Berlin Calling〜第89回 “テクノ、ベルリン、そして大きな自由”〜都市と音楽をめぐる展示レポート

クラブの重要さを訴えてきたTresorによるエキシビション

 前々回の本コラムで、老舗テクノ・クラブのTresorが31周年の盛大なフェスティバルを開催することを紹介したが、現在約2カ月間のプログラムが絶賛開催中。全体的な評判も非常に良いと思われるが、エキシビションの面白さも話題だ。筆者もやっとゆっくり見に行くことができたので、その内容をご紹介しよう。

 会場は、ここ数年Berlin Atonalフェスティバルの会場となってきた火力発電所跡地のKraftwerk。同じビル内にTresorもあり、今では巨大複合施設となっている。まず特徴的だったのは、来場者一人一人にBluetooth対応のヘッドフォンとスマートフォンのようなレシーバーが渡され、それを装着して回るというやり方だ。展示作品に近づくと、自動的にヘッドフォンからその作品に関連する音楽や音声が聴こえてくる。

一人一人がヘッドフォンをして、スクリーンや作品に近づくと自動的にオーディオが流れてくるという仕組み

一人一人がヘッドフォンをして、スクリーンや作品に近づくと自動的にオーディオが流れてくるという仕組み

 フロアは3つに分かれており、1階はテクノのルーツに焦点が当てられ、特に黒人文化としての側面が複数のビデオ作品で強調されていた。これはヨーロッパのクラブ産業では忘れられがちな背景で、例えばビヨンセのMVを手掛けたことで知られるJenn Nkiruや、Speaker Music名義で知られるDeForrest Brownといった若手の黒人の作家を含め、しっかりと取り上げているところはさすがだ。

 2階は1980年代のベルリンの歴史的状況とテクノ、そしてベルリンとデトロイトがどうつながっていったかという歴史の展示。デトロイトの音楽ユニット、アンダーグラウンド・レジスタンスとの当時の手書きのファックスのやり取りなどが見られる。ラブ・パレードが開催され、ほかにもテクノ・クラブができ、当時ベルリンが革命的なムーブメントとしてのテクノを牽引していたことがよく分かる。そして再開発のため移転を余儀なくされ現在の場所に移るまでの流れや、未来に向けてTresorが取り組んでいることも紹介されている。デトロイトの音楽特区計画や、Tresor基金といったプロジェクトを通じて、音楽文化を育てるスペースを作るために活動を行っているのだ。

初期のTresorとアンダーグラウンド・レジスタンスのマッド・マイクとのファックスのやり取り。これは胸アツ。この展示内容は書籍としても9月に発売されるそうだ

初期のTresorとアンダーグラウンド・レジスタンスのマッド・マイクとのファックスのやり取り。これは胸アツ。この展示内容は書籍としても9月に発売されるそうだ

 最後に3階に登ると、Anne De Vriesというアーティストが手掛けた、砂で再現した実物大のオリジナルの店舗跡が現れる。ヘッドフォンからは店内にいるかのようにテクノが聴こえるという演出。かつてのDIYの精神を忘れず、規模は大きくなっても商業主義に流されすぎず、文化や音楽の実験場としてのクラブの重要さを訴えてきたTresor。あらためてベルリンという都市の素晴らしさを体現している場所の一つであることを再確認できる、素晴らしい展示であった。

今は無きオリジナルの店舗を、崩れた砂の城のように表現した作品。店内部分を歩き回るとダンスフロアにいるかのようにテクノが聴こえた

今は無きオリジナルの店舗を、崩れた砂の城のように表現した作品。店内部分を歩き回るとダンスフロアにいるかのようにテクノが聴こえた

 

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浅沼優子/Yuko Asanuma

【Profile】2009年よりベルリンを拠点に活動中の音楽ライター/翻訳家。近年はアーティストのブッキングやマネージメント、イベント企画なども行っている