SANDAL TELEPHONE『REFLEX』× URU&ちばけんいち 〜今月の360 Reality Audio【Vol.4】

SANDAL TELEPHONE『REFLEX』× URU&ちばけんいち 〜今月の360 Reality Audio【Vol.4】

ソニーの360 Reality Audio(サンロクマル・リアリティオーディオ)は、360立体音響技術を使用した新しい音楽体験で、全方位から音に包み込まれるようなリスニング体験をもたらす。今回は、小町まい、夏芽ナツ、藤井エリカからなる3人組ガールズ・グループSANDAL TELEPHONEの1stアルバム『REFLEX』をピックアップ。360 Reality Audioミックスを手掛けたプロデューサーのURU(写真左)と、収録曲の作編曲を多数手掛けた、ちばけんいち(同右)を迎え、制作手法や聴きどころを尋ねてみよう。

Photo:Hiroki Obara 取材協力:ソニー

今月の360 Reality Audio:SANDAL TELEPHONE『REFLEX』

『REFLEX』SANDAL TELEPHONE(hoen music)

SANDAL TELEPHONE『REFLEX』(hoen music)

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※360 Reality Audio版はスマートフォンで試聴可能です

ヘッドホンでどう聴こえるかが最終出口になる

 これまで数々の楽曲を360 Reality AudioミックスしてきたURU。自身が制作から携わる楽曲については「アレンジやミックスの段階である程度360 Reality Audioを想定する」と語るが、『REFLEX』では複数のアレンジャーやエンジニアが手掛けた楽曲をミックスすることになった。

 「初めてほかの方が作った曲を手掛けたのですが、できるだけそれぞれのミックスの流れが見えるようにフリーズ状態のAVID Pro Toolsデータをもらいました」

 360 Reality Audioのミックス作業は主にヘッドホンで行うというURU。プライベート・スタジオblue velvet studioでのモニター環境を教えてくれた。

 「それぞれの音をまとめてバスに送る作業はスピーカーで行い、アサインできたらヘッドホンで位置による音の変化を聴きながら1個ずつオブジェクトを配置します。ヘッドホンで聴く人が多いので、ヘッドホンでどう聴こえるかが最終出口にならないといけないんです。確認にはいろいろな種類のヘッドホンやイヤホンを使います。どれか一つの機種でバランス良く聴こえても、別のものだと硬かったり派手に聴こえたりもするんです。でもやっぱりスピーカーで聴くのがいいですね。うちのスタジオに入れたホームシアターシステムのソニーHT-A9がすごく良くて、2ミックスも広がりが出るし、配信中の360 Reality Audioが全部スピーカーで聴ける環境になりました」

URUのプライベート・スタジオ。バンド・レコーディングや弦楽四重奏、ホーン・セクションのレコーディングまで行う。URUは左のデスクで主にヘッドホンでの作業を中心とした360 Reality Audioミックスを行う。加えて、スピーカー4台で構成されるソニーのホームシアターシステム、HT-A9+サブウーファーSA-SW5での聴取環境を整備。ほかのアーティストの作品や過去に自身が手掛けた360 Reality Audioの楽曲を聴取している

URUのプライベート・スタジオ。バンド・レコーディングや弦楽四重奏、ホーン・セクションのレコーディングまで行う。URUは左のデスクで主にヘッドホンでの作業を中心とした360 Reality Audioミックスを行う。加えて、スピーカー4台で構成されるソニーのホームシアターシステム、HT-A9+サブウーファーSA-SW5での聴取環境を整備。ほかのアーティストの作品や過去に自身が手掛けた360 Reality Audioの楽曲を聴取している

スタジオ右のデスク下にはサブウーファーSA-SW5、ラック上にはHT-A9のコントロール・ボックスを配置。「2ミックスの楽曲も広がりを感じながら聴けるし、テレビや映画も楽しめるので、元のステレオ環境に戻れなくなる」と言うほど気に入っているURU

スタジオ右のデスク下にはサブウーファーSA-SW5、ラック上にはHT-A9のコントロール・ボックスを配置。「2ミックスの楽曲も広がりを感じながら聴けるし、テレビや映画も楽しめるので、元のステレオ環境に戻れなくなる」と言うほど気に入っているURU

