「MACKIE. DL806」製品レビュー:iPadやiPhoneでコントロールするライブ向け8chデジタル・ミキサー

MACKIE.DL806
MACKIE.の小型ミキサーと言えば、小規模PA現場のみならず、ステージでもキーボード・ミキサーや各メンバーのCueミキサーとして多くのコンサートで使用されていますし、弊社でも何台か所有しています。そのMACKIE.から、APPLE iPad/iPhoneでコントロールできる……というよりも“それを前提とした”デジタル・ライブ・ミキサーの新機種として、DL806が発売されました。どんな機能があるのか、音色はどうなのか、早速レビューしてみたいと思います。

8イン/6アウトのシンプルな構成
上品できめ細やかなOnyxプリアンプ


本機のインプットはXLRで8ch用意。うち4chはフォーン接続も可能なコンボ端子を採用しています。アウトプットはステレオ・アウト(XLR)と、4chのAUXアウト(TRSフォーン)というとてもシンプルな構成。8chミキサーが使用される環境を考えるととても分かりやすい配置です。デザインもステルスっぽい未来的な筐体で、安定感があります。そして、本機はフル・デジタルでありながらデジタル入出力やUSB端子などはありません。ノブもインプット・ゲインとヘッドフォン・ボリュームのみ。それ以外の操作はすべて、本体にドッキングしたiPadで行うという仕様です。早速、筆者のiPad(第2世代)とつなげて音を出そうと思いますが、まずApp Storeから専用のアプリ、Master Fader(無償)を入手する必要があります。容量は54MBなので、回線によってはインストールに時間がかかるでしょう。アプリも無事にインストールしたので本体に接続してみます。きっちり設計されていてiPadにピッタリなガイド・レール(もちろんiPadが保護ケースなどに入っていると挿入できません)のおかげでDock端子と接続する精度も抜群です。本体の電源を入れると簡単に認識をしてDL806とiPadがシンクします。この辺りで設定に苦労しないのがうれしい設計です。ともあれ、インプットにマイクを、アウトプットにパワード・スピーカーを接続し、音出しをしてみました。インプットのOnyxマイク・プリアンプは広めのヘッドルームを用意してひずみにくい設計とのことで、これは正解でしょう。ここだけはアナログのノブでコントロールするため、インプット・ゲインも含めたリコールはできなくなりますが、ミキサー設定の基本であるゲインが手元にあることは使いやすさの配慮と考えられます。このインプットの音はとても素直で、かつての同社アナログ・ミキサーのようなシャープな音色とは少し違い、全体に上品できめ細かい音色に良い印象を持ちました。低域もブーミーではなくスッキリした印象で、そう大きくない場所で使われることが多いことを予想すると扱いやすいでしょう。 

2つのモードを持つEQ/ゲート/コンプ
GEQやリバーブ&ディレイも搭載


続いてiPad側のMaster Faderの基本操作を見ていきましょう。操作は極めて直感的。各インプット・フェーダー横にプリフェーダー・レベルが表示されるので、マイク・プリアンプのゲイン設定も、メーター・レベルをどれくらいにするかを決めておけば再現性も高まります。フェーダー下にはパート名を入れたり、マーカー部分に写真も張り付けられます(画面①)。その場でiPadで写真を撮ってメンバーの写真を入れたら楽しそう。こういった遊びゴコロは素敵です。
▲画面① Master Faderの画面。チャンネル・ネームの変更だけでなく、アイコンや自分で撮影した写真を表示することも可能だ ▲画面① Master Faderの画面。チャンネル・ネームの変更だけでなく、アイコンや自分で撮影した写真を表示することも可能だ
その場でiPadで写真を撮ってメンバーの写真を入れたら楽しそう。こういった遊びゴコロは素敵です。またチャンネルEQやコンプ/ゲートはModernとVintageの2種類のモードがあります(上位機DL1608もMaster Faderのバージョン・アップで追加)。EQのModernモードはすごく効きが良く、グラフィカルなインターフェースと実際の出音がリンクしているのがよいです(画面②)。VintageモードはNEVEのシミュレートと思われるもので、アナログ独特のエッジ感ある音に近づきます(画面③)。 
▲画面② チャンネルEQのModernモード。4バンド+ハイパス・フィルター仕様で、グラフ中のEQポイントをつかんで操作することもできる ▲画面② チャンネルEQのModernモード。4バンド+ハイパス・フィルター仕様で、グラフ中のEQポイントをつかんで操作することもできる
▲画面③ EQをVintageモードに切り替えると、ノブの周りがカラー・リングで縁取られたNEVE風のデザインに変身。ハードのようにQ幅がゲイン量に応じて変化する ▲画面③ EQをVintageモードに切り替えると、ノブの周りがカラー・リングで縁取られたNEVE風のデザインに変身。ハードのようにQ幅がゲイン量に応じて変化する
全インプットにゲートとコンプが付くという仕様も、デジタル・ミキサーならある意味では当たり前なのですが、8chの小型ミキサーと考えるとぜいたくな気分になります。ゲート/コンプともにModernモードはEQと同様にグラフィカルなエディットが可能(画面④)。
▲画面④ Modernモードのゲート(上段)とコンプ(下段)。EQと同様、グラフ中にタッチして調整が行える ▲画面④ Modernモードのゲート(上段)とコンプ(下段)。EQと同様、グラフ中にタッチして調整が行える
コンプのVintageモードは恐らくUREI 1176LNを模したもので、メーターの針が動く画面も音も雰囲気が良く出ています(画面⑤)。一方でゲートのVintageもなぜか1176LN然とした画面なので微妙な感じもありますが、ゲート/コンプは個別にModern/Vintageの切り替えができるので、好みの方を選べばいいでしょう。
▲画面⑤ Vintageモードのゲート(上段)とコンプ(下段)。UREI 1176LNのような針式メーターが見やすい ▲画面⑤ Vintageモードのゲート(上段)とコンプ(下段)。UREI 1176LNのような針式メーターが見やすい
チャンネル・フェーダーの右には、リバーブとディレイのリターン・フェーダーが用意されています。リバーブとディレイのパラメーター設定画面もグラフィカルな表示がポップ(画面⑥)。
▲画面⑥ リバーブ(上段)とディレイ(下段)。ディレイはタップ・テンポでのディレイ・タイム設定が可能 ▲画面⑥ リバーブ(上段)とディレイ(下段)。ディレイはタップ・テンポでのディレイ・タイム設定が可能
モードに合わせた写真が出てきます。試しに広めのホール・リバーブのプリセットを呼び出してみるとやや荒っぽい印象を受けましたが、パラメーターのエディットで補正できる範囲。一方ディレイは、タップ・ボタンが付いているのでディレイ・タイムの設定も簡単です。通常のモノ/ステレオ・ディレイのほか、テープ・エコー、マルチタップなどがあり、素晴らしく楽しく、使いやすいです。そのほか“iPad”と表示されたフェーダーがあります。後述のWi-FiではなくDock接続したときには、iPadのオーディオ出力をDL806に立ち上げられます。ちなみに筆者のiPadにはDJソフトを入れていましたが、その音出しも可能でした。パーティでDJをしながらのライブもたくさんの機材を持ち込まないで簡単にできますね。またDL806のメイン・ミックスをiPadに録音することもできます(任意のアプリを使用)。マスター・フェーダーの脇には、LR、A1〜4、REV、DLYというアウトに対応したボタンが並んでいます。ここをタップすることでセンド・レベルがフェーダーに展開され操作できるようになります。また、各マスター・フェーダー(各出力)にはコンプに加え31バンド・グラフィックEQも装備。効きが良くて使いやすいです。 

