ここ数年、シンセ界隈は1970〜80年代を凌駕するほどの黄金期を迎えている。デジタル、アナログ共に素晴らしいシンセが目白押しの中、昨年名機Prophet-5を復活させた老舗SEQUENTIALからなんとTake 5という名のアナログ・ポリシンセまでもが登場した。ワクワクする気持ちのままに早速本機の特徴を探ろうではないか。
初心者にもなじみやすいパネル・レイアウト
初対面で目を見張るのが筐体のコンパクトさ。同社のフラッグシップ・モノシンセPro 3より少しばかり小さいサイズだ。サイズ感の割には重いのだが、容易に持ち運べる重量なので額に汗することは無い。ここはSEQUENTIALの公式YouTube動画で本機の取り回しの良さや可搬性がアピールされているので、ぜひご覧になってほしい。
それでは、我々を迎えてくれるシンセの顔とも言うべきPro 3直系の精悍なパネル・レイアウトから眺めてみよう。アナログ・シンセを構成する一つ一つのセクションが奇麗にまとめられており、眺めるだけでおおよそのブロック・チャートが見通せる。シンセの扱いに慣れている方なら数分で難無く音作りのワークフローが理解できるだろうし、初心者にとってもなじみやすく、扱いやすいと思う。
中央奥に視線を移すと小さな液晶ディスプレイが備わっている。しかし、シンセに関するほとんどのパラメーターはツマミやボタンとして搭載されているので、ディスプレイに呼び出して扱うパラメーターは、グローバル設定や音作りの補助的なパラメーターに絞られている。もちろんページ構成も簡潔で、ちょっとした設定変更のために取扱説明書と格闘しながら複雑な階層をさまようこともない。
FATAR製44鍵キーボードを採用
44鍵フル・サイズ鍵盤は高品質で評判のイタリアFATAR製だ。ベロシティとアフタータッチ対応で、程良い抵抗感があり弾き心地も素晴らしい。また、左側19鍵のみを−1オクターブまたは−2オクターブ分トランスポーズするロースプリット機能があり、これは初体験だったがかなり重宝しそうだ。
同期&周波数変調可能な2基のオシレーターを搭載
ここから実際に音作りをしてみたい。ツマミやボタン類のパラメーターはシンプルなアナログ・シンセのたたずまいだ。なので、複雑な音作りはできないのでは?と思われるかもしれないが、そこはさすがにシンセを作って約半世紀、デイヴ・スミス氏率いるSEQUENTIALである。同社が放つ最新のアナログ・シンセゆえ、そうは問屋が卸さない。 まず2基のVCOに手を伸ばしていこう。OSCの波形はPro 3と同じく連続可変式となっている。Take 5ならではのポイントは、ここにサイン波が用意されていることだろう。このツマミを回していくとサイン波からノコギリ波を経てパルス波へと無段階に変化させることができる。
早速ここで音作りの虫がうずく。この連続波形をLFOでモジュレートできるかな?とLFOに目をやると、DEST(デスティネーション)ボタンがある。ヤマ勘でこのボタンを押しながらオシレーター・セクションのSHAPEツマミを動かしてみたところ、見事に一発で設定することができた。こうした“勘”での操作にも正解が紐付くところにユーザビリティ設計の的確さが感じ取れる。 OSC 1、2は同期と周波数変調が可能。OSC 1には、オクターブ下のスクエア波を付加するサブオシレーターも備わっている。独立したノイズ・ジェネレーターはピンク・ノイズまたはホワイト・ノイズを出力可能。シンプルな構成だがこの価格帯のアナログ・ポリシンセならコスト的にも必要十分だろう。
LFOは2基用意されており、LFO 1はボイス全体の動作、LFO 2はボイスごとに独立して動作する。これらの違いは和音の各音を少しタイミングをずらして弾いてみるとよく分かる。各LFOのRATEは0.022〜500Hzとワイド・レンジで、クロック・シンクも可能だ。この高速なRATEは変調ソースとしても積極的に生かせるのでありがたい。
Prophet-5直系のアナログ・フィルターに加え2系統の内蔵エフェクトもモジュレート可能
フィルターはProphet-5 Rev.4直系の4ポール・ローパス・フィルターだ。備わっているDRIVEツマミでひずみを加え、音にパンチを出したり抜け感を付加できるほか、レゾナンスを強烈に発振させたときには、逆にひずみの飽和により出力最大値を安定させることもできる。
