徴があるスピーカーをシーリングに均等に7ch吊り。
- AMADEUS C 6(コアキシャル・スピーカー)
奥行きが浅めの特徴があるサブ2chを入り口近くと通路中央に吊り。
そういえば、早速話がそれますが、フランスではサブウーファーは吊りが一般的らしい! 知らなかった。設営が終わった後、AMADEUSが音響設計をしていて、Holophonixの音響実験もしているというシャイヨー国立劇場(エッフェル塔の目の前の劇場)の音響担当Marcさんの案内で複数のホールのツアーをしてもらえたのですが、キャットウォークに日本の小さい建物の外にくっついている室外機置きみたいなものが複数ぶら下がっていて、よく見たらサブでした(ちょうどその時期パリコレの本番をやっていて写真撮れず)。聞いたらフランスでは一般的で、見た目もそうだけど、特に複数サブを置くときは音響効果としても上の方が良いからそうしているらしいです。確かにソニーとのプロジェクトでサブを2発置いたときや、CFCLのインスタレーションで大きな会場の四隅に置いたときも、回析現象というのでしょうか、サブの効果といろいろなものを天秤に掛ける必要があった記憶があります。機会があったら天吊りにしてみたいなあ。現代美術館のPalais de Tokyoで見た映像作品でも、サブは上にありました。
話を戻して、現場で使っていたスピーカーまでの機材は下記です。AMADEUSチームが機材選定と手配、セッティングまですべて完了してくれていました。
- APPLE Mac Mini(M1)→AUDINATE Dante Virtual Soundcard→POWERSOFT Ottocanali 4K4 DSP+D→スピーカー
現場に入る前までは私のMacBook Pro 16インチとモニタリング用にANTELOPE AUDIO Discrete 4 Synergy Coreで完結していたので、MacBook Proだけを持ってパリに行き、最新のプロジェクトを現場で共有して(前編で話したように、私が書き出しをミスったので……)、会場のすぐ横に仮設のデスクを設置して音を調整→確認の繰り返しです。
今回は展示の音よりも、展示空間の見た目を優先せねばならない現場(メインは会場最後に飾られたティアラ)だったため、壁に埋め込んだスピーカーや天井のスピーカーも隠れるように布が張られており、ファンタム的表現や指向性を頼りにする表現がしづらいことは事前に分かっていました。なので音作りの段階から、通路上に一定間隔で置かれたスピーカーに鑑賞者が近づくたびに、エリアが切り替わっていくような作り方をしています。ディズニーランドでエリア間の音が混ざらないように境界を噴水の音でかき消していたり、『インディージョーンズ』のアトラクションで、あるところに行くと吹き矢が飛ぶ、みたいな非常にシンプルな方法です。音は動かしているのですが、決められたエリアの中で動いています。
設営最初は、先輩作家やインストーラーの方から“現地のスタッフが定時を過ぎたらすぐ帰る”とか“機材がない”とか“会場ができていない”とか“ケーブリングがすごいことになっている”とか聞いて変な心配と期待をしていたのですが、なんとトラブルなしです。エンジニアたちはとても丁寧で感動。 ああ!一番びっくりしたことがありました。なんと私のチームのエンジニアが23歳くらいとめちゃくちゃ若かったのです。スタジオ・エンジニアならいそうですが、システムもごりごりいじるメンバー。技術的なことも感覚的なことも熟練されている印象だったので、完全に先輩かと思っていた……。デジタル・ネイティブ、こんなにできるの⁉ Holophonixが使いやすいというのもあるかもしれないですね。日本にももしこういったことに興味のある若手の皆様がいたらぜひ会ってみたいです。
目に見えないものを自分にぶつけることで生まれる傷や新しい視点を見つけに行く
今回一番日本との違いを感じたのは人かもしれません。そしてその背後にその国が文化をどう扱っているかまで感じられる瞬間がありました。例えばフランスだと商業ではない作家に対して税の優遇があったり、それが直結しているとはもちろん言い切れないですが、やりとりする言葉の節々に表現をする人へのリスペクト(私に対する個人的なリスペクトではなく、現場全体の雰囲気)を感じました。それはトップダウンのトップが作家なのではなく、作家が一つの職業として、現場全体が“この場所でここからここまでの表現を導くのはこの人の仕事”ということを理解しているのです。そういう状況に置かれると、自分の役割が見える分責任感も生まれ、背筋が伸びて成長できる。私がよく陥ってしまう思考の、お金は稼げない“けど”いつか誰かの表現の幅を広げるための活動“には”なる、みたいな、“けど”“には”の気持ちを持たなくてもいい。職業としてそういったものが認識されていて、その職業による表現が生活のなかで享受されているからこその環境と感じました。きっと留学って、こういう目に見えないものを自分にぶつけることで生まれる傷や新しい視点を見つけに行く行為なんだなあと、改めて思ったのでした。
最終日、設営を終え深夜会場を出て若手二人がこの現場を一緒にできてよかったとハグしている様子を見ておばさん泣いちゃうところでした。彼らにとって貴重な機会になっていたら、そんなにうれしいことはないです。私も先輩作家の方の現場に初めて行ったときのことは今も思い出せるので……。
今回の海外展示で最も大事にしたいと思えたことは、自分だけで海外に行っても、日本と同じように現場で思考して、チームと共有して、提案も受けて、全員で同じ目的に向かってひとつの音空間を作ることができた、という自信です。もちろん現地チームの歩み寄りによるアドバンテージはありきですが!例えば“精神的な”私のやりたいことを全力でサポートしてくれる姿勢や言動であったり、“物理的な”先方が通訳なしで全員英語で話してくれたことなど(サンレコに海外のエンジニアと会話するための英会話コラム欲しい)。
間違いなく、この現場は私のキャリアにおいて、忘れたくない自信と経験を与えてくれました。そして、これが最後の海外現場にならないように作り続けるのみ、己との終わりなき闘いの始まりでもあるのです……。ではまた!
このコロナ禍で、私のパッションを受け止めて、パリに召喚してくれたプロダクションのLa BoiteのLaurentに、心の底からの感謝をここに記録させてください。
そして、パリからこの記事を翻訳かけて見ているだろうみんなへ。“It was great to work with you, Merci Esteban, Vincent, Numa and Gaetan!!See you soon!!”
今月のひとこと:スクエアプッシャー来日公演の抽選が外れて悲しいけど、IGLOOGHOSTの東京公演(11月19日@CIRCUS Tokyo)が決まってうれしい。
CREDIT
Siren Call(2022)/Miyu Hosoi
30.2.7ch HOLOPHONIX System
Creative Direction:LA BOITE
Sound Installation/System/Spatialization(in Paris):AMADEUS(Gaetan Byk、Clement Vallon、Vincent Nicolas、Adrien Zanni、Esteban Serna-Fluttaz、Numa Galipot)
Sound Engineer(in Tokyo):Taiji Okuda(studio MSR)
Special Thanks:Laurent Ghnassia(La Boite)、Mathilde Hivert(La Boite)、Kaito Kochi(La Boite)、8%
細井美裕
【Profile】1993年生まれ、慶應義塾大学卒業。マルチチャンネル音響を用いた空間そのものを意識させるサウンド・インスタレーションや、舞台公演、自身の声の多重録音を特徴とした作品制作を行う。これまでにNTT ICC無響室、YCAM、札幌SCARTS、東京芸術劇場コンサートホール、愛知県芸術劇場、国際音響学会AES、羽田空港などで作品を発表してきた。