ホテル イタリア軒 大宴会場「サンマルコ」〜ハイブリッド形式の会議に対応した音響システムにリニューアルし再始動

2024年に創業150周年を迎える新潟の老舗「イタリア軒」。創業者であるイタリア人、ピエトロ・ミリオーレ氏が興した西洋食品店に端を発し、西洋料理店として長い歴史を刻んだ後、1976年からは宿泊にも対応した「ホテル イタリア軒」として営業している。

撮影◎小原啓樹

ベネツィアのサンマルコ寺院をモチーフにしたという格調高い内装が印象的。全面を使用すれば正餐スタイルで400人、立食スタイルで500人に対応する。面積は198坪、天井高は5.62m。200インチのスクリーンも備える

ベネツィアのサンマルコ寺院をモチーフにしたという格調高い内装が印象的。全面を使用すれば正餐スタイルで400人、立食スタイルで500人に対応する。面積は198坪、天井高は5.62m。200インチのスクリーンも備える

新しい時代の要請に応じるための改修

 今回紹介するのは、198坪のスペースに格調高い内装を備え、フォーマルな会議や結婚披露宴などに活用されている大宴会場「サンマルコ」だ。2023年1月に音響システムの改修を行い、新たに運用が開始された。改修の経緯について取締役総支配人の髙野潤氏はこう語る。

 「150周年に向けてホテル全体の改修を計画する中で、サンマルコの改修は優先順位の高い項目として挙がっていました。ここ数年、特にコロナ禍以降はリアルとオンラインが混在したハイブリッド形式の会議で使用されるお客様が増えており、音響や通信の質に対する要望も高くなってきています。その声にお応えする形で改修を決めました」

 改修前は移動用のPAスピーカーを4台用いて拡声していたが、サンマルコは面積が広いためスペースを分割して使用することもあり、形態に合わせてそのつど位置を調整するなど運用が煩雑だった上、音が聞き取りにくいエリアも生じていた。また、オンライン接続先への音の返しの設定により、先方でハウリングが起きるといった問題もあった。さらに、サンマルコは会議での運用のほか、結婚式や宴会などのイベントで使用されることもあり、明瞭性だけでなくダイナミック・レンジの広い音作りも求められていた。

 こうした運用や音響調整の課題を解決するために導入されたシステムを、改修にあたったヨコセAVシステムの刀根正則氏に聞いていこう。

 「まず、移動式のスピーカーは運用に知識を要しますので、固定式を提案させていただきました。サンマルコは残響時間が短いのでスピーカーの台数はある程度多くても大丈夫。さらに、天井はエキスパンド・メタルなので音が十分に通過します。そこで、場内ではメイン・スピーカーだけが見えていて、天井裏にスペースをカバーするスピーカーを置くシステムを考えました。会議や講演会などで使われることを想定して明瞭度を上げるのと同時に、結婚式の披露宴会場としても使われるところですので音質が良く低域もしっかり出るスピーカーを選びました」

 採用したのは、メインにRAMSA WS-HM5104を4本と、スペース・カバー用にRAMSA WS-AR200を8本。下の図を見てほしい。これはサンマルコのスペースを分割するパターンと音の方向を示したものだ。水色とピンクで示しているのがスピーカー。水色がWS-HM5104、ピンクがWS-AR200だ。これらを駆使して、それぞれのパターンでステレオの音場が作られるようにセッティングしている。

サンマルコのスペースを分割するパターンと音の方向を示した図。水色とピンクで示しているのがスピーカーで、水色がメインのWS-HM5104、ピンクがスペースをカバーするWS-AR200。それぞれのパターンでステレオの音場が作られるようにセッティングしている

サンマルコのスペースを分割するパターンと音の方向を示した図。水色とピンクで示しているのがスピーカーで、水色がメインのWS-HM5104、ピンクがスペースをカバーするWS-AR200。それぞれのパターンでステレオの音場が作られるようにセッティングしている