URUは360 Reality Audioミックスの際、複数のヘッドホンを使用。ソニーMDR-Z7M2(写真手前)は、空間が分かりやすく聴こえるので、SEを張るような作業で役立つという。写真右のソニーWH-1000XM4はリスナーが聴く音に一番近いと評価。また、別ブランドの製品での聴こえ方も確認するためAUDIO-TECHNICA ATH-M50XGM(同左)でもミックスのチェックを行うとのこと

URUは360 Reality Audioミックスの際、複数のヘッドホンを使用。ソニーMDR-Z7M2(写真手前)は、空間が分かりやすく聴こえるので、SEを張るような作業で役立つという。写真右のソニーWH-1000XM4はリスナーが聴く音に一番近いと評価。また、別ブランドの製品での聴こえ方も確認するためAUDIO-TECHNICA ATH-M50XGM(同左)でもミックスのチェックを行うとのこと

2ミックスから360 Reality Audioに切り替え

 ここからは収録曲ごとの手法を聞いてみよう。「空間の広がりが奇麗で360 Reality Audioが似合う曲」とちばが語る「レビュープレビュー」のオブジェクト数は108に及ぶ。

 この曲でURUは「1個1個の音がしっかり出ていると360 Reality Audioミックスがやりやすい」と感じたといい、「トラック数が多いので、1音ずつでなく全体で動くようにまんべんなく広げた」と工夫を語る。さらに冒頭では360 Reality Audioの広がりを感じさせる仕掛けを採用している。

 「イントロで2ミックスから急に360 Reality Audioのトラックに切り替えて一気に空間が広がるようにしました。元のセッションでもマスターにフィルターをかけてローファイな感じで広げていたから、2ミックスを一部使うことでメリハリが付いて360 Reality Audioの良さが出るかなと」

 これにはちばも「360 Reality Audioによって広がり方のアプローチが増えました」と喜ぶ。

108個のオブジェクトで構成される「レビュープレビュー」の360 WalkMix Creator™画面。「トラック数が多いので、1音ずつでなく全体で動くようにまんべんなく広げた」とURUが語るように、球体内の全方位にオブジェクトをちりばめて配置しているのが見て取れる。各オブジェクトの配置場所は画面右下のPROPERTIESで変更可能。最下段のWidthはボーカルのパートに合わせてステレオ幅を調整する際などにコントロールを行うパラメーターだ

108個のオブジェクトで構成される「レビュープレビュー」の360 WalkMix Creator™画面。「トラック数が多いので、1音ずつでなく全体で動くようにまんべんなく広げた」とURUが語るように、球体内の全方位にオブジェクトをちりばめて配置しているのが見て取れる。各オブジェクトの配置場所は画面右下のPROPERTIESで変更可能。最下段のWidthはボーカルのパートに合わせてステレオ幅を調整する際などにコントロールを行うパラメーターだ

 続いて紹介してもらったのは、アルバムの1曲目を飾る「REFLEX」。ちばいわく、360 Reality Audioならではの音の立体感を意識して作った曲とのこと。

 「360 Reality Audioになると分かってから作ったので、ステレオ環境ではありますが、立体的に感じられるように左右に音を飛ばしたり、いろいろな効果を入れました」

 その2ミックスを生かす手法を採ったというURU。

 「ステレオ・ミックスで動きが付いている音の周辺のオブジェクトをあまり動かさないことで、動きをより立体的に見せました。動かす音もフロアを邪魔しないようにしています」

 同じくちばが360 Reality Audioを意識して作った「微熱フェノロジー」は128トラック、92個のオブジェクトがさまざまな場所で鳴り響く激しいダンス曲。URUはその多数の音を配置する際の自身の手法をこう語る。

 「基本的に僕は響いている音を後方に集めるようにしていて、例えばギターの原音は手前に置いてリバーブ成分だけ後ろに置くようなことをします。響きが大きく対面の壁で反響するような感覚です。重みのあるリバーブは下の方、ハイが強いものは上の方に置いて動かしたりもしますね」

 3人組のSANDAL TELEPHONEではそれぞれのソロ・パートもあるため、URUは歌う人数による変化を付けた。

 「3人同時に歌うときはセンターと左右に配置して、ソロではそれぞれが真ん中に来るようにします。ステレオ幅は360 WalkMix Creator™のWidthというパラメーターで調整していて、ソロでは絞り、サビでは広げます。前身のソフトから3年くらい使ってきましたが、360 WalkMix Creator™は便利になって良いですね」

