特集「語れ!ハードウェア・シンセの“ロマン”」3人目の登場は、2018年に小林うてな、ジュリア・ショートリードと共にBlack Boboiを結成。翌年にはMillennium Paradeに参加する傍ら、ソロ作品のリリースや楽曲提供など、多岐にわたり活動するトラック・メイカー/シンガーのermhoi。彼女が挙げたシンセARTURIA PolyBruteは、まだ入手したばかりとのこと。だがその言葉からは、既に欠かすことのできない愛機となっていることが分かった。
Photo:Hiroki Obara
ARTURIA PolyBrute
2020年に発表された6ボイスのアナログ・シンセ。2基のVCOとノイズ・ジェネレーターを搭載し、波形は連続可変で調節できる。フィルターはスタイナーとラダーの2種類を用意。エンベロープ/LFOセクションはそれぞれ3系統あり、そのほか9種類のエフェクト、シーケンサー/アルペジエイター、モジュレーション・マトリクスを備えるなど、多彩なワークフローが可能になっている。Mac/Windows対応のライブラリアン/エディター、PolyBrute Connectも用意する。
操作性に優れ鍵盤のタッチも気持ち良い
ermhoiがPolyBruteを入手したのは昨年末。購入に至るまでにはかなり熟考したそうだ。
「それまでKORG Prologueをずっと使っていたのですが、もうちょっと新旧融合した感じのシンセが欲しいと思っていました。PrologueはBlack Boboiを始めたころに買った、サイズ感や性能も含めすごく良いシンセです。けれどもアナログに忠実なシンセなので結構その日の調子に左右されることもあり、今の技術を存分に取り入れたシンセが欲しくなって探していました」
61鍵以上を備えるシンセとしてほかにも候補があった中、PolyBruteとは偶然出会うことになる。
「楽器屋さんに行ったときにたまたまPolyBruteがあり触ってみたところ、最初の1音を鳴らした瞬間に“うわあ、これ欲しい!”となって(笑)。ただ30万円台という実売価格やサイズ的にもすぐに買えるものではないので、それからYouTubeでいろいろな試奏動画を見たりブログを読んだりするうちに、PolyBruteが欲しいという気持ちが強くなっていき購入しました。木製のパネルやネイビー・ブルーの色合いといった見た目が格好良いし、鍵盤のアフター・タッチとかモジュレーションの部分、新しい機能にも興味が湧きましたね」
悩んだ末に手に入れたPolyBruteを、実際に使ってみた印象はどうだったのだろうか。
「鍵盤の縮尺が一般的なものに比べて若干小さくて、最初はすごく違和感もありましたが、いったん慣れてしまえばタッチがかなり気持ち良いです。操作性も良くすごく直感的にできて、例えば鍵盤の左側にあるMORPHEE(モーフィー)というタッチ・パネル式のコントローラーはXY軸だけじゃなく押し込めばZ軸も操作できる。その動きが画面上に表示され視覚的に確認できたり、アサインするLFOを選べたりと、全部自分の思い通りにパラメーターを設定できます。階層のかなり深いところまで設定できるので、マスターするまでにはまだ1年ぐらいかかりそうです」
本体の中でも特に目を引くのが、8×12のボタンを備えるマトリクス・パネル。モジュレーションやシーケンサーのプログラミングなどに使用できるほか、プリセットの選択も可能。ermhoiが「本当にありがたいですね」と語る機能だ。
「つまみを回してプリセットを選ぶシンセが多いと思うんですが、セッションなどの際に“今あの音色が合いそうだな”と思って変えようとすると、目的の音色に行く途中に一瞬音が“ピ”と鳴ってしまうんです。PolyBruteだとボタンを押せばパッと切り替わるという点はすごく助かります」
シンプルなサイン波にも感じる温もり
では音色についての印象はどうなのだろうか。
「重奏感と言いますか、シンプルなサイン波でもただの線ではない温かさを感じます。そもそもプリセットに入っている音が良いものばかりで。あまり深く考えなくても少しカットオフやモジュレーションを調節するだけで、曲にすぐ合わせられるような音色が入っているのが素晴らしいです」
「まだ大きい会場、ライブ・ハウスで使ったことはないのですが、バンドと混ざったときにどんな音になるのか楽しみですね」と語るermhoi。これまでは、同じARTURIAのMicroFreakもよく使用していたそうだ。
「ROTH BART BARONのサポートの際や、以前よくやっていたジャンルレスな即興のセッションなどでよく使っていました。MicroFreakはもっと電子音的な“ザ・デジタル”という音なので、複数人でその場の情景を作っていくようなセッションだと、デジタルな異物感のある音で急に場面を変えるような効果があり、それが面白みでもあったんです。今後PolyBruteを使うとしたらもっと広がりのある柔らかいサウンドで、また別の風景になるんだろうと思います」
自身の制作では、これまでARTURIA V Collectionなどのソフト・シンセを用いることが多かったという。
「Black Boboiを始めたころまで、ちゃんと実機を持っていませんでした。初めて手にしたと言ってもいいのがKORG Volca Kick。小さなリズム・マシンのようで中身はアナログ・シンセなので、いろいろと勉強しながら使っていました。だから気持ちはまだまだ初心者です(笑)」
昨年12月にリリースしたソロ・アルバム『DREAM LAND』のシンセも、多くはソフトが使われているという。
「PolyBruteを導入する前の作品です。実機のシンセをどんと構えて制作に使うということをしてこなかったので、これまでのスタイルの集大成のような作品になっています」
ここ最近の制作ではPolyBruteを積極的に活用しているそうで、ermhoiは「触る時間を増やしたくて」と話す。
「ソフト・シンセで済ませられる部分もあると思うのですが、あえてPolyBruteの音色を使ったり、サンプルにして加工したり。ありがたいことにお仕事の声をかけていただくことも多くなったので、少しでも制作に使うようにしています。もし自分の作業しかなかったら、ひたすらこもってPolyBruteを触っているかもしれません(笑)」
制作スタイルまでをも変えたというPolyBrute。これからermhoiの作品がどう進化していくのか、大いに楽しみだ。
「もっとフィジカルな部分、身体を使って歌ったり演奏したりという方が面白いし、残るというか……より自分にとって意味があるものになるような気がしています。今までは頭の中にある妄想や空想を、パソコンを通して再現するという感じだったので、逆に外から自分の想像力が引っ張り出されるような形で作ってみたいですね」
ermhoi's Gear
ermhoi
【Profile】日本とアイルランド双方にルーツを持ち、独自のセンスでさまざまな世界を表現する、トラック・メイカー/シンガー。2015年に1stアルバム『Junior Refugee』よりリリース。以降ジャンルやスタイルに縛られない幅広い活動を続けている。2021年12月に最新作『DREAM LAND』をリリースした
Recent Work
『DREAM LAND』
ermhoi
(SPACE SHOWER MUSIC)