 「先ほど、音質を良くしたいという話をしましたが、同時に臨場感も持たせたかったのでステレオにしています。そうすることで定位感も良くなります。モノラルにしてしまうと全部が頭の上に定位するような感じですっきり聞こえないのです。分割パターンによって音の方向が変わりますので、パターンごとに各スピーカーの音量やディレイ・タイムを変えています」

 各パターンはYAMAHA DME64Nのシーン制御で切り替える。機材の知識を持たない人でもボタンを押すだけで切り替えられるよう、9つのパターンに合わせて1〜9のボタンを備えた特注パネルも用意されていた。

 「スピーカーのセッティングはしやすかったです。フロアが固くないので、向けたところにエリアがくっきり作れる。反射した音は天井である程度、吸音してくれる。天井が複雑な形状なので乱反射して返りが少ないのです」

 下図を見てほしい。WS-AR200が天井裏から斜め下、会場の中央辺りを狙っているのが分かるだろう。

 「テーブルや床に反射して天井に上がると音が吸収されるのでこの角度にしています」

スピーカーの配置を示した会場の断面図。WS-AR200が天井裏から斜め下、会場の中央辺りを狙っているのが分かる

スピーカーの配置を示した会場の断面図。WS-AR200が天井裏から斜め下、会場の中央辺りを狙っているのが分かる

採用されたスピーカーの特性

 ここでスピーカーの特性を見ていこう。メインとして採用されたWS-HM5104は、38cmウーファーと、コンプレッション・ドライバーのツィーターを備えたポイント・ソース・スピーカーだ。サンマルコに設置されているものは会場の雰囲気に合わせてアイボリー・カラー塗装されている。SCWG(Square Contour Wave Guide)と呼ばれる新設計のホーンに特徴があり、斜め方向の指向性も制御することで長方形に近い音の放射パターンを作り出し、均一かつ正確な指向性が実現されている。指向角は水平100°×垂直40°。また、キャビネットの剛性が高く、内部構造の最適化によりキャビネットの振幅を抑制し、原音に忠実な音質、フラットな位相特性を獲得している。「WS-HM5104は音がいい」と刀根氏もそのサウンドに太鼓判を押す。

メイン・スピーカーWS-HM5104。オリジナルの色は黒だが、会場の雰囲気に合わせてアイボリー・カラー塗装され、東西に2本ずつ設置されている

メイン・スピーカーWS-HM5104。オリジナルの色は黒だが、会場の雰囲気に合わせてアイボリー・カラー塗装され、東西に2本ずつ設置されている

 一方のWS-AR200は、30cmウーファーと、コンプレッション・ドライバーのツィーターを搭載。こちらもホーンはSCWGで、水平60°×垂直60°の指向角を持つ。キャビネット内面がラウンド・フォルムになっており、定在波による音質劣化を防いでいる。外装は剛性が高く軽量で、設置の取り回しが良い台形の形状も特徴だ。

 実際に取材班も会場内で音楽を聴かせてもらったが、このスピーカーのコンビネーションから繰り出される音は非常にクリアで豊かだと感じた。露出しているのがメイン・スピーカーだけなので、見た目にもすっきりした印象を受けた。

天井に施されたエキスパンド・メタルの向こう側に、スペースをカバーするスピーカーWS-AR200が設置されている

天井に施されたエキスパンド・メタルの向こう側に、スペースをカバーするスピーカーWS-AR200が設置されている

天井裏に回って撮影したWS-AR200

天井裏に回って撮影したWS-AR200

フェーダー操作だけで調整するために

 ミキサーは、機材の知識を持たない人でも運用できるようフェーダー操作だけで調整できることが求められた。採用されたのは1Uサイズのデジタル・ミキサーRAMSA WR-DX200と、フェーダー・ユニットRAMSA WR-PU200の組み合わせ。会場を分割したときの利便性を考慮して、このセットを会場の東西に1つずつワゴンに収めて設置している。