配置を変えるだけで立体音響として迫力が出る

 各オブジェクトを聴かせるためにURUが重宝するツールが、Pro Toolsの拡張機能であるAVID Heatだという。

 「Heatを全チャンネルでオンにしてアナログ感を付加します。薄くかけるだけでアタックがパキッとして、2ミックスと違和感なくレベルを突っ込んでいるような質感が出せます」

 そして360 Reality Audioの聴こえ方を調整する上で特に重要なポイントがオブジェクトの“配置場所”だ。

 「ステレオでバランスが取れたミックス・データが元になっているので、360 Reality Audioで配置して聴こえが悪くなったなら場所を変えるだけで聴こえるし、ものによっては2ミックスより良く聴こえるかもしれません。あとは音量が大きい音色の近くに音量が小さい音色を配置すると聴こえづらいので、キックやスネア、ボーカルなど音量が大きいパートを先に配置してから細かい音色を配置していきます」

 置き場所の調整による聴こえ方の変化については、ちばが具体的なエピソードを交えて教えてくれた。

 「URUさんとスネア・ロールの聴こえにくさを解消する方法を探していたとき、“スネア・ロールが頭上に移動しながら駆け上がったら面白いかも”ということでやってみたら、聴こえるようになったんです。2ミックスだったら音量やパンを調整しないといけないところを、配置を変えるだけで聴こえるようになって、さらに恐らく普通は出てこない“スネアが駆け上がっていく”という手法がその場でできるのが面白かったですね。あと360 Reality Audioは隙間を直感的に探しやすいです。収録曲「Be Free」ではキックの重心を下げるために下の方に移動させたり、シェイカーを上に移動したらすっきり収まったり。重心や高さを広げるアプローチを試すことで、音量やEQを調整せずとも、2ミックスでやりたかったことができた上に、立体音響としての迫力も出せました」

 続けてURUが語った「360 Reality Audioは置く場所に合わせてシミュレートされる」という話も興味深い。

 「例えばキックは下げるとすごく低い音になるし、上げると少しライトでスネアみたいにもなる。上に置いたハイの強いギターが位置を下げたら耳障りじゃなくなることもあります。そういうのをちば君にも聴いてもらい、作曲者の意図を確認しながらミックスしています」

 さらに、360 Reality Audioは後方の配置も鍵となる。

 「最初は固定観念があって意外と全面に置けないんです。“こっちから聴こえてもいい”という発想がなかなか出てこない。それが最近やっといろいろな場所に置けるようになってきました。自分はよく後ろに反射系の音を置くのですが、それだけだと音量が小さいので聴こえづらいんです。だから、正面にドラムがいる中でもたまに出るフィルを横から後ろに持って行くなどして、後ろで使える音を増やしています」

HT-A9だと現場にいるような地響きも感じる

 最後に、360 Reality Audioの発展による表現の広がりや可能性を二人に尋ねてみた。まずURUがこう語る。

 「自分がいいなと思うのは360 Reality Audioのライブ・コンテンツです。HT-A9だと現場にいるような地響きも感じるから、オフラインだとありえないような新しいスタイルのライブ配信ができる可能性を感じます。メタの世界のいろいろなイベントと360 Reality Audioの臨場感が全部リンクすればよりリアルになると思うので、早く広がってほしいです」

 ちばは作曲家としての目線で演奏技術の向上やリスナーの受け取り方にも触れてこう語った。

 「ボーカルが生々しく目の前にいるとかシンセが後ろのスピーカーから聴こえるとかを2ミックスより表現しやすい分、マイクの距離感や音の太さなどの一つ一つが良くも悪くも直接的に見えるので、作り手として演奏力や録り音の良さをより洗練してこだわっていかないといけないと思いました。リスナー側も良い演奏、良い歌唱、良い音作りが感じ取りやすくなるので、作り手がどんな思いで表現したかを楽しむことが増えて聴く側の音楽素養もアップすると面白いですね」

 

URU
【Profile】プロデューサー、作曲家、編曲家、リミキサーとしてR&B、ヒップホップ、ジャズ、ラテン、ロックなど幅広いジャンルの作品を制作。Doulなどの国内アーティストのほか、アジアをはじめ、海外のアーティストも多く手掛けている。

 

ちばけんいち
【Profile】北海道出身、東京在住のトラック・メイカー/プロデューサー/DJ。12歳から楽曲制作を始め、現在はポップス、アニメ、ゲーム、ダンス・ミュージック、CMソングなど幅広く楽曲の作詞、作曲、編曲、リミックス、制作ディレクションを手掛ける。

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