いきものがかり、YUKI、菅田将暉、BLUE ENCOUNTなど、数々のアーティスト作品を手掛けるソニー・ミュージックスタジオ所属のマスタリング・エンジニア、阿部充泰氏。2015年からHoneyWorks作品のマスタリングを行い、『ねぇ、好きって痛いよ。~告白実行委員会キャラクターソング集~』でもその手腕を発揮している。阿部氏の作品への取り組み方から、HoneyWorksのさらなる魅力に迫っていこう。
ダウン・コンバートせずフォーマットごとに録音
—先に行ったGomさん、shitoさんへのインタビューで、阿部さんからミックスも含めさまざまにアドバイスをもらったと聞きました。
阿部 最初は彼ら自身で手掛けることも含め、いろいろな人がミックスを行っていたこともあったようですからね。今はメインのミックス・エンジニアとして米田聖さんがいることで、彼らの中でもミックス、マスタリングのそれぞれの役割も明確になったのではないかなと思います。
—Gomさんは“低域をタイトに”と話していましたが、そういった話もしているのでしょうか?
阿部 低域の成分のどこに重きを置くかといった話はよくしています。やっぱりローエンドって大きな音で聴くとかっこいいですけど、小さな音だと聴こえないじゃないですか。当たり前ですけどね(笑)。大きな音で聴いているようなパワー感を小さな音で出すにはどの辺りの帯域を上げた方がいいのか。今の音楽は、低音の質で曲全体の雰囲気が決まってくることもありますから。
—ライブもよく見に行っているそうですね。
阿部 初めてCHiCO with HoneyWorksのライブを見に行ったときに、二人が演奏しているものと思っていたんです。Gom君もshito君もうまく化けているなと思ったら、違う人だった(笑)。でも自分たちで弾かなくなったというのもすごいと思います。“楽器を一生懸命練習している人にはかなわないから、だったら僕たちは作る方に専念した方がいい“という話を前に聞いていたので。
—レコーディングにおいても、サポート・メンバーの皆さんを演奏者として信頼していると話していました。
阿部 HoneyWorksとしての作品だけでなく、楽曲提供やアイドルのプロデュースもして、とにかく曲を量産している。あれほどのペースで仕事をしていたら信頼関係は強くなりますよね。
—今作も2枚組で32曲と大ボリュームです。昨今は音楽の再生フォーマットがさまざまにありますが、それぞれに合わせてマスタリングを変えているのでしょうか?
阿部 同じ曲でも、CD、ハイレゾ、Apple Digital Master、MV用など、フォーマットに合わせた3つか4つのパターンは作っていて、おおむね同じものではありません。細かい媒体ごとだと、YouTubeにはラウドネス・ノーマライゼーションでどれだけ音量が下がってしまうのかを想定したものを用意することもあります。時間はかかりますが、その分ちゃんとそれぞれに最適な音楽になっているんじゃないかな。あと、僕は基本的にダウン・コンバートをしないんですよ。
—曲のデータを、高解像度から低解像度へと変換することですね。
阿部 ビット/サンプリング・レートを設定して、全部ちゃんと録っています。クライアントの方からCDマスタリングの依頼を受け、細かな要求に対して繊細な処理をしているのに、メイン・フォーマットであるCDをダウン・コンバートで終わらすのはちょっと。日本ではまだまだCD=16ビット/44.1kHzが根強いフォーマットだと思うし、一番聴かれているフォーマットに向けてもちゃんと仕事をしたいですからね。
—HoneyWorks作品の特徴として、同じ曲でもボーカリストが異なるバージョンも存在しますが、これらも阿部さんが関わっているのでしょうか?
阿部 基本的にCDリリースのある作品はほとんど手掛けていますが、自主制作配信では関わってない楽曲もあります。同楽曲でバック・トラックが同じであれば、おおよその処理は同じになりますが、歌い手が違うためセンターのEQやダイナミックEQの処理は若干変更します。
大人も過去を思い出して聴ける作品
—実際の作業工程としてはどういった流れで?