また、後述のモジュレーション・マトリクスでは、ソースにFILTER OUT、デスティネーションにCUTOFFを設定し、VCF内でセルフ・モジュレートすることも可能で、ここでも独特の音色変化を与えることもできるのだ。これは音作りが楽しい。 ただ、フィルターが1基しか無いという点には不満を感じる人も居るだろう。気持ちは分かる。しかしここでも抜かりが無い。Take 5は高品位なエフェクトを2基搭載している。一つはマルチエフェクトで、ここにハイパス・フィルターも用意されているのだ。もう1基はリバーブ専用で、各パラメーターは変化幅が大きく多彩な効果を生み出せる。
また、エフェクトの全パラメーターがモジュレーション・マトリクスのデスティネーションに指定できるので、実はエフェクター部もシンセの一部として有機的に活用できる。さらに、VCAには別途OVERDRIVEも付いている。
エンベロープ・ジェネレーターも2基用意されているが、ルーティングが変更できるので、ENV 2をフィルターとアンプに割り当て、ENV 1をモジュレーション・ソース用として使うことも可能。さり気なくも非常に気の利いた仕様だ。
パッチが簡単なモジュレーション・マトリクスを装備
さて、ここまでたびたび触れてきた本機の目玉とも言えるモジュレーション・マトリクスを、そろそろ詳しく見ていこう。ここには16スロットが用意され、19種類のソースと54種類のデスティネーションにパラメーターを割り当てて、複雑なモジュレーションを組むことができる。設定方法は、モジュレーション・セクションのボタンを長押ししながら目的のツマミやボタンを動かすか、液晶下のSELECTツマミで選ぶだけだ。あとはVALUEツマミで反映量を決めればよい。ほとんどのパラメーターをデスティネーションに選択できるので、セミモジュラー・シンセのごとく動的で多彩な音色を生み出せるし、使う人のさじ加減がそのまま個性として発揮される。
ソース、デスティネーション共にサッと簡単に変更できるので、演奏中でも縦横無尽に操ることができそうだ。しかも、HOLDボタンを使えば鍵盤を押した音を保持し両手がフリーの状態で音色を加工/変化させることが可能。ドローン系の音楽を奏でながら瞬間瞬間のインスピレーションで音色の変化を操るなど、さまざまなスタイルで威力を発揮するだろう。
アルペジエイター&ステップ・シーケンサーも用意
アルペジエイターと64ステップのシーケンサーはMIDIノートとしても出力される。よって、これらでさまざまなアイディアを試しながら同時にDAWへMIDIを記録し、そこから楽曲へと発展させることも可能だ。TAP TEMPOも付いているので、非同期の生演奏でもテンポを寄せることができるし、CLOCK DIVIDEツマミでビート解像度の変更も一発でできる。DAW環境にもしっかり対応しており、内蔵エフェクトを含めたほぼすべてのパラメーターをMIDI CCでコントロール可能だ。SEQUENTIALのWebサイトに掲載のMIDI Implementationには各パラメーターとMIDI CC1〜89の対応表が載っているので、気になる方は確認してほしい。
Take 5は一見シンプルなシンセに見えるのだが、初心者でも複雑な音作りを楽しめる懐の深さと音の良さを兼ね備えており、その優れたユーザビリティは演奏しながら次々と沸き立つ欲求にもしっかり応えてくれる。しかも手が届く価格帯だ。シンセを知り尽くした老舗ならではの素晴らしいシンセの登場に歓喜の声は隠せない。
西田彩ゾンビ
【Profile】office saya代表。音楽家/モジュラー・シンセ・アーティスト/ディレクター/デザイナーであり、京都精華大学ポピュラーカルチャー学部や甲南女子大メディア表現学科などで講師を務める。
SEQUENTIAL Take 5
オープン・プライス
(市場予想価格:238,000円前後)
SPECIFICATIONS
▪オシレーター:VCO×2、連続可変波形(サイン波〜ノコギリ波〜可変幅パルス波)、ハード・シンク機能、周波数変調 ▪フィルター:4ポール・レゾナント・ローパス・フィルター ▪エンベロープ:5ステージ・エンベロープ・ジェネレーター×2 ▪LFO:三角波、ノコギリ波、逆相ノコギリ波、矩形波、ランダム(サンプル&ホールド)、クロック・シンク ▪エフェクト:リバーブ×1、マルチエフェクト×1、オーバードライブ(VCA) ▪アルペジエイター:アップ、ダウン、アップ+ダウン、ランダム、アサイン・モード ▪シーケンサー:ポリフォニック・ステップ・シーケンサー(最大64ステップ) ▪入出力端子:MIDI IN、OUT、THRU、USB Type-B、サステイン/フット・スイッチ入力×1、エクスプレッション・ペダル入力×1、メイン・ステレオ・アウト(フォーン×2)、ヘッドフォン出力(ステレオ・フォーン) ▪付属品:ACケーブル、日本語マニュアル ▪外形寸法:635(W)×112(H)×324(D)mm ▪重量:7.7kg