IRCAM(フランス国立音響研究所)のシステムが入っているソフトウェア
この夏、皆さんはどのスペーシャリぜーション・ソフトウェアをお使いでしょうか。私は実際に使ってやっと!好きなソフトウェアを発見できたので、前後編に分けてご紹介します(喜)。フランスの会社AMADEUSが開発したHolophonixです。FLUX:: Spat Revolutionの共同開発も行ったIRCAM(フランス国立音響研究所)のシステムが入っています。
なんと今回、Holophonixチームがプロジェクトのクリエイションの記録をチュートリアル動画にしてくれました。私自身YCAMの記録集『Creativity Seen/Unseen in Art and Technology』に載っているアーティストのテック・ライダーやシステムを見て勉強したので、誰かの参考になればうれしいです(ちなみにこの本はまだYCAMで買えるそうです。急げ!)。
まず、どのような視点でお話ししていくかですが、下記に当てはまる方にぜひ参考にしていただけたらと思います。
- マルチチャンネルに興味があるがほぼ触ったことがない
- 普段の再生時にはPA/システム・エンジニアにいてもらうが、現場での調整だけでは詰め切れない。自分で音源配置に手を入れてエンジニアに事前に渡したい(エンジニアとスタジオを拘束し続ける予算がない、なども含みます)
- スピーカーのレイアウトを現場で調整したい
- OSCで外部から音の位置を“簡単に”制御したい
- スペーシャリゼーション・ソフトウェアが重くてPCが引くほど熱くなる(マッチョなPC欲しい……手放せない保冷剤)
前提として、筆者はスペーシャリぜーション・ソフトウェアに精通している人間ではありません。マルチチャンネル再生が必要な制作や現場では葛西敏彦さんやACOUSTIC FIELDの久保二朗さん、studio MSRの奥田泰次さんにお世話になっています。ただ、“マルチチャンネルで何をしたいか”“空間がどうあるべきか”“どんな音を鳴らしたいか”を考えるパートと実際に音を作るパートでは努力してきたと思います。
これまで私がやってきたのはAVID Pro ToolsやABLETON LiveなどのDAWに3Dパンナーをインサートしてそのトラック内の音を動かす方法でしたが、大量の音源に対して別のオートメーションをアサインできず歯がゆい思いをしていました。恐らくもっとシンプルな方法はあったと思いますが、当時は手が出せず、そのフローから抜け出せませんでした。
今回のパリでのシステムは、HolophonixのNative appとCOCKOS Reaper、OSCで外部からHolophonix上の音源位置を操作するためのCYCLING '74 Maxパッチがメインでした。音源はすべてReaper上にあり、Reaperの中にHolophonixのプラグインを挿すと、Holophonixに置いたオブジェクト名がプルダウンで表示されるので、選択すれば簡単に接続されてOSCのポートも自動で作られ、Reaperで描いたオートメーションがHolophonixに反映される。複雑なオートメーションはMaxでパッチを組んで制御しました。なお、今回は美術施工の関係で会場の音環境が良いとは言い切れず、Holophonixの音質面は比較検証できていません。
かゆい所に手が届く仕様がたくさん “感覚に近い”ものを大事にしている印象
Holophonixを最初に触った印象は“分からないのに分かる”です。さすが“IRCAM inside”という言葉に尽きるのですが、かゆい所に手が届く仕様がたくさん……背中をかく熊手のそれぞれの指の先にまたちっちゃい熊手が生えている、みたいな“ここそうしたかったんだよー、確かにここまでできればここもいけるか”という発見がありました。