阿部 僕の基本的なワークフローとしては、もらった2ミックスをAVID Pro Toolsにて再生し、ハードウェアのEQ、コンプをかけています。EQのAVALON DESIGN AD2077で大まかな雰囲気を作っておいて、それからMANLEY Stereo Variable Mu Limiter Compressorへ送り、ゲイン・リダクションのメーターが−0.5dBいくかいかないかくらいでかけています。最近はミックス段階でリミッターをしっかりかける人も多いので、そのくらいでも自分としてはかけている方です。HoneyWorksの場合、米田さんは割と余裕を持たせてくれているので少しリダクションは多めです。その後、GML 9500で細かくEQを調整してAD変換し、DAWのMAGIX Sequoia上でプラグインを立ち上げています。
—プラグインは何を使っているのですか?
阿部 ローエンドやピークの処理は、ハードウェアではなくIZOTOPE Ozoneで行うことが多いです。ただEQにはこだわりがあって、Ozone 5のEQを使用しています。
—Ozone 5となると、10年以上前のバージョンですね。
阿部 使い勝手の良さとかけたときの質感は、新しいものよりもOzone 5の方が自分にとってはしっくりくるんです。大体は最初にMSをOzone 5のEQで調整して、Ozone 9のDynamic EQ、Maximizerをかけて、NUGEN AUDIO ISL 2 | True Peak Limiterでトゥルー・ピークを取っています。実はTrue Peak Limiterは最終段ではなく、その後にもう一つ味付けとしてプラグインを挿しているのですが、そこは企業秘密とさせてください(笑)。
—HoneyWorksの楽曲のマスタリングにおいて注意していることはありますか?
阿部 1曲を複数のボーカリストが歌っている曲が多いところですね。例えば1人の歌手のこの帯域を上げたいと思っても、もう一人の歌手にはそれが合わない。そういったときにはEQで上げたところを、OzoneのDynamic EQで抑えています。1曲単位だけではなく、アルバムとしてもボーカリストがたくさんいるのはハニワならではかなと。歌の聴こえ方で曲同士の聴感がそろっているかどうかというのも決まると思いますし、通常のアーティスト作品とは違った作り方をしないといけないところです。あと、過去の音源のデータやハードウェアの設定も記録して全曲分残しています。以前の曲のアンサー・ソングを作るときの参照にすることで、2曲で物語が構成されているようにする。元の曲に対して違和感が無いように作りたいんです。
—Gomさんとshitoさんのお話と阿部さんのお話も踏まえ、やはり皆さんがHoneyWorksのチームという印象です。阿部さんにとっての魅力はどういった点でしょうか?
阿部 ハニワの作品って、音楽的にしっかりと作られているし、サウンドも面白い。若い人たちだけじゃなく意外と大人にも受けているので、そこが面白いなと。誰しも若い頃があったように、大人たちにも過去を思い出して聴いてもらえる。そんな面白い作品をこれからも生み出してほしいです。
Release
『ねぇ、好きって痛いよ。~告白実行委員会キャラクターソング集~』
HoneyWorks
(ミュージックレイン)
初回生産限定盤A:SMCL-806~809(2CD+Blu-ray+グッズ)
初回生産限定盤B:SMCL-810~813(2CD+Blu-ray+グッズ)
通常盤:SMCL-814~815(2CD+グッズ)
Musician:Gom(cho、prog)、shito(b、prog)、Oji(g、b)、中西(g、b)、高田翼(g)、小林修己(b)、さと(b)、花村智志(b)、Hiroki169(b)、わかざえもん(b)、kyo(b)、宇都圭輝(k、p、prog)、くるや(p)、裕木レオン(ds)、AtsuyuK!(ds)、直井弦太(ds)、樋口幸佑(ds)、コミヤマリオ(prog)、Kaoru(prog)、Hanon(cho)、ドゥー(cho)、Kotoha(cho)、halyosy(cho)、堤博明(strings)、門脇大輔ストリングス(strings)、setsat(strings)、藤田弥生(vln、viola)、関口将史(vc)
Producer:HoneyWorks
Engineer:Gom、shito、米田聖、青柳延幸、小坂剛正、諏訪桂輔、丸岡詩織、宇都圭輝、門脇大輔、藤田弥生、関口将史
Studio:Gom Studio、shito Studio、Higashi-Azabu、MSRlab、ONKIO HAUS、Luxuriant、caking music、GRAPLE、Yayoi、Hare to Komachi