歴代のリズム・マシン30機種のサウンドをコンパイルしたソフト音源

ARTURIASpark Vintage Drum Machines
筆者は一時期リズム・マシンのコレクションにハマっていて、今でも楽器店に行くと中古のマシンを探してしまいます。でも、いざ使うとなると機種ごとの操作法を覚えて小さなディスプレイを見ながら打ち込むのが面倒で、たまに鳴らすだけ......そんな筆者を見かねたのか、アナログ・シンセのエミュレートで名を馳せるARTURIAより、30機種のリズム・マシンを模したソフト音源Spark Vintage Drum Machines(以下SparkVDM)が登場しました。上位機種Sparkとの違いは、専用コントローラーや音源方式に物理モデリングが無く、キット数は30種類、オーディオ・ファイルのインポートはPROPELLERHEAD ReCycle!対応のREX形式のみという点です。ちなみに上位機種は2012年3月号の本誌記事でも筆者が取り上げ、共通の仕様も多いため、今回は前回触れていない部分を中心に紹介します。

アナログ回路の揺らぎを再現するTAE
3パネルで構成されるインターフェース


Spark VDMはMac/Windows上で動作するソフトウェア音源で、スタンドアローンのほか、VST(64ビット対応)/RTAS/Audio Unitsプラグインでも動作します。音源形式はサンプル・プレイバック形式と、ARTURIA伝統のTAE(TrueAnalog Emulation)テクノロジーを搭載し、実際にオシレーターを発音・加工してドラムの音にするアナログ・エミュレーション形式との2種類。その形式の片方あるいは両方を組み合わせたドラム・キットを30種類収録しています。TAEはオシレーターの揺れやコンデンサーなどのパーツによる音の違いを含めて、アナログ回路をエミュレートしているので、実際にSpark VDMに収録されているキックやスネアをループさせて聴いていると、次第に一音一音がハードウェアっぽく揺らぐのが分かって面白いです。GUIや機能はSparkとほぼ同等です。GUIは大きく分けて3パネルで構成され、16ステップ・シーケンサーのトップ・パネル(画面①)、Sparkコントローラーを摸したセンター・パネル(メイン画面)、音作りやミキサーの操作を行うボトム・パネル(画面②)があります。作業の流れとしては、まずボトム・パネルのLibrary(画面③)でキットを選び、トップ・パネルにあるステップ・シーケンサーのPatternやSongでシーケンスを組みながら、ボトム・パネルのStudio(画面④)でキット内の各インストゥルメントの音作りをします。

▼画面① トップ・パネルに配置されるシーケンサー画面。16ステップ仕様で最大64パターンを使用したソングの作成が可能だ。画面中央の棒グラフはオートメーション・エディターで、オートメーション値はシングル・ステップごとに調整が可能



▼画面② ボトム・パネルに存在するMixerの画面。ミキサーは16チャンネル仕様でセンドを2系統備える。全インストゥルメントをDAW上にパラアウトしたり、Patternからミキサーをオートメーション制御できる



▼画面③ キットの選択はボトム・パネルにあるLibrary画面にて行う。サンプル・ファイルのインポートはできないが、収録する各リズム・マシンの音色を組み合わせることでオリジナル・キットの作成も可能だ



▼画面④ 各インストの音色エディットはボトム・パネルのStudio画面より行う。パラメーターは6つとシンプルながらも、例えばギロの音をノイジーなアシッド・サウンドに変えてしまうくらい幅広い音作りができる


シーケンスを組むには、PatternとSongを使ってSpark VDM内で完結させるほかに、打ち込んだものをDAW上にドラッグ&ドロップ(MIDI/WAVファイルの選択が可能)で並べたり、外部MIDI入力によりSpark VDMを音源モジュールとして使用することも可能です。ミックスはボトム・パネルのMixerで行い、必要に応じてコントローラー・パネルのX-Yパッドを使ってリアルタイムでエフェクトをかけたり、ループ機能を使って仕上げるという流れになります。Mixerは16チャンネル仕様で、全トラックをDAW上にパラアウトできるほか、14種類の内蔵エフェクトを各チャンネルとセンド・エフェクトとして各2系統ずつに使用可能。この辺りも上位機種と共通です。