分かりやすい例でいうと、オブジェクトの色を無段階で変えられること。オブジェクトのアイコンとして楽器だけでなく幾何学形や、感覚的なものも用意されていること。オートメーションが付いているオブジェクトが謎にモニモニ動いていること(オートメーションのオン・オフが分かるためだけならもっとシンプルな方法があると思うけど、少し実装が大変な方を採用している)。オブジェクトの名前で検索できて、まとめて選択したり動かしたりできること。3Dビューの操作性が良いこと、などなど。“その機能前からあるよ”or“トゥーマッチだよ”という意見もあるかもしれないですが、私にとってはすべてが重要に思えて、自分の思考を応援してもらえている気がしました。
例えばDAWのトラックやクリップに設定できる色が私が思う音の色と微妙に違って、そのセッションでの作業中ずっと違和感を持ったまま作業するとか、自分をソフトウェアに最適化するストレスがない、という言葉が一番近いかもしれません。総じて言えるのは“便利”より“感覚に近い”ものを大事にしている印象がありました。便利なものって間のプロセスをすっ飛ばせてしまうし、感覚に近いと自分の思考を(能力以上に)飛躍させずに前に進むことができる。特に触り始めはショートカットや機能を覚えることがタスクになってしまいますが、そこがあまりなく自然に身に付く感じです。ちなみにHolophonixもReaperもちゃんと触るのは今回が初めてでした。
クリエーションの流れとしては、まずプロダクション(パリ&東京MIXのチーム)から“今回パリの音響チーム、強そうなところが入ってくれたよ”と紹介される→Holophonixを知る(IRCAM insideの文字を見て憧れがかなって震える)→Holophonixのテクニカル・スタッフClementからレクチャーを受ける(ちょっと質問しようと思ったら盛り上がって5時間に!)。Clementが“Pro Toolsでもできるけど、せっかくだったらReaper使ってみなよ、教えるよ!”と提案してくれて、今回のプロジェクトに必要なことを教えてもらう。あとはオンラインでプロジェクトを送り合い、都度状況を確認しながら進めていく感じでした。
一点だけ私がミスってしまったのが、Holophonixのプロジェクト・ファイルを書き出すためには、Holophonixのフォルダ自体を送るのではなく、“File>Manage>Manage Projects>該当のプロジェクトを選択してexportしたものを送る”ことを後半すっかり忘れていて、パリのフライト前に仕上げた最終ファイルが先方に届いていなかったことです。現場に入ってチームが用意してくれたプロジェクトを見たら古いものでミスに気付き、最終のプロジェクトを渡したところ“できてるじゃん! 良かった! 超グッド・ニュースだよ!”とみんなでぶち上がりました(@パリで一番家賃が高いエリアにあるショパンの晩年の家)。チームに“これ、私が前のファイルのまま行こうとしてたらみんな作業多すぎて大変では!?焦らなかった!?”と聞いたら、“直前でMiyuがやたら質問してきたり進んでるっぽいメールを送って来たから、エクスポート違ってるみたいだけど現場で見ればいいやと思ってたよ”と言われ、急に外国の感じだ、と思いました。結果オーライ。
改めてHolophonixチームのホスピタリティと技術力に脱帽。例えば音を鳥の動きのように動かしたいから……というので私がReaperのLFOを駆使してオートメーションを作っていたのを見て、即座にMaxで鳥のswarm(群れ)のプログラムを作ってこれはどうかな?と提案してくれたり。こういう、リスペクトを感じられるサポートに心打たれた現場でした。現場に入ってからのレポートはまた来月! ではまた~!
今月のひとこと:『スティーヴ・ライヒ〜スペシャル・コンサート』@あいち2022 会場全体がこの一音のズレに引き込まれているんだと思ったら超ロマンチックだった!
細井美裕
【Profile】1993年生まれ、慶應義塾大学卒業。マルチチャンネル音響を用いた空間そのものを意識させるサウンド・インスタレーションや、舞台公演、自身の声の多重録音を特徴とした作品制作を行う。これまでにNTT ICC無響室、YCAM、札幌SCARTS、東京芸術劇場コンサートホール、愛知県芸術劇場、国際音響学会AES、羽田空港などで作品を発表してきた。