最大10台のiPad/iPhoneを無線接続
ミュージシャンが手元から操作可能に


さてiPadと言えばWi-Fi接続ですが、DL806もiPad/iPhoneとWi-Fiで接続可能です。DL806のイーサーネット端子に手持ちのワイアレス・ルーターを接続して検証してみました。特殊な設定をせずとも、簡単に接続可能。iPhone 5にも無償アプリ(My Fader)をダウンロードして、先ほど接続したルーターを選択するとiPhone 5からDL806を操作することができました。これらの設定も特に複雑な手順は不要で、驚くほど簡単に接続できるのがありがたいです。iPad/iPhoneは最大10台をWi-Fi接続できるので、この機能を使うとライブで各メンバーの手元にあるiPad/iPhoneを操作してモニター・スピーカーからのバランスを自ら変更することができます。特に本番中コミュニケーションが取りづらいようなシチュエーションに便利です。基本設定をエンジニアが行って、微調整はアーティストに任せるという使い方がよいでしょう。ボーカル・マイクがハウリングしたり、ハウスの2ミックスを知らぬ間に操作されたりなんて笑えないことにならないよう、事前のレクチャーは大事ですね。この機能を使えば、レコーディングのCueミックス送りとしても便利そうです。また当然ながらすべての設定は記憶&リコールできます。普段使用している各チャンネルの設定を呼び出すことができるのはとても便利です。デジタル・ミキサーの場合、事前にこうした仕込みを行うことが多いわけですが、この機能を使用すれば、例えば編成の異なるバンドの対バンや、楽器の持ち替えにもスムーズに対応できます。そしてコンソールのすべての設定は“Scene”として記憶でき、瞬時に切り替えられます。駆け足ですがDL806とそのアプリMaster Fader&My Faderの機能について紹介してきました。多くのデジタル・ミキサーがその付加価値としてiPadでの遠隔操作を“取り入れ”てきたことに比べ、DL806はiPadの大きなインターフェースを前提に開発されたものだということがよく分かりました。これまでのミキサーとは異なる発想の機種であることは確かです。既存の機材に限界を感じていた方はぜひ、このDL806を楽しい演奏をクリエイトするツールとして使いこなしていただければと思います。 
▲リア側中央寄りに電源入力、イーサーネット端子を備える ▲リア側中央寄りに電源入力、イーサーネット端子を備える
  (サウンド&レコーディング・マガジン 2013年8月号より)
MACKIE.
DL806
オープン・プライス (市場予想価格/100,000円前後)
▪サンプリング・レート/48kHz ▪量子化分解能/24ビット ▪周波数特性/20Hz〜20kHz(±0/−1dB) ▪システム・レイテンシー/1.5ms ▪外形寸法/292(W)×99(H)×394(D)mm ▪重量/3.1kg(iPadは除く) 【REQUIREMENTS】 ▪iPad/Dock接続:APPLE iPad(第1〜3世代)、Wi-Fi接続(対応無線LANルーターが必要):APPLE iPad(第1〜4世代)またはiPad Mini、iOS5.1以上、MACKIE. Master Fader(無償) ▪iPhone&iPod Touch/Wi-Fi接続(対応無線LANルーターが必要):APPLE iPhone 4/4S/5またはiPod Touch(第4〜5世代)、iOS6以上、MACKIE. My Fader (無償)