Berlin Calling〜第74回 クラブTresorの30周年記念に伝統を刷新するボックス・セットが発売

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デザインもモダンなボックス・セット『Tresor 30』のイメージ。価格は180ユーロ(約24,000円)とコレクターズ・アイテムとなっているが、Tresorのオンライン・ショップとBandcampで既にプレオーダーを受け付けている

 

伝統を踏襲しながらも現在から未来を志向する
多様性あふれる現代のアーティストを多数フィーチャー

 1989年にベルリンの壁が崩壊し、翌年の1990年に東西ドイツが再統合された当時、テクノという音楽が自由を謳歌する東西の若者たちを結びつける共通言語となった。この流れを受けて1991年にオープンしたクラブTresorは、この時代のベルリン・テクノの代名詞のような存在だ。これは筆者とそれ以上の世代にはロマンあふれる物語として知られているが、現在クラブでテクノを浴びている現役世代には、もしかするとあまり伝わっていないかもしれない。

 

 今年はそのTresorとクラブが運営してきた同名レコード・レーベルの30周年となる。それを記念して、なんと52曲収録の12インチ12枚組のボックス・セット『Tresor 30』が発売されることが発表された。発売は10月1日とだいぶ先だが、それまでの間に収録曲から6曲が4月から9月にかけて1曲ずつシングルとして発売される予定だ。既にデトロイトの若手ヒューイ・ムネモニックのトラックと、日本でも人気の高いドナート・ドジーの新曲が発売されている。

 

 この特大コンピレーションの内容の一部を紹介しよう。クラブおよびレーベルの立ち上げ当初からTresorサウンドの核だったのは、UR(アンダーグラウンド・レジスタンス)、ジェフ・ミルズ、ブレイク・バクスター、ダニエル・ベルといったデトロイト・テクノ勢。そんな彼らや1990年代ベルリン・テクノの代名詞であるベーシック・チャンネルといった、歴史を伝えるクラシックスをしっかりと収録している。しかし、それは全体の3分の1程度。実に興味深いのは過去30年間を振り返るのではなく、伝統を踏襲しながらも現在から未来を志向する、多様性あふれる現代のアーティストを多数フィーチャーしているところだ。

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ジェンダー、人種、国籍もバラエティ豊かな内容のコンピレーションに、唯一日本から楽曲提供をしているのは、韓国出身で東京を拠点に活動しているプロデューサーmachìna

 キュレーションを手掛けたのは、カリン・アブドゥラ氏という黒人女性。同クラブ傘下で、よりアバンギャルドな音楽フェスティバル「Berlin Atonal」が経営するブッキング・エージェンシーOUTERのエージェントを務めている。彼女とは同業者として筆者も数年前から交流があるのだが、既存の人気アーティストを補佐するより、新しい才能を見出すのに長けた人だ。ケニア出身のKMRUやロンドンの若手女子DJコレクティブ=6 Figure GangのYazzus、コロンビア出身のVerracoといったアーティストが抜擢されている。近年人気の高いFJAAKやLSDXOXOなども収録しているのは意外だ。伝統にとらわれることなく常にアップデートしていく姿勢が、30年以上もクラブを続ける秘けつということだろう。

 

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浅沼優子/Yuko Asanuma

【Profile】2009年よりベルリンを拠点に活動中の音楽ライター/翻訳家。近年はアーティストのブッキングやマネージメント、イベント企画なども行っている