ミキサーなどを設置したワゴン。会場を分割したときの利便性を考えて同じセットが2つ用意されている

ミキサーなどを設置したワゴン。会場を分割したときの利便性を考えて同じセットが2つ用意されている

ワゴンの下部に1Uのデジタル・ミキサーWR-DX200、電源制御ユニットWU-L61などが収められている

ワゴンの下部に1Uのデジタル・ミキサーWR-DX200、電源制御ユニットWU-L61などが収められている

フェーダー・ユニットWR-PU200。入力は、ワイヤレス・マイク×4、有線マイク×4、CD×2、Blu-rayディスク×1、外部入力×1。出力は、MASTER、外部出力がアサインされている

フェーダー・ユニットWR-PU200。入力は、ワイヤレス・マイク×4、有線マイク×4、CD×2、Blu-rayディスク×1、外部入力×1。出力は、MASTER、外部出力がアサインされている

 フェーダー・ユニットでは、ワイヤレス・マイク×4、有線マイク×4、CD×2、Blu-rayディスク×1、ハイブリッド会議におけるオンライン参加者の音声などを入力する外部入力×1の音量調整が可能になっており、MASTERフェーダーを上げれば会場のスピーカーに音が出力される。外部出力フェーダーを上げればオンライン参加者に参加者自身の音声を抜いた音を返すことができるので、先方でのハウリングが防げる。ぱっと見て理解しやすく、操作に迷うことはないという印象だ。

 「ワイヤレス・マイクと有線マイクはトリムの値を変えていて、フェーダーの目盛りで6か7辺りまで上げれば同じくらいの音量になるように設定しています」

 ここでWR-DX200の機能を見ていこう。アナログ入力は、モノラル・マイク/ライン入力×8、ステレオ・ライン入力×4の合計16ch。アナログ出力は、モノラル・ライン出力×8、ステレオ・ライン出力×2の合計12ch。デジタル入力はUSBオーディオ入力×2、デジタル出力はUSBオーディオ出力×2。内部入力チャンネルが32系統、ミキシング・バスが16系統、マトリクスが16系統という仕様だ。入力と出力にそれぞれEQを搭載。マイクの音量を上げ過ぎたときに生じるハウリングを検出し、その周波数にノッチ・フィルターをかけハウリングを抑えるダイナミック・ノッチ機能も備えている。

 「ついフェーダーを上げ過ぎてしまってハウリングが起こることもあり得ますので、ダイナミック・ノッチ機能は心強いですね。ノッチ・フィルターが効いた帯域はパソコンで確認できるので、EQでそこを抑えて対応することもできます」

 ミキサーを操作している人が意識することなく働くこの機能も、“調整はフェーダー操作だけで完結させる”というコンセプトに合致すると言えるだろう。

 ミキサーについては、会場内に設置された2セットのWR-DX200/WR-PU200に加え調整室には、最高32ビット/96kHzに対応し、アナログ入力×16、アナログ出力×16、モニター出力×2を備えるデジタル・ミキサ-RAMSA WR-DX350が設置されている。

 「WR-DX350も常に使える状態になっていて、会場全体を使う大きな会議のときなどに使用することを想定しています。ここはワイヤレス・マイクが8本あり、壁に有線マイクのコンセントが12個あるので、最大で16本のマイクを使うことも考えて用意しました。WR-DX350は操作に知識を要しますが、音質が良く、外部からオペレーターの方が来るような場合に活用してもらえるだろうと思います。移動用のミキサーとして会場に持ち込むこともでき、その場合は、WR-DX200のステレオ入力にWR-DX350のアウトを入れて使用します」

調整室に設置されたデジタル・ミキサ-WR-DX350。10.1インチ・タッチ・パネル、100mmモーター・ドライブ・フェーダーを搭載している

調整室に設置されたデジタル・ミキサ-WR-DX350。10.1インチ・タッチ・パネル、100mmモーター・ドライブ・フェーダーを搭載している

調整室のラックに収められた機器。一番上が電力増幅ユニットの出力をモニター可能なWU-M30、その下にパワー・アンプWP-DN360が3台並ぶ

調整室のラックに収められた機器。一番上が電力増幅ユニットの出力をモニター可能なWU-M30、その下にパワー・アンプWP-DN360が3台並ぶ

調整室のラックに収められた機器。上からワイヤレス受信機WX-SR204A、増設ワイヤレス受信機WX-SE200A、その下に2台置かれているのは、ワイヤレス・アンテナとワイヤレス受信機間を同軸ケーブルで配線する際に使用するWX-SA002