30種類のリズム・マシンを網羅
古臭さを感じないハイファイな音色


それでは実際に音を出してみましょう。Libraryにはおなじみのリズム・マシンに似た写真がズラリと並び、視覚的にも簡単にキットを選べます。収録されるリズム・マシンは、ROLAND TRシリーズなどの定番機種からCASIO VL-1の内蔵リズム・マシンまで幅広く網羅しています。まずはサンプル・プレイバック形式の音質をチェックしていきます。筆者も実機を所有するROLAND TR-707をイメージしたDR-707をロードしてみました。内蔵エフェクトを切り、素の状態で鳴らした第一印象は"実機よりも音が良い!"。8ビットPCMの荒れ感やつぶれ具合をきちんと再現しながらも、古臭くならないハイファイさを感じられました。昔のPCMリズム・マシンは機種によって、抜けの悪さやローファイさが意外と使いづらいこともあります。その点、Spark VDMのサンプルは原音に忠実ながらもイマドキのトラックに混ぜても使いやすい処理が施されている印象を受けました。ほかにも実機の音を知っている機種を中心に試すとどれも好印象。シカゴ・ハウスの定番CASIO RZ-1をイメージしたR-Zoneは、ハイハットの特徴的なニュアンスがしっかりと表現されていました。次にアナログ・エミュレーション形式ですが、こちらはROLAND TR-909をイメージしたDR-909をロードします。同様に内蔵エフェクトを切って鳴らしたところ、こちらは実機のリアリティを追求するというより、TR-909の音をイメージしたARTURIA製ドラム・シンセという印象。試しにDR-909の3つのタムを音程やパラメーターをそろえて鳴らすと、倍音やエンベロープによる音色変化が異なり、単に同じオシレーターを使い回してそれっぽく鳴らしているのではなく、インストゥルメントごとのキャラクターに合わせたオシレーターを使っている印象を受けました。

6つのパラメーターはインストごとに変化
REXファイルのインポートが可能


続いてStudioで各インストゥルメントのパラメーターをエディットしてみましょう。パラメーターは1つのインストゥルメントにつき、6つとフィルターのみとシンプルですが、エディットできるパラメーターはインストゥルメントに合わせて変化するので、物足りなさを感じることはありません。エディットしていて気付いたのは、1つのインストゥルメントに2つのオシレーターを使っている点です。例えばDR-909のキックはアタックとディケイで違う波形のオシレーターを使っているので、2つのオシレーターと6つのパラメーターをエディットするだけで、TR-909を模したキックはもちろん、実機からかけ離れた音色までいろんなバリエーションのサウンドを作れます。この辺はシンプルな操作性と幅広い音作りをうまく両立させていると思います。サンプル・プレイバック形式のインストゥルメントもエディットできるパラメーターは変化します。内蔵ミキサーのエフェクトとは別に、キックにサブハーモニクスを足したり、ハイハットにリング・モジュレーターやフリーケンシー・シフターをかけられるほか、レゾネーターに似たSpring Massなど、インストゥルメントごとの豊富なパラメーターにより、多彩な音作りができます。さらに面白いのがREX形式のファイルがインポート可能な点。各インストゥルメントにスライスがアサインできるので、Spark VDM上でシーケンスを組み直したり、他のキットと同じように音作りやエフェクト処理が可能です。筆者は先述の特集記事においてSpark専用コントローラーを使ってリアルタイムで打ち込んだり、エフェクトをかける快感を味わっていたため、このソフトをテストする前は少し不安でした。しかし、インターフェースもマウスでの操作性を考えて作られていて、シーケンスを組むトップ・パネルと音作りをするボトム・パネルで、意外とストレスなくビートが作れてしまいました。ドラム音源のバリエーションを増やしたいけど、専用コントローラーの導入まではちょっと......という方にもオススメだと思います

サウンド&レコーディング・マガジン 2012年8月号より)
ARTURIA
Spark Vintage Drum Machines
14,700円
▪Mac/Mac OS X 10.5以降(10.7対応)、INTEL Core 2 Duo2GHz以上の、2GBのRAM、2GB以上のハード・ディスク空き容量、動作フォーマット:Audio Units/VST/RTAS/スタンドアローン、インターネット接続環境▪Windows/Windows XP/Vista/7、2GHzのマルチコア・プロセッサー、2GBのRAM、2GB以上のハード・ディスク空き容量、動作フォーマット:VST/RTAS/スタンドアローン、インターネット接続環境