2019年にベルリンのクラブ業界内の有志たちによって立ち上がったClean Scene。“ダンス・ミュージック・コミュニティーのオルタナティブな未来を模索する”ことを掲げている
トップ1000 DJの飛行機移動から排出されたCO₂は
個人の推奨年間排出量の17倍にのぼる
一昨年、筆者が所属していたブッキング・エージェンシーの同僚や現役のDJなどがClean Scene(https://cleanscene.club/)という環境イニシアチブを立ち上げた。その後コロナ禍で音楽産業全体がぴたりと止まった状態になってしまったわけだが、イベントなどの再開前に環境に対する意識を変えてもらおうと、3月に報告書を公開した。インディープのディスコ名曲「Last Night A D.J. Saved My Life」にちなみ『Last Night A DJ Took a Flight』というタイトルだ。内容は、クラブ情報Webサイト『Resident Advisor』に掲載されているトップ1000 DJの2019年の出演イベント情報をもとに、彼らの飛行機での移動距離を算出。それをAtmosfair(https://www.atmosfair.de/)というドイツの環境団体の統計データと照らし合わせて、二酸化炭素排出量の推定量を割り出したというもの。その狙いは、多忙なDJが飛行機で移動することによって、いかに大量の二酸化炭素を排出しているか(=カーボン・フットプリント)を認識してもらうことだという。
この分析によって明らかになったのは、2019年の間に彼らが51,000便のフライトに乗り、3万5千トンのCO₂を排出したということ。あまりピンと来ないが、この量は一般家庭2万戸の1年間の電力使用量、もしくは2,500万枚のレコードをプレスする電力と同等であるという。または、現在一個人の年間排出量として2トンが推奨されているのに対し、これらのDJの平均は35トン、つまり約17倍にのぼる。このような環境負荷を軽減する策として、イベント関係者にはローカルのDJをブッキングすることや、より効率的なツアー旅程を組むこと、業界全体で実現のための協力体制を作ることなどが提案されている。
誰もが環境への負担を減らす努力をしなければならない、地球の緊急事態に突入していることは間違いない。DJが自らの活動の環境に対するインパクトを認識することは大切だと思うが、果たしてフライトを減らすことがシーンの最優先課題なのかは疑問だ。移動を抑制することは、今やアーティストの主な収入源である公演活動の本質と真っ向から矛盾する。誰だって好きなアーティストをストリーミング配信よりも間近で見たい。であればむしろ大規模フェスティバルに参加するために、何百人、何千人の客が飛行機に乗って大移動する方が問題ではないか。DJ一人が客の居るところに移動する方が明らかに負荷が少ない。その点で言えば、真っ先にオリンピックのような行事を止めるべきという気が……!
浅沼優子/Yuko Asanuma
【Profile】2009年よりベルリンを拠点に活動中の音楽ライター/翻訳家。近年はアーティストのブッキングやマネージメント、イベント企画なども行っている