調整室のラックに収められた機器。上からワイヤレス受信機WX-SR204A、増設ワイヤレス受信機WX-SE200A、その下に2台置かれているのは、ワイヤレス・アンテナとワイヤレス受信機間を同軸ケーブルで配線する際に使用するWX-SA002

調整室のラックに収められた機器。下段に電源制御ユニットWU-LP067が2台収められている

調整室のラックに収められた機器。下段に電源制御ユニットWU-LP067が2台収められている

混信を避けるため1.9GHz帯を採用

 ワイヤレス・マイクも今回の改修でリニューアルされ、1.9GHz帯(DECT準拠方式)のPanasonic WX-ST250が8本導入された。

 「場所が新潟市の中心部なので、混信を避けるために1.9GHz帯にしました。以前は800MHz帯のアナログ・ワイヤレスを使っていて混信の問題があったのですが、1.9GHz帯に変えてからはなくなりました。8本使うということで、より一層助かっています。ダイナミック・タイプのWX-ST250を選んだ理由は、ヘッド・マージンが大きく、多少大きな声を出しても音が割れないというところです」

 1.9GHz帯は、自動でチャンネルを切り替えながら通信を持続するためチャンネル設定の必要がなく、また、マイクと受信機は登録ボタンの長押しでペアリングができるため、機材の知識を持たない人でも楽に運用できる点もメリットだろう。

8本導入されたワイヤレス・マイクWX-ST250

8本導入されたワイヤレス・マイクWX-ST250

ワイヤレス・アンテナWX-SA250Aは、メイン・スピーカーの斜め下に設置されている

ワイヤレス・アンテナWX-SA250Aは、メイン・スピーカーの斜め下に設置されている

 以上、サンマルコの音響システム改修について見てきた。浮上していた課題を解決しながら、同時にシンプルな操作性も実現されており、使い勝手が大きく向上したという印象を受けた。取締役総支配人の髙野氏は「マーケットのニーズは常に変化しており、それに合わせてホテル側も変わっていかなければならない」と語っていたが、今回の改修は、その言葉を体現するような仕上がりだと言えるだろう。

取材にご協力いただいた皆さん。左から、ヨコセAVシステムの刀根正則氏、イタリア軒 取締役総支配人の髙野潤氏、経営企画部の野口篤史氏

取材にご協力いただいた皆さん。左から、ヨコセAVシステムの刀根正則氏、イタリア軒 取締役総支配人の髙野潤氏、経営企画部の野口篤史氏

主な使用機材

  • ミキサー:RAMSA WR-DX200×2、WR-DX350
  • フェーダー・ユニット:RAMSA WR-PU200×2
  • スピーカー:RAMSA WS-HM5104×4、WS-AR200-K×8
  • パワー・アンプ:RAMSA WP-DN360×3
  • ワイヤレス・マイク:Panasonic WX-ST250×8
  • ワイヤレス・アンテナ:Panasonic WX-SA250A×4
  • ワイヤレス受信機:Panasonic WX-SR204A
  • 増設ワイヤレス受信機:Panasonic WX-SE200A
  • 電源制御ユニット:RAMSA WU-LP067×2、WU-L61×2
  • 同軸変換ユニット:Panasonic WX-SA002×2
  • モニター・ユニット:Panasonic WU-M30

◎本記事は『音響映像設備マニュアル 2023年改訂版』より転載しています。

 1980年代より、長年にわたって全国の専門学校等で教科書としてご採用いただいている音響/映像/照明の総合解説書『音響映像設備マニュアル』。2年振りとなる本改訂版では、随所を最新情報にアップデートしました。

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